番外編 あなたの声
「ハァア!!?今何言った!!?」
ユージュンが激昂する。ユージュンの側では、リーファ含め仲間の皆が全員眉根を寄せていた。
彼らの目の前には、王の側近が一人。
側近の男は「もう一度言う」と、リーファへ人差し指を向けた。
「一ヶ月後より、王女は皇帝ウニベルの側役となることが決まった。従って、陛下の命により明日から一ヶ月間、王女には相応の教育を受けてもらう。今まで王女の世話、ご苦労だった。今日からはしなくて良い。わかったら、早く引き渡して貰おうか」
再度、先程聞いた内容と同じことを言われ、完全にユージュンの額に青筋が立った。
「ふざけんなよ!?一年前、無理矢理リーファを預けて来たのは其方だろ!?今更『返せ』と言われて、すんなり頷くとでも思ってんのか!?こいつはとっくに、うちの戦力の一人なんだよ!!」
「お前の意思は聞いてない。陛下の命に逆らうつもりか?」
「上等だ!!俺に勝てると思うなら、雁首揃えて表に出て来い!!王だろうが何だろうが、纏めて叩きのめしてやるよ!!」
啖呵切るユージュン。
幸か不幸か、実際に王達を殺せる実力者なだけに、側近の男は口籠る。月猫族最強の名は伊達じゃない。
男は小さく舌打ちをすれば、ユージュンに人差し指を突き付けて睨み付けた。
「コレは月猫族の悲願の為でもあるんだ!!いい加減にしろ、ユージュン!!」
ユージュンの態度に我慢の限界が来たのか、男が声を荒げた。
意味がわからず、ユージュンは「ぁあ?」と首を傾げて男を睨め上げる。
「どういう意味だ」
「理由は知らんが、ウニベルが王女のことを気に入ったんだ。『側役に』と勝手に決め付けてきたのも向こうからだしな。そこで王は思い付いたんだ。王女をウニベルの元へと送り込み、隙を突いて暗殺させる作戦をな」
「「「ッ!?」」」
一同、目を見開いた。
「ハァア!!?」と一番最初に口を開いたのはファンだ。
「そんなの生贄と同じじゃねぇか!!」
「ああ。いくら何でも危険過ぎる!」
「大体勝手だろ!仮に上手く暗殺できたとして、敵の本拠地のど真ん中なんだぞ!?姫さんに『死ね』って言ってんのと同じじゃねぇか!」
「上手くいく保証すらねぇしな!お姫は王の武器じゃねぇんだぞ!!」
ファンに続いて、ジン、ズーシェン、ユーエンも揃って抗議する。
側近の男は「しつこいな」とガシガシ頭を掻いた。
「王女が死んだら何だって言うんだ?そもそもウニベルを殺す為だけに、わざわざ王女の両親を殺してまで王家の養子にしたんだぞ!ウニベルを殺して死ぬんなら、本望だろ!!……アッ!」
「「「「「!!?」」」」」
思わず「マズい」と言った風に、慌てて口元に片手を持って来る男。しかし今更塞いだところで、無意味である。
リーファを除いたユージュン達五人が、一斉に驚愕した表情を見せていた。
隣で立っていたファンとズーシェンがリーファへと視線を向ければ、リーファは憎悪の込もった瞳で男を睨み付けている。その反応から、側近の男が言っていることが真実であることを悟った。
「おいおい……私怨以外の理由で同族殺しは禁止だってのに……」
「まさか王自ら規則を破ったのか……」
ユーエンとジンが、信じられないと言わんばかりに声を漏らす。
側近の男は開き直ったように、「ともかく」と人差し指をリーファへ突き付けた。
「王女は一ヶ月後、ウニベルの元へ行く!決定事項だ!!最上位戦士チームだからって、良い気になるなよ?お前達は命令通り闘ってれば良いんだよ!!」
男の言い様に、ファン達四人がギリギリと奥歯を噛み締める。
「王女!!サッサと来い!!自分が何の為に生かされたか!忘れた訳じゃないだろう!?」
「…………」
リーファは変わらず一言も発さないまま、男の側へと歩いて行く。
「リー姫ちゃん!!」
「リーファ姫!!」
ファンとジンが咄嗟に名前を呼ぶが、リーファは止まらない。
とそこで、「おい」とユージュンが類を見ない程の静かな声音で男に話し掛けた。「何だ?」と男が返す前に、ユージュンは重い拳を一撃。男の顔面に喰らわせる。
「!」
突然の出来事に、リーファは大きく目を瞬かせた。
その間に、ものの見事に後方へと吹っ飛んでいく側近の男。
岩に打つかることで制止した男の元へと飛んで行けば、ユージュンは男の胸倉を掴み上げた。
「黙って聞いてりゃ、勝手なことばかり言いやがって……良い気になってんのはテメェらだ!!月猫族の誇りを汚した挙句、『死んで本望』だと?……ふざけたこと吐かしてんじゃねぇぞ!!自分の死は自分で決めるもんなんだよ!!誰が他人に決められた結末で満足するか!!良いか!?リーファは絶対渡さねぇ!!テメェらの腐った作戦なんざ使わなくても、ウニベルは俺達が必ず倒す!!わかったら、このまま消し炭にされる前にとっとと消えろ!!」
「ッ!〜〜ッ!!」
目の前でジンシューを突き付けられ、男は堪らず逃げ出した。
「チッ……クズが」と手の平のジンシューを消散させながら、ユージュンが吐き捨てる。
「良く言った!ユージュン!!」
「それでこそ俺達のリーダーだぜ!!」
ズーシェンとユーエンがユージュンの肩を抱いた。無言で二人の腕を払い除ければ、ユージュンは「訓練戻るぞ」とすっかりいつもの調子で歩き始める。
「安心しなよ、リー姫ちゃん。俺達が居る限り、あんなツノ野郎の元になんて絶対行かせないからさ」
「そうだぜ、姫さん。何なら、王連中今からでも殺しに行って、命令自体無かったことにしてきてやろうか?」
「そうそう。月猫族は強い奴が一番偉いんだ。ユージュンみたいに、お姫も我儘言いまくって良いし、嫌なことは嫌って言って良いんだぜ?」
「俺達は全員、リーファ姫の味方だ。月猫族には向かないかもしれねぇけど、仲間なんだから……護って護られて、そうやってリーファ姫とこれからも一緒に居たい」
「…………」
リーファを囲む四人の眼差しは温かい。
月猫族は同族意識の低い種族だ。身内だからと言って、最低限の情すら持ち合わせているかどうか怪しい。にも関わらず、彼らの言葉はいつでも優しくリーファを包み込んでくれる。
……『喋るな!!もし一言でも喋れば、その舌引っこ抜いてやるからな!!』
リーファの頭の中で、かつて城で言われた言葉が思い出される。
……そう言えば、もうずっと喋ってないな……。
ぼんやりとリーファは思った。
その真紅が捉えているのは、ユージュンの背中。決して振り返ることなく前へ進む姿は、身勝手な冷たさよりも引っ張ってくれる頼もしさを感じる。
リーファはその背を追い掛けた。
「…………ッ?」
服の裾を軽く引っ張られ、ユージュンが足を止める。
琥珀の瞳がリーファの姿を映せば、リーファは確かに口を開いて息を吸い込んだ。
「……ユージュン!!」
「!!」
「「「「!!?」」」」
ユージュンに続き、ファン達の頭が一瞬フリーズする。
リーファは自分の中に刻み込むように、もう一度ユージュンの瞳を見据えた。
「ユージュン!!」
「……ッ――「「「「喋ったァア!!!???」」」」……痛!?」
ユージュンが口を開きかけた瞬間、ファン達四人に思いきり身体を撥ね退けられた。流石に四人同時に弾き飛ばされれば、ユージュンと言えども地面に転がる。
図らずともユージュンに突進してしまった四人と言えば、リーダーのことなど目もくれず、リーファの周りにハイテンションで群がっていた。
「えっ、えっ!?いつから喋れるようになったんだ!?俺の名前は!?お姫!?」
「あ、ズルい!!俺の名前も呼んで欲しい!!『ファン』だよ、『ファン』!ほら、リー姫ちゃん!!」
「お前ら、落ち着け。まずは喋れるようになった経緯をだな……」
「なー、姫さん。そもそも何で今まで喋らなかったんだ?」
「…………」
一気に捲し立てられて、リーファが耳をペタンと寝かせる。煩さから表情を顰めたと思えば、一呼吸空けた後にニッコリと良い笑顔を浮かべた。
そして……。
「ギャーギャー、ギャーギャー喚いてんじゃねぇよ、うるせぇな」
「「「「…………」」」」
今度は四人が黙る番だった。
四人の瞳に映っているのは、紛れもなくリーファ本人。しかし彼らの脳内では、リーファの背後に見覚えのある男の影が補完されていた。
一人地べたで胡座をかいて、額に青筋を立てているユージュンへと、四人はギギギと壊れたロボットのように首を向ける。
「何だよ?」と不満げに四人を睨むユージュンに、彼らは同時に「ユージュン!!!」と叫んだ。
「おま、お前の所為で!!お前の口が悪い所為で、俺らのお姫が最悪な言葉遣いを覚えちまったじゃねぇか!!」
「ハァア!?知るか!!そんなこと!!」
「いいや!責任は取ってもらうぞ、ユージュン!!今すぐ姫さんに悪影響を与えないよう、口調を変えろ!!」
「ふざけんな!!大体テメェらだって、似たような口調だろ!!何で俺の所為なんだよ!!?」
「否、どう考えてもお前の所為でしょ!!可愛い可愛いリー姫ちゃんの後ろに、顰めっ面したお前の幻影が見えたんだぞ!?さっきの感動返せや、コラァ!!」
「だから『知るか』っつってんだろ!?いい加減にしやがれ、テメェら!!たかが口が悪いことくらい、どうだって良いだろ!!」
「これだから、お前は……。ユーリンちゃんが抜けて、漸くチームに新たな花が入って来たんだぞ?それなのに、リーファ姫と喋る度に、お前の顔を思い出すなんて……いくら何でもあんまりじゃないか!!」
「そうだ!そうだー!」
「俺達の可愛いお姫を返せー!!」
「ユーリンちゃんに叱られちまえー!!」
「……お前ら…………」
散々な言われ様に、ユージュンはワナワナと肩を震わせた。「よくわかった」と地を這う低音を出せば、ボキボキと拳を鳴らす。
「喧嘩売ってるってことで、良いんだな?」
猛獣よろしく、ユージュンの琥珀が金色に鋭く光った。
* * *
「……つまり、今まで無口だったのは王からの命令の所為ってことか?」
ユーエンが聞き返す。
あれから約二十分後。
全員気分が落ち着いたところで、ユージュンの家に移動しながら質問大会が始まった。
ユージュンと言う名の獣に襲われた四人は、たんこぶやら何やら……ボロボロの状態だが、いつものことなので誰も気にしない。ムスッと不機嫌なユージュンが少し離れて先頭を歩く中、まだ辿々しく話すリーファの話を四人は真剣に聞いていた。
「あぁ……『父さんと母さんを殺したこと、他の奴らに言えば、舌を引き抜く』って……ずっと監視されるし、口を開けたら殺気出されるし、ウゼェから喋らなくなった。全然喋らなくなってからは、放置されるようになったし、問題も大してねぇから、まあこのままで良いかって……慣れちまっただけだ」
「成程な。じゃあ何で突然、喋ろうと思ったんだ?」
ズーシェンが質問すれば、「あ?」とユージュン顔負けの愛想の無さでリーファが答え始める。
「折角黙ってやってたのに、あの男が自分からバラしたからに決まってるだろ?この話が広まれば、オレが無口を貫く必要ねぇし……」
リーファの答えに、「そりゃそうだな」とズーシェンはアッサリ納得した。
それにしても、鈴のように可憐な声で紡がれる荒い言葉遣いに、聞けば聞くほど四人は何とも言えない虚しさを覚える。
「リー姫ちゃんさ、無口になる前からそんな喋り方じゃないよね?ユージュンの真似するくらいなら、ユーリンちゃんの真似しない?」
願望と期待を込めて提案するファン。他三人も瞬きせずにリーファの返答を待つが、リーファは無邪気に笑って「嫌に決まってんだろ」と一蹴した。
「だってユーリンより、ユージュンの方が喋り易いしな。それに……月猫族らしくてカッコいい!」
キラキラと輝く真紅。
四人は肩を落としながら、ユーリンに説得を託すのであった。
* * *
「「「「…………」」」」
死んだ虎の目……もとい死んだ魚の目で、ファン達四人が目の前の光景を無言で見つめている。
視線の先には、満面の笑みでリーファを抱き締めているユーリンの姿。
「可愛い〜!!喋ってる!!ユージュンの真似してる!!やっと声聞けたね〜、リーファちゃん!!」
これである。
到底幼い少女に似つかわしくない言葉遣いをするリーファに対して、ユーリンは説得するどころか『可愛い』の一言で感想を終えてしまった。頬すら紅潮させて喜んでいるのだから、最早リーファの口調矯正は絶望的だろう。
項垂れる四人と嫁の反応に、一部始終を後方で見ていたユージュンは機嫌良く口角を上げていた。
「ユーリン、苦しい。さっさと離せ」
「きゃ〜可愛い〜!!名前呼んでくれた!!ねぇ、もっと!もっと名前呼んで、リーファちゃん!!」
「…………」
ユージュンの口調を真似ているからだろうか。
リーファはそれ以上文句を言うのを止めて、耳を寝かせるだけに止まった。
このままでは、延々とリーファを構い倒しそうなユーリンの様子に、ジンが恐る恐る「ユーリンちゃん?」と声を掛ける。
「ユーリンちゃんは良いの?リーファ姫の口調……上品さの欠片もないけど……」
良くぞ言ってくれたと、他三人もウンウン首を縦に振る。
ユーリンは「そうだねぇ」とリーファから身体を離し、目を合わせた。そしてポンとリーファの頭に手を乗せる。
「リーファちゃんは、リーファちゃんの好きなようにお喋りすれば良いんだよ。私達の前で遠慮する必要なんてないからね!でも……」
そこで言葉を区切ると、ユーリンはリーファの襟元を留めているボタンをなぞった。
イタガ星の伝統的な結び方をしたボタンは、月猫族なら誰でも同じモノを身に付けているが、リーファの襟元で輝くソレには金色の月が中央に飾られている。月の飾り留めは王族の証だ。
「どんな事情があったとしても……今リーファちゃんは月猫族のお姫様で、月猫族の代表だから。だから、ちゃんとした場所ではちゃんとした喋り方ができるようにしておかないと、ね?一人称も、私達の前では『オレ』でも良いけど、他星人の前に出る時は『私』って言った方が格好良いよ」
「……『お前らの代表』……ならそうする」
「偉いね〜、リーファちゃん!!」
今度は撫で撫で攻撃だ。
頭を何度もユーリンに撫でられるリーファだが、抵抗も文句もない。満更でもなさそうに、尻尾をユラユラ揺らしていた。
「良しッ!リーファちゃんが喋った記念ってことで、今日はご馳走だ!!ね!ユージュン?」
「あ?……あぁ、好きにしろ。んなことより、リーファ」
ユージュンの真っ直ぐな眼差しが、リーファを射抜く。
「お前の命は既に俺が預かってる。そのことを忘れんなよ」
「!……」
思ってもいない発言に、リーファはパチパチと瞬きを繰り返した。
そして少しだけ頬を染めて、ニッと年相応にはにかむ。
「ん、わかった!」
* * *
……『喋るな!!もし一言でも喋れば、その舌引っこ抜いてやるからな!!』
王宮に入れられてから、喋ることを制限された。実際は、両親の死の原因さえ言わなければ自由だった筈だ。それでも誰かと話そうとする度、監視の連中が殺気立てば気分も萎える。毎日毎日、何度も王に呼び出されては「誰にも話してないか」と拷問された。
そんな日々が続けば、嫌でも喋る気が失せる。次第に声が枯れていった。
いつからか無口だなんて噂が流れたが、訂正する気も起きない。
死ぬまでこのままで良いと、本気で思っていた。
でも……。
……『何で突然、喋ろうと思ったんだ?』
ちゃんとした理由なんてない。
ただお前らなら……
どんなことでも、笑って受け入れてくれるような気がした……。
ただそれだけだ。




