番外編 血染めの楔
前回『後編』って書いてたでしょ!?って感じなんですが……どうしてもタイトルを変えたかったのと、文字数の都合上話数を分けました。
これでちょくちょく出していたリーファの過去編(丸々一話使っては)最後です。多分……
「……本格的な調教は明日からにしてあげるよ。奪ったエネルギーも明日返してあげる。今日はしっかり、その絶望感を味わって眠りに就きな」
そう言ってウニベルに投げ入れられたのは、ヴァルテン帝国本城の一室だ。
外からしか鍵の開け閉めができない、豪勢だがまるで牢屋のような部屋。
ウニベル曰く、今日からのリーファの部屋らしい。
「…………」
まともに動くことのできないリーファは、部屋の真ん中で転がったまま……ただただ歯を食いしばっていた。
……『ガキが生意気言ってんじゃねぇよ。ウニベルはテメェが思ってる何十倍も強ぇんだ。二人で行ったところで、勝てる確率は一パーセントもねぇ。俺にも勝てたことのねぇ奴は足手纏いにしかならねぇんだ!わかったら大人しくしてろ!!』
……『テメェは“王女”だろ!!他の奴らが全員死んだとしても、テメェだけは生きなきゃいけねぇんだよ!!』
ユージュンと死に別れする直前の会話が、リーファの脳内を満たす。
リーファは更に身体を縮こまらせた。
「なんで……」と小さな嗚咽が漏れる。
……オレだって最期まで一緒に闘いたかったのにッ……何も護れなかったッ……何もッ……!何が最上位戦士だッ!!オレなんかじゃ、ウニベルを倒すことすらできないッ……こんなオレが一人だけ生き残って……一体何の意味があるんだよ!!!?
ギュッと瞼を閉じる。
その時、手首に付けてある通信機がピピピと、リーファの鼓膜を震わせた。
『一件の録音メッセージが届きました。ヴァルテン帝国戦闘員、種族月猫族、ユージュンからです』
「!」
電子音より確かに聞こえたその名前に、リーファの耳がピクリと反応する。
……ユー、ジュン……から……?
録音メッセージと言うことは、死ぬ間際に残した遺言だろうか。
リーファは力の入らない手を無理矢理動かし、恐る恐る再生ボタンを押した。
微かなノイズ音。空を切る風の音だ。
数秒後、『聞こえてるか?リーファ』と紛れもないユージュンの声が聞こえてきた。
『最期の会話の続きだ。お前はわかってねぇみてぇだからな。俺から言える最期の教えだ。しっかり覚えとけ。
お前は王女で、王族の人間ってのは何に置いても、種族の血と誇りを後世まで繋げていく義務がある。だから最後の一人になったとしても、お前だけは生き延びなきゃならねぇ。例え王家の血が流れてなくてもな。月猫族の王女である限り、死ぬまでお前は月猫族の代表だ。故郷が失くなろうと、同種が全滅しようと……月猫族の誇りだけは何が何でも護り抜け!ソレが生き残った奴の責務だ!「意味がない」なんて甘ったれた言葉、吐かしてんじゃねぇよ!!
良いか。この先、どんなに死にたくなる程の屈辱が待っていたとしても……月猫族を、その誇りをバカにされ続けたとしても……全部受け止めろ!耐え抜くんだ!
この三年間、教えて来た筈だ。月猫族の誇りが何なのか……。
お前は強い。誇り高き、立派な月猫族の戦士だ。
そんなガキの内から、俺と張り合えるくらいだしな。もっとずっと強くなる。
いつかきっと、ウニベルすら越えられる程強くなる!!
月猫族最強が保証してやるよ。
だからソレまで、絶対に生き延びるんだぞ。
仇を……月猫族の手で必ず討つんだ!!
ガキに託すのは不本意だが……後のことは頼んだ。
死ぬなよ、リーファ
…………』
ここで録音は終わりのようだ。
「……ゥ……ッ…………」
リーファの身体が小刻みに震えている。
右手で左腕のリボンに触れれば、そのままリボンを力一杯握り締めた。
〜 〜 〜
「リーファ、お前……いい加減、バカにされたくらいで殺気を飛ばすの止めろ。まだわかってねぇのか?」
「う、うるせぇな……良いだろ、別に。実際に殺してる訳じゃねぇんだから」
「はぁ……おい、月猫族の誇りが何か言ってみろ」
「は?んだよ、いきなり……“強さ”だろ?それくらい言われなくても知ってる」
「肉体面の強さだけじゃない。一番は“精神”だ。自分が進むと決めた道を信じて貫き通す『不屈の精神』……例え選んだ人生が周りの奴らに認められなくても、恐れず進み続ける。“シンの強さ”が月猫族の誇りだ。一々罵倒されて殺気立つようじゃ、まだまだ精神が甘ぇ証拠だな。嫌われる人生を選んだんだろ?……なら、揺れるな。誇りさえ忘れなきゃ、周りの言葉なんて気にならねぇよ」
〜 〜 〜
一年程前、ユージュンから教わった言葉を思い出す。
……わかってる……ちゃんとわかってるよ……月猫族の誇りは“シンの強さ”だ……!知ってるよ、ちゃんとッ……!
リボンの深紅が更に濃くなる。
……『お前の命は既に俺が預かってる。そのことを忘れんなよ』
……『お前は強い。誇り高き、立派な月猫族の戦士だ』
……『仇を……月猫族の手で必ず討つんだ!!』
……『嫌われる人生を選んだんだろ?……なら、揺れるな』
……『後のことは頼んだ。死ぬなよ、リーファ』
頭の中をユージュンの言葉が駆け巡る。
……わかってるッ、わかってるよッ……ちゃんと決めたッ!ちゃんと選んだッ……オレは絶対に諦めねぇ!何があっても必ず!!ウニベルを……月猫族の仇をッ……この手で討ってやる!!……だからッ……!!
もうリーファの心に迷いはない。
もう甘えたりしない。
「ゥ……ゥアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
リーファは全ての感情を吐き出すようにして哭いた。
声が枯れ果てるまで……決して涙を見せることなく叫び続けた。
* * *
そして地獄のような日々が始まった。
毎日毎日、甚振られ罵倒され……慰み者にされる日々。
どれだけ血反吐を吐いたかわからない。
何度無様に地べたに転がったかわからない。
嗤われて、踏み付けにされて……何回だって否定され続けてきた。
それでも……。
……『この先、どんなに死にたくなる程の屈辱が待っていたとしても……月猫族を、その誇りをバカにされ続けたとしても……全部受け止めろ!耐え抜くんだ!』
どんなことだって耐え抜くと決めた。
絶対に生き延びることを選んだ。
『誇り高き月猫族の戦士だ』と、胸を張って言えるように……。
……だから任せろ。ユージュンの意志は……月猫族の誇りは……王女が最期まで護り抜くッ!!!例え月猫族が滅んだって、ずっと未来まで繋いでいくッ!
紅く染まったリボンを誓いの証にして……。
そうしてリーファは、今日までずっと闘い続けてきたのであった――。




