不器用な人
無事旅立ったリュカを見送った後、リーファは「さて」とシア達の方へと身体を向けた。
「お前ら、今すぐこの星を棄てる準備をしろ」
あまりにもアッサリと告げるリーファ。
場が静まり返ること数分。「はい?」とシアが聞き返すのを皮切りに、どよめきが町中に広がった。
「何を言ってるんだ?」
「俺達に棲家を棄てろって?」
「自分勝手にも程がある」
不満の声が上がる中、シアが「まあまあ」と町の人達を宥めてリーファと向き合った。
「リーファ、いきなりどうしたの?理由を教えて」
シアが尋ねれば、リーファは真剣な表情で「わからないのか?」と口を開く。
「今回の件で、完全に私の生存と所在地が帝国軍にバレた。テッダの生体反応が消えた今、いつ次の追手がこの星に来るかわからないんだぞ?雑魚ならまだしも……ウニベルが直々に来た場合、星諸共お前ら全員消滅だ」
一気に騒めきが強くなった。
「た、確かに……」
「月猫族の言う通りだ」
「帝国軍に地球のことがバレてしまった……このままでは……」
「でも……」
誰かが視線を地面へと落とした。
「また何もかも失うのか……」
ポツリと溢された声に、人々は俯き始める。
リーファの言う通り、直に地球は戦場と化すだろう。元々皆殺しにされる予定だった種族の生き残りである町の人々が、ヴァルテン帝国とリーファの闘いに巻き込まれて無事で済む筈がない。その証拠に、ただリーファを追い掛けて来ただけのビイツとテッダも、町の人達を見た途端殺すことを決めていた。
このままこの星に残っても、死んでしまう未来しか見えない。いくらシアが護ってくれると言っても、一人で護り切るには限度がある。
星を棄てて逃げるしか、確実に生き延びる可能性はないのだ。
しかし、やるせない。
「俺達の第二の故郷を……家をまた失ってしまう……」
「やっとの思いで辿り着いた居場所だったのに……」
『第二』と言えど、故郷は故郷。家は家である。
行く宛も頼りもなく、広大な宇宙で自分達が安心して暮らせる惑星が幾ら在ることか。
不安でしょうがない。
絶望に打ちひしがれる人々に、シアもまた悲しげに視線を落とした。
とそこで、「嫌だ!」と少女の声が上がる。
皆が声の主へと振り返れば、アミィがブンブンと首を横に振っていた。
「私……嫌だ!!地球は私達の故郷だもん!!……『ウニベル倒す』って言ったもん!!倒してよ!!私達が出て行くなんておかしい……絶対おかしいもん!!」
「アミィ……」
気持ちがわかる分、誰も何も言えない。
皆同じ思いだ。
だがリーファは呆れたように、「お前か……」と溜め息を吐く。町にはほぼ全く出入りしていないが、どうやらアミィのことは覚えているらしい。
「聞くが……この宇宙の何処に、棄てたくて自分の故郷を棄てる奴が居るんだよ。この宇宙は弱肉強食。弱い奴の選択肢なんざ、“死ぬ”か“逃げる”かの二択だけだ。確かにウニベルは殺す、いつか絶対に。だが、それだけだ。私はお前らが死のうが生きようがどうでも良い。巻き添え喰らって死んでも良いなら勝手だが……自分で自分の身も護ることすらできない癖に、生意気言ってんじゃねぇよ、ガキ」
冷たく吐き捨てるリーファに、町の人達が一斉に怒りを露わにした。目も眉も吊り上げ、憎々しくリーファのことを睨んでいる。
「何よその言い方は!?アミィの気持ちも考えなさいよ!!」
「元はと言えば、お前ら月猫族の所為で俺達は故郷を一度失う羽目になったんだぞ!!」
「ソレを上から目線で……この星を離れなくちゃいけない原因だって、月猫族の所為じゃないか!!」
「そうだそうだ!!大体ウニベルを……帝国軍を倒すと言うから、この星に住まわせてやってるんだぞ!?『いつか』なんて曖昧な返事ばかりで、今倒すことも追手を追い払うことすらできないなら、お前一人がこの星から出ていけ!!」
人々の憎悪の念が膨れ上がる。
段々とオーバーヒートしていく物言いに、シアが「皆、落ち着いてよ!」と間に割って入った。
「帝国軍はリーファの位置情報を追えない!リーファが居ても居なくても、地球は戦場になるんだよ!?わかってる筈でしょ!?口が悪いだけで、リーファは皆を巻き込みたくないだけなんだよ」
シアの発言にリーファがフンとそっぽを向けば、町の人達からすぐさま「どうだか」と否定的な意見が出る。
「月猫族なんて、所詮は闘うことすらできたら満足する野蛮人だ。巻き込みたくないんじゃなくて、闘いの邪魔をされたくないだけだろ!」
「さっきのリュカとの闘いも幹部との闘いも、月猫族だけはずっとゲーム感覚だった!何処まで行っても、月猫族は血も涙もない『悪魔』の種族なんだ!!」
「リュカ君を殺さなかったり、幹部を仕留めたり……少しは見直したと思ったけど……やっぱり最低よ!!こんなことなら、リュカ君に殺されておけば良かった!!」
「!!何てこと言うんだ!!」
思わずシアが声を荒げた。
とそこで、リーファがシアの身体を押し退けて、町の人達の前へと立つ。
「なら、ここで心臓撃ち抜けば満足か?」
言いながら、リーファは手の平を自身の左胸辺りに翳した。元々シアの超能力で無理矢理回復させたボロボロの身体……いくら自身の攻撃と言っても致命傷になることは間違いないだろう。
「私が死んだところで、お前らの未来は何も変わらないけどな。他人に頼ってばかりで、自分で動くこともできないお前らにどうこう言われる筋合いはない。第一お前ら全員、一度は生まれの故郷を棄てた裏切り者だろ。『第二の故郷』?……笑わせるな。全部見捨てて生き残った分際で、今更ギャーギャー喚くんじゃねぇよ。星と一緒に心中するか、星を棄てて生き延びるか……さっさと選べ!」
「リーファ、言い方!!」
火に油だ。
リーファの口の悪さが、町の人達の怒りを更に燃え上がらせる。
一触即発の雰囲気が漂う中、シアが「はい、そこまで!!」と会話の流れを強制的にぶった斬った。
「皆、頭に血が昇り過ぎ!……まずリーファ!リーファは町の人達が地球に残っても残らなくても、どっちでも良いんだよね?」
「……勝手にしろ」
シアからの確認に、ぶっきらぼうに答えるリーファ。
続いて、シアは町の人達へと向き直った。
「皆はどう?地球を棄てたくない気持ちは皆一緒だよ。でも、この星が戦場になるのは、どうしたって変えられないから……例え命を失うことになったとしても、それでもこの星で過ごしたいって人は居る?」
シアからゆったりとした口調で尋ねられれば、少しは激情も沈下される。
ザワザワと互いに顔を見合わせて相談し合いながらも、町の人達はポツリポツリと口を開いた。
「ああ、棄てたくないさ」
「もう二度とッ、居場所を失いたくないッ!」
「例え逃げ出したって、宇宙を帝国軍が支配している限り、生き延びれる保証はないんだ」
「だったら、地球で死んだって構わない。もう逃げるばかりの人生は御免だわ!」
人々の意思は一つだ。
シアは「わかった」と笑顔で頷く。
「ソレが皆の願いなら、俺が何とかしてみせる。絶対になんて、偉そうなことは言えないけど……命懸けで皆のことを護ってみせるよ。ただ……もし、本当に逃げ出したくなった時は、遠慮せずに地下倉庫に保管してある宇宙船を使って脱出して」
シアはそこで言葉を区切ると、ニッコリと一番の笑みを浮かべて見せた。
「俺もこの星のこと大好きだから!皆で一緒にこの星で……第二の故郷でできる限り暮らそうか!」
シアが告げる。
すぐに多くの賛同が上がった。
彼らは逃げない。例え自分達の存亡が懸かっていたとしても、故郷を棄てないことを心に決めた。
その決断の重さを真に理解しているかわからないが、ワイワイと決意に燃える人々を横目に、リーファは舌打ち混じりで踵を返す。
さっさと帰ろうとしたところで、しかしリーファの視界が急にグラついた。
「ッ…………」
「リーファ!!?」
音もなく倒れ込んだリーファに、慌ててシアが駆け寄った。
顔色が酷く、額には汗が滲んでいる。
……体内がボロボロ……気を失ってるだけだけど、無茶し過ぎた影響かな。しばらくは寝込むことになるだろうな……。
陽鳥族の目は、身体のどんな異変も見通せる。リーファが倒れた原因がわかれば、やれやれと言わんばかりにシアはリーファを抱き抱えて立ち上がった。
「シア、すぐにその月猫族を連れ帰ってくれ。顔を見たくもなければ、声も聞きたくない。弱ってるところを見ると、殺したくなる!」
町民の一人が忌々しげに吐けば、周りの人達からも憎悪の念が送られる。ソレを一身に受けているリーファは気絶中だが、代わりにシアが眉根を寄せた。
それでもクルリと背を向け、リーファの姿を隠してくれる。
「……『仲良くして』とは言わない。きっとリーファは、皆にしてきたことを反省してないし、罪悪感も感じてないだろうから。平気で人を傷付ける言葉も言うし、多分他人の痛みがわかる娘じゃない。月猫族の誇りを護ることが、リーファの全てなんだろうね。それでも……」
シアは自身の腕の中で瞳を閉じているリーファの顔を見つめた。
「本当に皆の生死に興味がないなら……きっと『星を棄てて逃げろ』なんて、言わなかったと思うから」
シアの問い掛けに、確かにリーファは『勝手にしろ』と言った。だが本当にどうでも良いのであれば、最初から『逃げろ』という思考には至ってない筈である。それこそ、勝手に地球を戦場として闘い始めるだけだ。
「『闘いの邪魔をされたくないからだ』って、言ってたね。確かに戦場で闘えない人が居たら、間違いなく足手纏いになるよ。でもソレは、その人のことを死なせたくないって思ってるからだ」
「「「!!」」」
「皆が乱闘に巻き込まれて死んでしまっても問題ないなら……絶対に邪魔だなんて思わない。気にせず帝国軍ごと殺せば良いだけだ。皆のことを気にも留めないくらい、圧倒的な強さを持ってるんだから。でも……死んで欲しくないから、邪魔だって思うんでしょ?皆の命を考えてるから、『逃げろ』って言うんでしょ?」
誰も反論できなかった。
そもそも町の人達が目障りだと思うなら、今すぐ町ごと破壊して殺せば良いだけだ。それに、リーファの所在地を特定する術が帝国にない以上、リーファは地球に留まる必要すらない。リーファが居らずとも、帝国の兵達は地球にやって来ざるを得ないが、リーファは気にせず逃げ延びて、反撃の機会を窺えば良いだけである。
にも関わらず、町の人達に『星を棄てろ』と言っても、リーファ自身は地球を出る様子は微塵もなかった。
殺すことも見捨てることもしない。
口は悪いが、リーファ本人から害を与えられたことは未だに皆無であった。
「月猫族は仇だよ。この先リーファが何をしたって、その事実は一生変わらない。でもね、少なくとも今は敵じゃないよ。『受け入れられなくたって構わない』ってリーファは言うけど……俺は皆にも受け入れて欲しいって思ってるから。ソレだけは忘れないで」
そして、シンと静まり返った町を後に、シアは帰路へと着いたのであった。




