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信頼 

 ジアンの肩がワナワナと震える。

「そう」と小さく呟いたかと思えば、狂気の滲んだでリーファを見上げた。


「それなら仕方ないな〜……最終手段だったんだけど……取引しようか、リーファちゃん」

「ぁあ?」


「何言ってんだ」とリーファが訝しむ。

 構わず、ジアンは「実はさ〜」とソファから腰を上げた。


「ウニベル様から伝言を預かってるんだよ〜。リーファちゃんが、どうしても難民ゴミ共を始末しない時用にね〜」


 ジアンが告げる。

 が、リーファに聞く義理はない。「要らねぇよ。さっさと暗示を解け」と、取り付く島もなかった。

 それでもジアンは気にせず話を続けていく。


「ウニベル様から伝言……


『もし難民を一人残らず始末すれば、()()()()()(ちゃん)()()()()を未来永劫リーファ(ちゃん)に預けてあげるよ』


 ……だってさ〜」

「!!!」


 リーファの瞳が大きく見開かれる。

 隣のシアは首を傾げているだけだが、リーファは口をパクパクと開閉させながら、ジアンのことを瞠目していた。

 反応が予想通りだったのか、ジアンはニッコリと微笑みを浮かべる。


「良かったね〜、リーファちゃん。ず〜っと、ジュンユーちゃんがウニベル様の命令で動いているのが気に食わなかったんでしょ〜?もうこの先、ジュンユーちゃんは一生リーファちゃんだけのモノだよ〜。誰の命令も聞かない。リーファちゃんだけの複製人間ジュンユーちゃんになるんだ」

「……信じると、思ってんのか?」


 リーファが冷や汗混じりに切り返す。

 目に見えて動揺していることが伝わる表情だ。ジアンは愉しそうに「勿論〜」と、リーファを煽る。


「ほら、録音機だよ〜」


 懐から取り出した細長い機械を、ジアンはリーファへと投げ渡した。

 空中でキャッチしたリーファは、再生ボタンを押す。

 少しノイズが入った後、確かにウニベルの声が聞こえてきた。


『久しぶりだね、リーファ。まさかこの伝言を聞くまでに至るとは思わなかったよ。ジアンの言っていることは本当さ。ちゃぁんと難民ゴミの後片付けができたら、ご褒美をあげるよ。約束してあげる。この先絶対に、ジュンユーに命令を下すことも、ジュンユーの目の前に現れないことも誓うよ。良い返事、期待してるから。またね』


 そこで再生は止まった。

 リーファは手の平の録音機を無言で眺めている。

 ジアンはニヤニヤと「知ってるでしょ〜?」と追い打ちを掛けた。


「ウニベル様はこういう嘘はかない。ましてや言質を取られるようなこともしない。本当に、リーファちゃんが難民ゴミ掃除をするだけで、リーファちゃんの()()が叶うんだよ〜。こんな良い話なくな〜い?……我輩は絶対に暗示を解かない。月猫族を侮辱し続ける難民ゴミの命より、自分の望みの方が大事でしょ〜?ほら、リーファちゃん。試しに目の前の宿敵てんしちゃんから殺しちゃってよ〜!」


 リーファが黙ったまま、シアへと向き合う。拳を硬く握り締めていた。


 ……『止めッ……ァ……ァア……頼むから……もう、止めてくれッ……お願いッ……お願いッ!!……』


 フラッシュバックされた最悪の記憶に、リーファの眉が顰められる。リーファは瞳を閉じた。


 ……『もう二度と()()を使わない』……一切信用できない奴だが……ジアンの言う通り、ウニベルはそういう嘘をかない……本当に二度と…………。


 ソッと瞼を開けると、リーファは決意を宿した瞳でシアへと手の平を突き出した。ジンシューを生成すれば、ソレを見たジアンがニヤリと歪に口角を上げる。

 しかし、シアはジンシューを向けられている状況にも関わらず、全く焦る気配がなかった。

 リーファが不可解そうに眉根を寄せる。


「……避けなくて良いのか?」


 リーファが投げ掛けた。

 陽鳥族が凄いのはあくまで回復力だけ。身体は少なくとも月猫族程頑丈にできていない。ジンシューが急所に直撃してしまえば、いくら何でも死んでしまう。焦らずとも、せめていつでも避けられるよう身構えておくべきである。

 だが、シアは穏やかに笑っているだけだ。


「君は撃たない」

「……ナメるなよ?私は『宇宙の悪魔』……月猫族だぞ」

「だからだよ。自分の意見を曲げてまで闘う人達じゃない……月猫族きみたちは『誇り高き戦士』でしょ?」

「!……」


 断定。絶対的な自信だ。


 ……『奪うだけの種族じゃないんだよ。少なくともリーファは違うんだ』


 初めて会った日から、シアは変わらない。「月猫族だから」という理由で、リーファを拒絶したりしなかった。

 リーファはフッと微笑みを浮かべると、手の平のジンシューを消散させる。


「本当……生意気な奴だな」


 眉を下げて困ったように笑うリーファ。

 確かな情を持った眼差しに、シアも嬉しそうに微笑んだ。


「……は?……ちょ、何やってんの?リーファちゃん……ジュンユーちゃんの命令権、欲しいんじゃなかったの?……早くソイツを殺してよ!」


 ジアンが叫ぶ。

 しかしリーファは揺るがない。不敵な笑みを携えて、ジアンを冷たく見下ろした。


「残念だったな。取引不成立だ。そんな交渉しなくたって、ウニベルを倒せば全部解決する話だからな!」

「……何夢見てるの?……『ウニベル様を倒す』!?無理に決まってるでしょ〜!?一生掛かっても、そんなのできるわけない!!いい加減気付きなよ〜!!良いから……大人しく難民共ソイツら全員殺せって言ってるんだよ!!!」


 吠え掛かるジアン。

 リーファは当然のようにコレをスルーした。とそこで、「ねぇ」とシアがリーファへと話し掛ける。


「あの人、君の敵……だよね?話がよく見えないんだけど……もしかして俺の敵でもあったりする?」


『あの人』と、シアが指差すのはジアンだ。

 現在暗示に掛かっているシアに、ヴァルテン帝国の記憶もリーファとの記憶もない。先程までジアンの存在すら正確には認識していなかった筈だ。異星人リーファへの敵対心のみが頭を支配していたのである。だが敵対心ソレが収まった今、漸く事の異常さにシアは気が付いた。

 それでも何かがおかしいという漠然とした異変を感じ取っているだけで、その元凶が何で、どうおかしいのかまでは理解できていない。

 そんな訳で先程の質問であるが、リーファは信じられないと言わんばかりに目を点にしていた。


「……ソレを元敵わたしに聞くのか?」


 リーファが尋ね返す。

 今のシアにとって、リーファは全く見ず知らずの他人だ。月猫族に対する憎悪や殺意がないと言っても、簡単に信用して良い相手ではない。

 そもそもこの状況で、「いいえ。貴方にとっては味方です」と答えるバカが何処に居るだろう。

 どう考えても、リーファに『敵か味方か』の判断を委ねるべきではない。

 だがしかし、シアは呑気に笑う。


「その質問してくれる時点で、俺のことを気遣ってくれてる証拠でしょ?人を見る目には自信があるんだ。信じるよ。俺自身の目と……君を。だから教えて。あの人は敵?」

「!……敵だ。アイツは私にとってもお前にとっても、お前の大事な町の連中にとっても……全員の敵だ。現状に違和感を感じてるなら、その原因はアイツの超能力。あそこに生えてある大木の所為だ」

「?……うわっ!?……え?あんな巨大な木、いつの間に生えたの?全然覚えがないんだけど?」


 シアがパチクリと目を瞬かせる。

 完全に暗示が掛かっている時は、“暗樹”のことも見えていなかったようだ。

 開いた口が塞がらない様子のシアに、「大体半日前くらいだな」とリーファが答える。


「あの木がある限り、お前も町の連中も奴の言いなりだ。お前は暗示が効き難いタイプらしいが、一度は完全に掛かってたんだ。油断はできない」

「え、俺暗示に掛けられてるの?町の人達も?」


 またしても初耳の情報に、シアが苦笑いを溢す。

 怒涛の新情報に軽く頭が混乱するが、それでもシアにリーファを疑う気は更々ないらしい。「そっか」と全てを受け入れた。


「なら、どうすれば良い?アイツを倒せば、元に戻るの?」


 シアがジアンを見据える。

 リーファは「否」と首を横に振った。


「暗示を解く前に奴を殺せば、二度と元には戻らない。だからどうすれば良いか悩ん…………」


 リーファは途中で言葉を放棄した。

 真顔でシアの顔を見つめ続けている。

 シアは疑問符を浮かべながら、「どうしたの?」とリーファの瞳を見つめ返した。

 途端に、リーファは勢いよくシアの両肩を掴む。


「お前!私の記憶、今無いんだよな!?」

「えっ?……えっと……無いって言うか、曖昧って言うか……君がこの惑星ほしを侵略しに来た異星人っていう記憶はあるんだけど、どうも違和感があるって言うか……」


 何ともハッキリしない答えだ。だがしかし、リーファにとっては満足のいく答えだったらしい。

 真紅の瞳をキランと輝かせ、「良しッ」と口元に弧を描いた。


「お前、あの木を消し炭にしろ!」

「え?」


 突拍子もない発言に、シアの思考がフリーズする。


「あの木を壊せるのは暗示に掛かった奴だけ。自我が残ってるって言っても、お前が暗示状態であることに変わりはないからいける筈だ!」

「……あの木を壊せば、元に戻るってこと?」

「ああ、そうだ」


 リーファが頷く。

 シアは「了解」と、リーファの頬に手をソッと添えた。


「暗示が解けて、記憶も何もかも全部戻ったら……君のこと、俺に全部教えてね。約束だよ」

「……は…………?」


 リーファが了承する前に、シアは“暗樹”へと翼を広げた。

 ポカンと放置されたリーファは、「させて堪るか」と言うジアンの声で我に帰る。ジアンに操られた町の人達が、一斉にシアへ銃口を向けるのを確認して、ジンシューを放った。

 シア目掛けて撃たれたレーザーは、リーファのジンシューによって全弾誘爆させられる。

「チッ」とジアンの舌打ちが響いた。


「諦めろ、ジアン。わかってんだろ?暗示の恩恵がなけりゃ、お前は何もできない。相手が悪かったな」


 悪意しかない笑みで見下すリーファに、ジアンも「アハハ」と狂ったように笑い返す。


「そうだね〜。暗示を解きたいから、リーファちゃんは我輩を殺せなかった。でも陽鳥族が“暗樹”を破壊すれば、その制約も終わる。すぐにでも殺されちゃうんだろうな〜。でもさ〜……ソレは我輩も同じだよ」


 ジアンは笑みを消すと、パチンと指を鳴らした。

 すると、シアを狙っていた町の人達が銃口を自分達の心臓部へと押し当てる。


「リーファちゃんが殺さないなら、せめて我輩が一人でも多く殺してあげるよ〜!!!アーッハッハッハ!!!」

「ッ!!」


 リーファが表情かおを歪める。

 まだシアは“暗樹”を破壊できていない。

 このままでは、“暗樹”を消し炭にする前に、町の人間が全滅してしまう。

 リーファは最大限眉を顰めると、額に青筋を立て、身体の周りに幾つものジンシューを浮かべた。


「ッ……そうするだろうと思ってたよッ!!」


 僅かに息が乱れた様子で、リーファは一気にジンシューを町の人達へ向けて放射した。

 光の玉から光の矢と成ったジンシューは、人々に取り付けられた光線銃のみを撃ち砕いていく。

 一人も死なせなかった事実にジアンが惚ける中、リーファは「ゼェ!ハァ!」と荒い息でシアへと視線を送った。


「やれェエエ!!!シアーーーー!!!!」


 リーファの咆哮を纏うように、シアは最後の一撃と……特大の火の玉を“暗樹”へ撃ち付けたのであった――。

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