作戦全容
「…………ん……?」
「あ、起きた?リーファ」
リーファが瞼をゆっくり開ければ、その瞳に一番に映ったのは鮮やかな朱色とスカイブルーだ。
ぼんやりと不鮮明な視界が次第にハッキリとして、リーファを覗き込んでいるのがシアだとわかる。
「……し、あ……?ここは……ウッ!?」
上半身を起こそうとして、途端に全身を走った激痛に、再び横たわるリーファ。シアが慌てて「起き上がっちゃダメ!」と注意した。
「体力回復するまで、絶対動いちゃダメだからね!ここは宇宙船の中だよ。今はもう帝国の基地惑星から離れて、地球に帰ってる途中」
シアに言われ、リーファは首だけを動かして辺りを見回した。懐かしい顔が並んでいるのを見つけ、僅かに目を見開ける。
「リーファさん、お久しぶりです。本当に、無事で良かった!」
「よお、リーファ。借りを返しに来た!お前なら無事だって、信じてたぜ!」
「……あ、げは……?……りゅ、か……?」
半信半疑な様子で名を呼べば、アゲハとリュカはそれぞれ違った表情で再会の喜びを表した。特にアゲハは両目いっぱいに涙を浮かべて、今にもリーファに抱き付きそうな勢いである。
ソレはアゲハだけでなく……。
「リーファ様!良かった!お目覚めになられたんですね!」
「本当に!本当に生きてて良かった!」
次いでリーファの顔を覗き込んで来た二人の女性に、リーファは「……あ、んたらは……」と声を上げる。
帝国本城にて、リーファの世話役を任されていたマディシナとテムスだ。
二人は涙を湛えて、リーファに笑顔を向けていた。
……状況が掴めねぇ……確か気絶する前、シアが『全員助け出す』とか何とか言ってた気がするが……。
詳しい事情は何も知らない。何が何だかちんぷんかんぷんなリーファは、一つ溜め息を吐いて頭を冷静に戻した。
そしてシアを見遣る。
「シア、状況」
「うん。わかってる。説明する前に、リーファは気絶するまでの記憶は残ってる?」
「ん」
「そっか。じゃあ話すね。まず……」
そこから、シアによる救出大作戦の全容が明かされた。
「地球に放置されてたジアンの宇宙船。それから昔リーファが付けてた発信機付きの通信機。ソレらの機械をメガさんに解析、改造、再現して貰うところから始まったんだけど……」
何より必要なのはヴァルテン帝国に関するありとあらゆる情報だ。リーファが拐われた以上、シア達の情報源は元専属賞金稼ぎであるリュカしかいない。しかし、そのリュカの情報も何処までが真実かわからない以上、やはりシア達側から帝国に干渉していくしかなかった。
そして思い付いたのが、帝国の通信機を再現することによる、ヴァルテン帝国の科学班……つまりは囚われているカニック星人達とコンタクトを取ることである。通信機の信号を掴めば、帝国の人間が何処に居るかも全てわかる上、通信の妨害や盗聴なども可能な為、最も重要なプロセスであった。
「通信機の再現は上手くいって、俺達は帝国軍で働かされてるカニック星人の人達と、秘密裏に通信することに成功した。事情はメガさんから説明して貰って、作戦に協力して貰ったんだ」
まずはヴァルテン帝国のメインコンピューターを始め、通信機、宇宙船、発信機……全ての機械システムのジャックから行われた。
シア達が実際に帝国基地に乗り込んだ時、ウニベルを上手く追い出せたとしても問題発生を報告され、戻って来られたら元も子もない。
何においてもコンピュータージャックは必須であった。
そして次に必要となってくるのが、助けるべき捕虜達の把握である。
ヴァルテン帝国には、皇帝ウニベルの絶対的な恐怖により無理矢理従わされている者達が多い。しかし、自らの意思でウニベルに忠誠を誓い、宇宙侵略を愉しむ下衆も少なくないのだ。
その判別は、第三者からでは到底できそうもなかった。
そこで、帝国に居るカニック星人達とのコンタクトが再び役に立つ。
帝国から逃げ出したい者とそうでない者の区別は、内部に居る彼らなら簡単な話だ。すぐにカニック星人達は、帝国で囚われの身となっている全ての人達に事情を伝達し、それぞれ逃げ出す準備を整えて貰った。
問題はここからだ。
コンピュータージャックも、捕虜達への事情説明も、全ては作戦が始まらなければ意味がない。
ヴァルテン帝国の本拠地に乗り込むという作戦……その最大の壁であるのが『ウニベル』の存在そのものだ。
リュカの情報により、四龍が帝国本拠地に滅多に居ないことは確認済み。発信機の信号からも、確定事項だ。
だがウニベルはそうもいかない。皇帝を城から引き離す為には、相応の問題発生が必要であった。
「……で、考えたんだ。何だったら、ウニベルは必死になるかなって。ウニベルが無視できなくて、その上で四龍も幹部も末端兵達も皆使えない……ウニベル自身で動かなきゃいけない事案……」
「……事案が『食料庫の破壊』か?」
思い当たる節があったらしく、リーファがシアの言葉に続ける。
シアは「そう」と頷いた。
「他の帝国の人達がどうかは知らないけど、リーファっていっぱい食べるじゃん。多分ウニベルなら、他の人達が飢え死にするのはどうでも良くても……リーファの食料だけは意地でも確保したいんじゃないかなって。ウニベルは何よりリーファに執着してるし、その目的はリーファの殺害じゃないからね。帝国の全ての食料を奪って、その上で食料を作ってくれてる人達を先に助け出せば……引っ張り出せると思ったんだ。帝国の人間って老若男女、種族関係なく、あらゆる人達を抱え込んでるから、凄く人口多いでしょ?昔は月猫族を仲間にしてたくらいだし、本拠地の惑星だけじゃ食料賄えない筈なんだよね。だったら、別の基地惑星で食料を栽培して保存してる筈……その惑星から食料が運び込まれる日に事件を起こせば、帝国基地にはリーファを養うだけの食料がなくなって、ウニベルは重い腰を上げる羽目になる」
リュカ曰く、四龍は破壊専門なので人材拉致やただの“脅し”には不向きである。ジュンユーも月猫族を基盤にしている為、やはり殺しを求められていない作戦は苦手のようだ。
だからこそ、シアは確実にウニベルのみを引っ張り出す為、この作戦を取った。
まずはシア、アゲハ、リュカ、そして後方支援としてメガの四人だけで食料庫として使われている植民星に赴く。そこで奴隷のように働かされている者達を解放し、監視役の帝国兵士達を一掃(ただし、通信機だけは破壊せず反応を残しておく)……最後に保存してある食料を奪えば準備完了だ。食料庫の惑星全てで同じように動けば、後は本城への食料調達の日を待つだけである。
大事なことは、万が一にも作戦を気取られないことと、ウニベルのみを誘き出すことである。
仮に植民星でシア達がしたことを素直に通信機で流した場合、ウニベルが出て来る可能性は高くとも、どう対処してくるかの予測が難しい。犯人探しの為に宇宙を彷徨うか、見つからないモノと諦め、新たな奴隷を見繕ってくるか。はたまた別の惑星から食料を強奪して来るか。逃げられた者達を諦めた場合、抹殺対象として四龍が駆り出される可能性もゼロではない。その過程で、地球が見つからないとも言い切れなかった。
確実にウニベルを本拠地惑星から遠ざけ、動向を読む為にも、シアは一芝居打つことにしたのである。
『農民奴隷が反乱を起こし、食料を食い荒らしている』という嘘情報を流したのだ。
コレにより、第三者の介入は考えもしない。ウニベル側の目的は植民星にのみ存在することになる。さっさと反乱を鎮圧し、食料確保に急がねばならないと、対処方法をたった一つに絞らせたのだ。
忠誠があろうとなかろうと、反乱を起こした前科者であろうとなかろうと、労働力は大切だ。危機迫った状況で、危険分子だからといって優秀な人材を抹殺対象にする可能性は低い。自身の武力に自信があるなら尚更だ。
ウニベルが四龍を使って反乱を収める確率は限りなくゼロに近かった。
「……で、思った通りウニベルが食料庫の惑星に向かって行ったのを確認して、予め本拠地惑星の近くで待機していた俺達は、ウニベルが遠ざかったタイミングで帝国本拠地に乗り込んだってわけ!後はアゲハとリュカに残ってる兵達を相手してもらいながら、無理矢理働かされてる人達の救助。その間に、俺はリーファの救出ね。メガさん達カニック星人のお陰で、帝国軍はウニベル達に救援信号も送れないし……ウニベルは惑星に着くまで、何の異変も気付かない。コレが作戦だよ」
壮大かつ大胆な作戦の説明が終わる。
暫くポカンとしていたリーファだが、フッと口角を上げれば「あはは」と声を上げて笑い出した。
「信じられねッ!そんな作戦で敵の本拠地に乗り込むなんて、無茶苦茶だろ!お前、ホント面白いな!……ッイテテ!」
「あんまり笑うと、傷口障るよ?」
嗜めるシアだが、その声は喜色に満ちている。慈愛の眼差しからも、リーファが笑ってくれていることが何よりも嬉しいようだ。
とそこで、思い出したかのように「あ」とリーファが自身の耳を指差した。
「私の耳に発信機付けられてるんだけど……」
「うん、知ってる。リーファが眠ってる間に、メガさんが発信機の機能停止してくれたよ」
「ん、ありがと」
礼を告げるなり、リーファはウニベルから付けられたピアスを引き抜いた。手の平に転がる青い宝石を、そのまま握り潰す。
それから、フワリと皆に向かってはにかんだ。
「助けに来てくれて、ありがとな!」
読んで頂きありがとうございました!!
作戦の内容はアッサリ目を通すくらいで大丈夫です。
かなり執筆に苦労したので、文章も読み辛いやも……
次回もお楽しみに。




