誇り高き戦士
「キャアアアア!!!」
「逃げろ!!皆、安全な場所に逃げろー!!!」
建物の幾つかが崩れ落ちる。
弾かれたように逃げ惑う人々だが、レーザーの雨は止まらない。
「ギャハハハ!!皆殺しの時間だ!!誰一人として逃すなぁ!!」
ビイツの言葉を纏うように、光線が町に降り注ぐ。
しかし……。
「させるか!!」
シアが前へと飛び出し、降り掛かって来る光線を一つ残らず斬り落とした。そのまま帝国の兵士へと向かって行くシア。
「ほう」とビイツが感心の声を漏らす。
「帝国軍に抵抗する馬鹿がまだ居るとはなぁ……まあ、難民程度末端兵で十分だろ」
とそこで「ビイツ!!」とリーファが叫んだ。
「お前の狙いは月猫族だろ!!何関係ない奴ら狙ってんだ!?」
「流石任務外で一切動かねぇ奴は言うことが呑気だねぇ。見てみろよ、この惑星を。豊潤な資源、取り残した難民……難民を一掃して、ウニベル様に惑星を献上すれば、さぞお喜びになられるだろ。毒で弱ったテメェを捕まえる為だけにこんな辺境まで来たんだ。これくらいの手柄はあって然るべきだぜ」
ビイツの切り返しに、リーファは「チッ」と舌打ちを溢す。
「さて」とビイツがリーファに向き直った。
「難民掃除は兵に任せて、俺はそろそろ裏切り者への処罰を始めるとするかな。殺しはできねぇが、反抗するようなら多少痛め付けても良いと許可を貰ってる。精々楽しませてくれよ?リーファちゃん」
下卑た笑みを浮かべて、ビイツが段々と距離を詰めて来る。だがリーファは怯えることなく、毒で震える足で踏ん張った。
「「…………」」
間合いを見極める二人。
先に動いたのはビイツだ。人差し指を立てれば、照準をリーファへと向けた。
「ヤァ!!」
掛け声と共に、ビイツの人差し指からビームが発射された。転がるようにして躱すリーファだが、ビイツは「無駄だ」と笑う。避けた筈のビームが軌道をグルンと曲げて、再度リーファに襲い掛かって来た。
舌打ちと共に、リーファは光の玉でビイツのビームを相殺する。
当然これだけでは終わらない。
「ヤァ!ヤァ!ヤァ!!」
「ッ!」
マシンガンの如くビームを撃ち続けるビイツ。負けじとリーファも撃ち返せば、弾かれた流れ弾が地球の大地や木々を傷付けていく。
引火してしまったらしい。町の周りに広がる草原が煙を立てて燃え始めた。
平和だった緑の星が、炎の赤で染まっていく。
「あ……ぁあ…………」
町の人々は逃げる足を止め、膝から崩れ落ちた。
「皆!?」とシアが兵達の攻撃を受け止めながら、振り返る。
「終わりだ……あの日と一緒だ……俺達の故郷が滅ぼされた日と……」
「また私達は住む場所を失ってしまうのね……もう生き延びることもできないかもしれない……」
「結局、この宇宙に安全な場所なんてある筈ないんだ……」
諦めたように絶望に嘆く人々。
「ダメだよ!!皆!!」
滅多にないシアの大声に、町の人達がハッと俯けていた顔を上げる。
町を……人々を護るシアの瞳は、決して死んではいなかった。純白の翼をはためかせ、ヴァルテン帝国の兵士一人を斬り伏せる。
「諦めちゃダメだ!!殺された同種の為にも、奪われた故郷の為にも!何が何でも生き延びて幸せにならなくちゃ!!生かされた命を自分達で諦めてどうするんだ!!?」
次々と襲い掛かって来る敵に立ち向かいながら、シアが人々の心へと問い掛ける。
「シア……」と町の人達の心が揺れ動いた。
「安心してよ。皆のことは……第二の故郷は、俺が必ず護ってみせる!!だから今は安全な所に早く逃げて!!」
「わ、わかった!!」
「頼んだわ、シア!!」
人々が避難を再開する。
町の人達を殺そうと追いかける兵達だが、シアが行く手を阻む。
「難民風情が……」
「俺達を誰だと思ってる!?」
「帝国軍に喧嘩を売って、無傷で済むと思うなよ!!」
怒り狂う兵士達。
シアと兵士達の戦闘も徐々に激化の一途を辿って行く。
「…………」
巻き込まれないよう必死で逃げる町の人達だが、ふと一人の少女が立ち止まった。
「!?アミィ!何してる!?早く逃げるぞ!!」
「…………ッ!!」
町の人が少女を連れて行こうとするが、その前に少女は足元の石を拾って駆け出してしまった。その先にはリーファとビイツ。
「アミィ戻れ!!」と誰かが叫ぶ。その声に反応して、シアも「アミィ!!」と名を呼んだ。
しかしアミィは止まらない。大きく腕を振りかぶれば、思いきり石を投げた。子供の細腕とは思えない程凄まじい勢いで放たれた石は、リーファの額へと見事直撃する。
「ッ!?」
毒で視界が霞んでいたのだろう。咄嗟に避けることのできなかったリーファの額から血が溢れ落ちる。
思わぬ乱入者に、リーファとビイツもアミィへと意識を向けた。
アミィは唇を噛み締めると、今にも泣き出しそうな表情で大きく息を吸い込む。
「ッ出て行けッ!!月猫族!!!」
「!」
アミィの叫びに、リーファがピクリと耳を動かす。「止めろ、アミィ」と何処からともなく制止が掛かるが、最早アミィの耳には届いていなかった。
「パパもママも、皆!!全部全部お前達がアミィから奪ったんだ!!!何でまたメチャクチャにするの!!?何でアミィ達が逃げなきゃいけないの!!?嫌い嫌い!!お前達なんか大っ嫌い!!!出て行け、この星から……出てけー!!!!」
「…………」
悲痛なまでの咆哮を、リーファは顔色一つ変えず黙って聞いている。何を考えているかはわからないが、少なくとも罪悪感を感じている表情にも、反省しているような表情にも見えない。
ただ何も返すことなく、アミィを見つめていた。
代わりに、ビイツが「ギャハハハ」と高笑いを上げる。
「とんだ馬鹿な餓鬼だぜ!わざわざ殺されに出て来たようなもんだ」
「ッ止めろ!!!」
ビイツの指先がアミィへと向けられる。シアが駆け出すが、他の兵士が邪魔をして助けに行けない。
「じゃあな、お嬢ちゃん」
ビイツの指からビームが飛び出した。
町の人々が目を覆う。
アミィが反射的に目を閉じる。
ビームは一直線にアミィを狙い……あと少しでその心臓を撃ち抜くという所で、一瞬の内にアミィの前まで移動したリーファによって撃ち落とされた。
「はぁあ!?」とビイツから文句が上がり、信じられないと言った様子で、シアも町の人達も唖然と口を開け放っている。
だが当のリーファは、素知らぬ顔でアミィの首根っこを掴んだ。
「ッ待て!!アミィを……」
……「離せ」とシアが続ける前に、リーファがアミィを放り投げる。投げた先は町の人達。無事アミィを抱き留めた人々に、シアがハッと我に帰って「急いで逃げて」と避難を促す。
「どうしてアミィを……」
「どうして助けたァア!?気でも触れたのか、リーファ!!それとも、そんなに俺のやる事成す事邪魔してぇかよ!!」
シアの言葉に被せて、ビイツが怒鳴り散らす。
リーファは「よくわかってるじゃないか」と不敵な笑みを浮かべた。
「お前らの行動は一々気に障るんだ。それに……闘えもしないガキに手を出すんじゃねぇよ!!」
「!!」
リーファの言い分に、シアの目が見開かれた。
だがしかし、ビイツには到底納得できない。「はぁあん!?」と片眉を吊り上げる。
「テメェを馬鹿にしてきた餓鬼だぞ!?大体今更何言ってんだ!?テメェら月猫族がしてきたことを忘れてんのか!?テメェら月猫族はただの人殺しで、宇宙一の嫌われ者で……『宇宙の悪魔』なんだよ!!今更ヒーロー面して、今までの罪が帳消しになるとでも思ってんのか!!?」
「『ヒーロー』?寒気がするような台詞言ってんじゃねぇよ。今までしてきたことが許される事だとも、許されたいとも思ってない。ただお前らが知らないだけだ。月猫族がどういう種族か」
「ァアン!?」
「『馬鹿にしてきた』?……それがどうした。お前が言ったんだろ。『月猫族は宇宙一の嫌われ者』だって。恨み辛みを聞くのが初めてだとでも?」
決して堂々と言えたことではない。それにも関わらず、リーファは誇らしそうに「お前ら……」と続ける。
「虐げることしか脳にない帝国軍の連中にはわからないだろうな。ウニベルに尻尾振るだけのお前らと一緒にするな!月猫族は自分で決めてこの道を進んだんだ。褒められた道じゃなくても、誰に理解されることがなくても……自分達で進むと決めた道を信じて貫き通す。ソレが月猫族の誇りだ!だから怨みも憎しみも、どんな罵詈雑言だって受け入れる!宇宙中の人間から蔑まれたって、誰にも受け入れられなくたって……そんなことは関係ない!!月猫族を……月猫族の誇りをナメるなよ!!!」
「ッ!!?」
リーファの気迫に、ビイツがたじろいだ。「それにな」とリーファは手の平をビイツの顔面へと翳す。
「他の奴らがどう思おうと知ったことじゃないが……月猫族は蛮族じゃないんだ。誇り高き戦士の一族が任務外で、それも闘えもしない奴を戦場で死なせて堪るか!!」
「!!!」
シアの瞳がキランと輝いた。
……『月猫族は蛮族じゃないんだよ!!こんな闘えもしない子供に手を出して、それでも誇り高き戦士の一族かい!!?闘えない人を戦場で死なせたら、戦士の恥だよ!!』
光の玉を迷うことなくビイツへ撃ち込むリーファの姿に、シアの頭で遠い記憶がフラッシュバックされる。
「ハァ!!」
リーファが毒された身体でビイツに突っ込んで行った。少し気圧されていたビイツだが、すっかり元に戻ると「死に損ないガァ」とリーファに攻撃を仕掛けて行く。どう見ても中毒状態のリーファの方が劣勢だった。
それでもリーファは闘いを止めない。決して怯まない。
シアには月猫族の事情などわからないが、しかしリーファの姿はただの仇の姿ではなかった。
フッとシアが微笑む。
「死に損ないの癖に粋がってんじゃねぇぞ!!!」
「ウ、ァアッ!!」
ビイツの蹴りがリーファの身体を吹っ飛ばした。
地面に転がるリーファ。
「やっぱりテメェは今すぐ死ねェ!!!」
ビイツからビームが放たれる。
だがしかし、ビームがリーファを貫くことはなかった。
「ハァア!!」
「「!!?」」
シアの手から生み出された炎の玉が、横からビームを相殺したのである。リーファ達の知らぬ間に、大勢居た筈の兵士達は全員地に伏せていた。
そのままリーファを庇うように、二人の間に割って入るシア。
「お前……」
意味がわからないとでも言いたげに、リーファがシアを見上げる。シアはただただビイツを見据えていた。
ビイツが不快感に最大限顔を歪める。
「難民如きに負けるとか、使えねぇ愚図共が……でぇ!?テメェは一体何の用だ!?まさか月猫族を庇おうって訳じゃねぇよな!?さっきの餓鬼同様、テメェにとっても憎むべき仇の筈だもんなぁ!!」
ビイツが吠えれば、リーファも同じく訝しむ眼差しをシアへと向けた。
シアは笑顔のまま「確かに月猫族に同種を皆殺された」と語る。
「でも……アミィを助けて貰った借り、返さないといけないからね!」
「!!」
シアがリーファへと手を差し出す。
今度はリーファが目を見開く番だった。
「俺はこの星と皆を護る為に!君は君の大切なモノを護る為に!一緒にアイツを倒そう!!」
「!!…………」
騙そうとしているようには見えない、真摯で純粋な瞳。
リーファは少し戸惑いながらも、その手を確かに取った。
「足引っ張るなよ」
「ホント口悪いなぁ」
リーファとシアの共闘が始まった。