地獄で見つけたモノ
ヴァルテン帝国本城地下……拷問部屋にて、一人の叫声が響いていた。
部屋には、十字を形どった磔台に拘束されたリーファと、すぐ側にはウニベル。後は鞭などを持った末端兵が二人と、出入り口の扉前に控えている女性が二人だ。
ウニベルは自身の顔を、リーファの顔へと近付ける。
「ほら、リーファ。いい加減さぁ、素直になりなよ。『ウニベル様、愛してます』って言うだけで、解放されるんだよ?リーファだって、痛いのさっさと終わらせたいでしょ?……はい、三!二!一……?」
カウントダウンが終わっても、リーファの口は動かない。
ひたすらウニベルを睨み付けているだけだ。
ウニベルは一つ溜め息を溢して、右手の機械……そのスイッチを押した。
リーファが両目を瞑り、息を詰めた……その瞬間。
「ウッ……ゥアアアアアアアアアア!!!!」
ピリッと、リーファの首元の拘束具から稲妻が走ったと思えば、一気に放電が始まった。青白い稲光に包まれながら、リーファの全身を電撃が駆け抜ける。
最早痛みすら認識できない程の衝撃だ。
悲鳴を抑えることもできず、ウニベルが止めてくれるのを待つばかり。
三十秒程で放電が終われば、リーファの意識もガクリと落ちる。すると、すぐさま両脇から鞭で身体を打たれ、強制的に起こされた。
「ッハァ!ハァ!ハァ!…………ッ!」
リーファの肩が上下に揺れる。
ウニベルはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「ねぇ、何回このくだりをやれば気が済むのかなぁ、リーファは。そんなに電流が気に入った訳?」
ウニベルがリーファの顔を覗き込む。
構わず、リーファは射殺しそうな眼差しをウニベルに向けた。
衣服が防護の役割を果たしてない程ボロボロで、怪我していない箇所を探す方が大変と言える容体にも関わらず、その瞳には絶望も腐敗も映していない。
ウニベルはゾクリと昂る自我を抑えながら、気を落ち着かせるように指を鳴らした。
音を合図に、兵の一人が部屋中に散らばっている拷問具の一つを持って来る。器具をリーファの左手にセットすれば、ウニベルはニコリと底冷えする笑みを浮かべた。
「やり方を変えようか。十秒に一回、一枚ずつ爪を飛ばす。放電とどっちが痛いだろうね。勿論痛い思いをしたくなかったら、早めに素直になってくれたら良いよ。一言、俺への愛を告げてくれるだけで良いんだからさ。……カウント開始」
「ハッ!…………三秒前……二……一……」
兵の一人が十秒数え、零になったタイミングでもう一人の兵士が器具を作動させる。
無慈悲な機械音の後には、絶叫が部屋中を満たし、血飛沫と共に桜色の爪が一枚宙を舞った。
「ゥグッ……ッ〜〜〜〜!!!」
激痛に耐えようと、食いしばったリーファの口端から血が垂れ落ちる。
その間にも、次のカウントは始まっており、「一」の数字が刻まれる声が鼓膜を震わせれば、流れる血も気にせずリーファは更に奥歯を噛み締めた。
二枚目の爪が飛ばされる。
しかし、リーファは決して折れなかった。
例え嘘でも「月猫族の仇を愛している」などと、口が裂けても言わなかった。
……耐えろ……ただ耐えれば良い……どうせいつかは終わる……爪くらい幾らでもくれてやるさ……これ以上、良い気にさせて堪るか……。
* * *
リーファの両手の指先が真っ赤になった頃、流石にこれ以上は失血死する可能性がある為、一度調教はお開きになった。
「はぁ……半日続けて、『愛してる』の一言すら言えないって、ホント強情だねぇ。……じゃあ、後始末頼んだよ。ちゃんと身体洗っておいてね。終わったら俺の部屋に運んでおいて」
顔面蒼白で震えながら待機していた女性二人に、ウニベルが指示を出す。二人は慌てて「畏まりました」と頭を下げた。
ウニベル、次いで兵二人が部屋から出て行くのを待って、女性二人はリーファの元へと駆け寄る。
一人は耳や腕にヒレの付いた魚人種の女性。名をマディシナ。もう一人は全身の皮膚に鱗の這った爬虫人種の女性で、名前はテムスと言った。
「しっかり!すぐに薬をお持ちしますから」
「もう少しの辛抱です!頑張ってください!」
そんな声を聞きながら、リーファは意識朦朧と彼女達に身体を預けた。
* * *
ウニベルが用意させているリーファ専用の風呂場で、マディシナとテムスは傷口に障らないよう、リーファの身体を丁寧に洗った。諸々の準備も終え、新しく卸された服に着替えさせれば、いよいよ怪我の治療が始まる。
「ウゥッ!」
「ごめんなさい。浸みますよね。もう少し我慢してください」
二人は痛々しい傷口に薬を塗り、包帯を巻いていく。
ぼんやりとした意識と視界の中であっても、二人の懸命な手当ての様子は見て取れたらしい。リーファはテムスの身体に自身の身体を沈ませたまま、口を開いた。
「……ウニベルの命で、やってんだろ?……何で、そんな……やさしく、するんだ?」
あの月猫族と話しているとは思えない程、弱々しい口調。
二人は悲痛な感情をそれぞれ瞳に浮かべ、リーファのことを見つめた。
「……貴女は私達にとって恩人ですから」
マディシナが眉を下げたまま、ふわりと微笑む。
全くピンと来てない様子のリーファに、テムスが「私達の仇は」と話し始めた。
「月猫族ではありません。私の故郷はジアンに、マディシナ……彼女の故郷はビイツに、それぞれ滅ぼされました。同種達は全員捕えられ、少しでも反逆の意思を見せた者は見せしめとして殺されました」
「どれだけ悔しくても、復讐をしたくても……医療に特化しただけの私達では、到底幹部に太刀打ちできるわけもなくて……ただ毎日帝国の命令通りに働く日々でした」
二人は故郷の最期を思い出しているのか、眉根を寄せている。
「でも」と、二人は表情を和らげ、それぞれリーファの手を取った。
「貴女が私達の仇を取ってくださった。勿論、私達の為ではないということもわかっています。それでも貴女が恩人であることに変わりはありません」
「貴女には感謝してもし切れない……それに、私達のような無理矢理働かされてる者達にとって、リーファ様は元々“希望”のような方でしたから」
少しだけリーファの手を握る力が強くなる。
リーファはキョトンと、ハテナを飛ばした。
「月猫族がどういう種族かは知っています。月猫族のしてきたことを、庇い立てするわけではありません。できるとも思えない。でも……母星も同種も全て奪われ、アレだけのことをされても尚、決して折れない貴女の姿は……私達にとっては“希望”そのものでした」
「とうに何もかも諦めてしまった私達と違い、どれだけの仕打ちがあろうと真っ直ぐ立つ貴女の姿に、私達は勇気と希望を貰っていたんです。貴女なら……リーファ様なら、本当にウニベルを倒してくれるんじゃないかと。帝国で無理矢理働かされてる者達は皆、貴女の味方です。皆、貴女を応援しています。傷の手当てしかできない私達ですけど、リーファ様の力になりたいんです!」
真剣な眼差しだった。
嘘を吐いてるようにも演技をしているようにも見えなくて、リーファは怪我の痛みも忘れてポカンと惚けている。
……癒しに特化した種族はお人好しばっかりか?……否、お人好しだから癒しに特化してるのか?……シアに会ってから、こんなことばっかりだな……。
リーファが思わずクスクス笑う。流石に振動が傷に障って、「痛ッ」とすぐに笑いが引っ込むが、悪い気はしなかった。
リーファもまた、二人の手を握り返す。それに気付き、二人は顔を見合わせ……そして泣きそうな表情で笑んだ。
会話をしている間に、治療は完了したらしい。
最後の仕上げに、マディシナが小皿とスプーンを持って来る。皿の中にゼリーを入れ、テムスから錠剤を一つ受け取った。
「リーファ様、口を開けてください。痛み止めのようなモノです。少々強めの薬ですが……この後の行為が少しでも楽になるかと思います」
言いながら、ゼリーで包んだ薬をスプーンの上に乗せ、リーファの口元まで持っていく。
リーファは素直に口を開けた。ゼリーのお陰で飲み込みやすい。
コクンと嚥下したのを確認して、二人はホッと胸を撫で下ろした。
「残ったゼリーも食べられますか?」
「ん」
テムスが尋ねれば、リーファは短く頷いた。
食べる元気があることに安心して、マディシナはもう一度ゼリーを掬う。
ピーチ味のゼリーは仄かに懐かしさを感じさせ、リーファは緊張を解くように暫しの眠りに付くのであった――。




