悪趣味な超能力
「やっほ〜、リーファちゃん。生きてることに驚きはしないけど……まさかまだこの星に滞在してたとはね〜。作戦が無駄にならなくて良かったよ〜」
緊張感の欠片もないニコニコ笑顔で、ジアンがリーファに手を振った。
随分とフワフワしたふざけた口調である。神経を逆撫でする声に、リーファは苛立ちを隠しもせず舌打ちを溢した。
「御託はいい。町の奴らにくだらない暗示掛けやがって……お前の暗示は私には効かない!何しに来た!?」
リーファが吠え掛かる。
ジアンの超能力は“暗示の樹”。手の平から『暗樹』と呼ばれる樹の種を生み出すことができ、その種を埋めた惑星……その地に生ける全ての知的生命体の思考回路を操れるという能力である。但し、種が完全な大樹へと成長するまで“暗示”の効果はなく、育ち切るまでの時間はおよそ半日。その間に種が取り除かれたり、若木の状態で強い衝撃を与えられれば、簡単に消滅してしまう。だがしかし発動条件が厳しい分、効果を発揮した時は惑星丸々一つを簡単に手中に収めることができるという、中々にぶっ飛んだ超能力でもあった。
町の人達が、狂ったように呪詛を吐きながらリーファを襲って来たのも、ジアンの超能力でできた“暗樹”による暗示の所為である。
ちなみに一度暗示に掛かれば、ジアンが直々に解くか、若しくは暗示に掛かった人間が直接樹を破壊するしか、解除方法はない。暗示に掛かった人間が自ら自身の状況に違和感を覚え、その元凶たる“暗樹”を破壊する筈もないので、実質解除するには、どうやってもジアンの許可が必要な訳である。
恐ろしい能力だ。
だがリーファは腑に落ちない。
……町の奴らに掛けた暗示は、大方『月猫族への憎悪と殺意の増幅』ってところか……何でわざわざそんな面倒なことしたんだ?……難民の始末を命令されてるのはわかるが、ならさっさと自死させれば良いだけだ。私を襲わせるメリットがない。暗示の効かない私を削らせるにしたって、武器を持たせた難民くらいじゃ効果なんて無いに等しいし……それくらい奴だってわかってる筈だ……。
訝しむリーファだが、ジアンはと言えばヘラヘラ笑っているだけだ。「嫌だな〜」と切れ長の瞳を怪しく細める。
「ウニベル様から命令されて来たに決まってるじゃ〜ん!リーファちゃんだって知ってるでしょ?君を生け捕りにしに来たんだよ〜!」
「お前には無理だ!」
バッサリと言い切るリーファ。
確かにジアンの超能力は恐ろしい。だが、ソレはあくまで効果があればの話だ。原因は知らないが、昔からリーファにはジアンの暗示が効かなかった。
そして、肉弾戦でリーファに勝つ者は幹部には居ない。町の人達を代わりに相手させたところで、結果は同じ。
ジアンにリーファをどうこうする能力は無かった。
しかし、ジアンは余裕綽々とした表情で、「酷いな〜」と大して思ってもいない癖に告げる。
「確かに我輩だけなら無理だけどね〜?でもでも、ウニベル様に命令されたこと、実はもう一個あるんだよな〜!」
「難民の始末だろ?だから何で『暗示が掛かってるのに、さっさと自殺させないのか』って、聞いてんだろ!?何度も言わせるな!」
苛々とペースを乱されるようにリーファが怒鳴れば、「否〜初めて聞かれたね〜」とこれまたジアンに煽られる。
いつもならとっくに殴り掛かっているところだが、しかしリーファは拳を握り締めるだけで、ジアンに攻撃を仕掛けようとはしなかった。
ジアンはニッコリと、底冷えするような笑みを深める。
「リーファちゃんも予想付いてるかもしれないけど〜……我輩が難民共に掛けた暗示は『月猫族への憎悪と殺意を溢れさせて、抑えられなくする』……つまりは、月猫族を殺すこと以外考えられないようにした訳〜。ほら、リーファちゃんってさ〜、闘い大好きなのに任務以外で殺さないじゃん?でも、復讐に来た連中とは闘えるんでしょ〜?」
「……何が言いたい?」
リーファが睨み付ければ、ジアンはニンマリと更に口角を上げる。
「リーファちゃんが難民掃除できるように、手伝いに来たんだよ〜。ほらほら、早く後片付けしちゃってよ!」
パチンと、ジアンが指を鳴らす。
瞬間、四方八方から一斉にレーザーが放たれた。町の人達からの攻撃だ。
会話中は攻撃しないよう、ジアンに操られていたのだろう。
「待て」が解けた今、人々は負の念に駆り立てられるように、リーファを追い掛けて来た。
本日何度目の舌打ちかも忘れて、リーファはその場を離れる。
再び始まった鬼ごっこに、ジアンはニヤニヤ満足そうにしながらソファへと戻った。
「……殺ス……月猫族、殺ス……!!」
「……絶対ニ許サナイ……!!」
「……呪ッテヤル……殺シテヤル……!!」
羅列される呪詛を聞き流しながら、リーファはひたすら避け続ける。
正気がなくとも、知性はあるのか。キリがないと悟ったのだろう。住民の何人かが銃口を降ろして、代わりに直接殴り掛かって来た。
「ッな!?」
思わずリーファが目を見開く。
勝機を見出す為に作戦を変えるのは当然のことだが、レーザーの雨は未だ止んでいない。そんな中、大した機動力も持ち合わせていない一般市民が、レーザーの射線上に飛び込んで来たのだ。
自らの身を顧みないどころの話じゃない。
咄嗟にリーファはジンシューを生成し、レーザー光線へと放った。指先で軌道を操り、全弾誘爆させる。爆風に煽られる者も居たが、怪我人は出なかったようだ。
ホッとしたのも束の間。
その間にも住民達は距離を詰めて来ていたようで、揃って拳を突き出して来た。五つの拳をリーファは両腕で受け止めると、軽く弾き返してもう一度彼らと距離を取る。
その時、「あっれれ〜?」と癪に触る声がリーファの耳に届いた。
「何で殺さないの〜?ソイツら、リーファちゃんのこと殺そうとしてるんだよ〜?リーファちゃんのことが憎くて憎くて堪らないんだって〜!復讐者には罰を与えるんじゃなかったの〜!?」
「勝手なこと吐かすな!『復讐』だと?お前が煽ってるだけだろ!本気で月猫族を殺したいと思ってたとしても、その覚悟すらない奴らなんか相手できるか!!良いから、さっさと暗示を解け!!」
当然ながら、ジアンはコレをスルー。
「嫌に決まってるじゃ〜ん」の一言で一蹴した。
「ふ〜ん……でもそっか〜。つまりこの程度じゃ、リーファちゃんは殺す気が起きないってことね〜。それならさ〜……こんなのはどうかな?」
もう一度ジアンが指を鳴らした。
すると、町の人達の動きがピタリと止まる。警戒するリーファだが、町の人達の目が捉えているのはリーファの姿ではなかった。
「ッ!?」
リーファが目を見張る。
町の人達が突如、リーファとは全然違う方向に銃を向け、思い思いに乱射し始めたのだ。
家々や丘の草原、少し離れた森の木々などがレーザーに焼かれていく。
しかし、人々が焼いているのはそんなモノではなかった。
リーファがギリッと奥歯を噛み締める。
「……ジアン、お前……ッ!!」
「気に入ってくれた?難民共は今、憎くて憎くて仕方ない月猫族に銃を向けてる。何度心臓を射抜いても復活して来る、ゾンビみたいな月猫族の虚像だよ〜」
ケラケラとジアンが嗤う。
ジアンの言う通り、町の人達が向けている銃口の先には、リーファではない月猫族が立っていた。
ジアンが“暗樹”を使って、彼らに幻を見せているのだろう。どれだけレーザーを放とうが、ソレは虚を切り裂き、彼ら自身の町を壊しているだけだ。
リーファの目にもハッキリ映っている。
「リーファちゃんにも視えてるでしょ?難民共が見てる風景〜。暗示は掛けられないけど、視界を操るくらいならできるんだよ〜……と言っても、脳内を完全に操作できてる訳じゃないから、リーファちゃんの目には幻がただの偽物だって、完全に見分けられるだろうけどね〜」
ジアンが肩を竦める。
確かにリーファの目には、月猫族達の姿にノイズが入って見えていた。
どれだけ焦っていたとしても、本物と勘違いして攻撃を仕掛けることはないだろう。
「でも充分でしょ!ほらほら、折角のショーだよ〜!じっくり見てあげてよ!同種が難民なんかに蹂躙される姿をさ〜!」
ジアンの高笑いが響いた。
拳を固く握り締めたまま、リーファの肩が小刻みに震えている。やがて、手の平から血が滴り落ちてきた。
「死ネ!!クタバレ!!月猫族!!」
「許サナイ!!オ前達ハ死ンデ当然ノ存在ナンダ!!」
「ヨクモ私ノ息子ヲ!!殺シテヤル!!何度デモ!!」
「「「死ネ!死ネ!!死ネ!!!月猫族!!!!」」」
「…………」
リーファは黙って、ジアンの言う『ショー』を見下ろすと、静かに手の平を突き出した。そのままブワッと巨大なジンシューを生成する。
ジアンがニヤリと口元に弧を描いた。
「ハァアアア!!!」
咆哮と共に、リーファがジンシューを放つ……がしかし。
「ッ!?」
初めてジアンのニヤケ面が崩れた。
リーファがジンシューを撃った先は、町の人達でもジアンでもなく、かなり遠方に聳え立つ“暗樹”そのモノだったのである。
ジンシューが当たったのだろう。
大きな爆発音と共に、巨大な爆煙がモクモクと立ち込めていた。
だがしかし、煙が晴れて現れた“暗樹”の姿には、傷一つ……火傷痕すら残ってはいない。
「……ビックリした〜!リーファちゃんも知ってる筈でしょ〜?“暗樹”を破壊できるのは植えた本人か、暗示に掛かった人間だけ。リーファちゃんじゃ、どう頑張っても壊せないよ〜」
鳩が豆鉄砲喰らったような表情から一転。また腹立つ笑顔に戻って、ジアンがリーファを馬鹿にした。
無視すると心に決めたのか。額に青筋を立てながらも、ジアンの方を見向きもせず、リーファは再びジンシューを両手に展開し始める。
そんなリーファの姿に、ジアンは「ねぇ、リーファちゃん」と話し掛けた。
「もしかしてさ〜……難民如きに情でも湧いちゃった?」




