月猫族の仇
「ハァ!ハァ!ハァ!…………」
荒い呼吸を繰り返しながら、リーファが地面へと降り立つ。そのまま崩れ落ちるように、ドサッと座り込んだ。
そんなリーファの側に、シアが歩み寄る。
「あーあ、本当に消し炭にしちゃった。何もここまでやらなくても……」
苦笑いと共にシアが告げれば、リーファはフンとそっぽを向く。
「私に頼んだんだろ?なら文句言うな」
一蹴するリーファに、シアは「まあ良いか」と手を差し出した。リーファが首を傾げる。
シアはニコッと微笑んだ。
「ありがとう。この星を……俺達を助けてくれて」
「!…………」
目を見開いて固まってしまうリーファ。
まさかお礼を言われるとは思ってもみなくて、訝しむようにシアを見上げる。相変わらず汚れの知らない純粋で綺麗な瞳。
リーファは「馬鹿じゃないのか?」とシアの手を払った。
「アレは自分の為にやったことだ。お前らの為じゃない。勘違いするな!」
「だとしても、助けられたのは事実だから。本当にありがとう」
「…………」
「……まあ、帝国軍を地球に連れて来たのは君みたいなモノだし、俺らは巻き込まれ事故だけどね?」
「ッうるせぇな!こっちだって好きでこの星に来た訳じゃねぇよ!」
意趣返しのように意地悪く言うシアに、リーファは口調を荒くする。
シアは「君、焦ると口が悪くなるね」と呑気に笑った。
「それより色々聞きたいことがあるんだけど……君は帝国軍でしょ?確かさっきの人が『俺と同じ幹部』って言ってたし、何で帝国軍幹部の君が帝国軍に追われてるの?」
「……関係ないだろ」
口を割ろうとしないリーファ。
だがそう言われて諦める筈もなく、シアは良い笑顔で「何言ってるの」とリーファの肩にポンと手を乗せた。
「俺達の星で盛大に暴れたんだから、経緯を知る権利くらいあるでしょ。無関係の俺達を巻き込んだの誰?」
「……チッ。惚けた表情して、案外喰えない奴だな」
「相手によるけどね」
シアの切り返しに、リーファは一つ息を吐いた。そして「別に」と口を開く。
「大したことじゃない。帝国軍本拠地諸共ウニベルを爆弾でぶっ飛ばそうとしただけだ。結局失敗して、次の作戦を思い付くまで逃亡中だけどな」
リーファが淡々と答える。そんなリーファに「十分大した事だよ」とシアが苦笑を溢した。
「それじゃあ、帝国軍を裏切ったってこと?」
「違う。元々アイツに忠誠を誓ったことはないし、月猫族はウニベルを殺す為だけに帝国軍で働いてきたんだ。上手くいけば、油断しているところを暗殺できるかもと思ってたが……流石に今回のことで、アイツが私に気を許すことはもうないだろうな」
「……ちょっと意外かも」
シアがふと呟く。
何が意外なのかわからず、「どういう意味だ?」とリーファは尋ねた。
「この宇宙にウニベルを倒したいって思ってる人達は沢山居るよ。それだけ沢山の生命を奪って来たんだから当然だよね。でも、月猫族は奪う側の人達だから……月猫族もウニベルを倒したいって思うんだなって」
「…………」
リーファは応えない。
構わずシアは「俺らにとって」と話を続けた。
「『帝国軍イコール月猫族』って認識が浸透してるくらいには、殆どの惑星を滅ぼしてきた実行犯は君達月猫族だから。皆“帝国軍を”って言うより“月猫族を”憎んでる。帝国軍の中にはウニベルに無理矢理配下にされた人達も居るって聞いたけど、まさか帝国軍台頭当時から名を馳せていた月猫族がそうだとは思わないし……何か『倒したい』って思ったきっかけでもあるの?」
シアからの疑問に、リーファは視線を落とす。しかしその目に映っているのは、地面ではなかった。
無意識に拳を固く握り締めるリーファ。
「……ウニベルは私以外の月猫族を全員殺したんだ」
「!!」
「月猫族の母星イタガ星と共に、跡形もなく消し飛ばしやがった。確かに忠誠心はなかったし、互いに嫌い合ってたが……それでも命令通り月猫族は帝国軍の……ウニベルの手足として働いてきた。なのにアイツは『もう用済みだ』と言って、何もかも破壊した。まあ、因果応報だけどな……」
フッと笑うリーファの表情は自虐的で、シアの心が痛む。
「だが」とリーファの瞳が強い意志を持って光を放った。
「アイツに滅ぼされる義理はない!絶対にこの手で殺してやるんだ!」
数秒、二人の間を沈黙が襲う。
シアは「そっか」と相槌を打つと、眉を下げて微笑みを向けた。
「……月猫族がイタガ星と一緒に消滅した時、そのニュースは宇宙中に伝わった……でも『イタガ星は謎の大爆発を遂げて消滅した』ってこれだけしか伝わってないから、ちゃんとした理由は知らなかった……そんな事情があったんだね」
「??……何故お前がそんな表情をする?月猫族が滅んだ時、宇宙中の人間が喜んだ。お前もその一人だろ?」
心底わからないと言った具合で、首を横に倒すリーファ。事実であるが故に、シアはより心苦しげな笑みを浮かべる。
「……悲しくないの?自分達の種族が宇宙中の人々から嫌われて、滅んだことを喜ばれるなんて……もし俺が君と同じ立場だったら、きっとすごく悲しくて、寂しい……」
宇宙中から自分達の種族が絶滅したことを喜ばれる……考えただけでも心にクルものがあった。
シアは目を伏せる。
しかしリーファは「言っただろ」と、一切悲壮感を感じさせない瞳で前を向いていた。
「周りにどう思われようと関係ない。誰に受け入れられなくても構わない。自分達の選んだ道を信じて進んだ結果がコレだった。ただそれだけだ。後悔してないなら、それで良い」
そう言い退けたリーファの表情を惚けたように見つめるシア。ボソッと「『誇り高き戦士の一族』か……」と呟けば、「ねぇ」とリーファの両肩を掴んで目線を合わせた。
「地球で暮らさない?俺に君の望みを叶える手伝いをさせてよ」
ポカンと目を丸くしているリーファに、シアはニッコリと笑みを深めたのであった。