ツケ
「ウゥッ……許さない……許さないぞ、月猫族……いつか必ずッ!お前達を一人残らず殺しに行ってやるからな!!!」
今はヴァルテン帝国の領地となった、木材の豊富な惑星……。
一人の少年が、たった今自身の父親を殺した月猫族の男を睨み付けた。
墨のような黒一色の癖っ毛に、目付きの悪い琥珀色の瞳。身に纏うは、返り血で汚れてしまった白い戦闘服。
月猫族最強の戦士、ユージュンである。
ユージュンの隣には、まだ三歳のリーファの姿もあった。
リーファは少年へと目を向けると、右手の平を翳す。ジンシューだ。トドメを刺すつもりなのだろう。
しかし、ジンシューを生成し切る前に、ユージュンがリーファの手を掴んだ。
「止めろ、リーファ。任務はこの星の重鎮連中を一掃すること。ガキは討伐対象外だ」
「…………」
暫く腕を上げていたリーファだが、やがて光の粒を散らし、腕を降ろす。不満げな表情でユージュンを睨み上げるが、当の本人は気にせず集合場所へと向かっていた。
仕方なくリーファも後を付いて行く。
そんな月猫族二人を横目に、少年は震える手足で立ち上がった。
そして意を決して走り出す。
「……許さないッ……許さないッ……お前達みたいな悪魔にッ……未来があると思うなよ!?絶対に!!絶対に!!一族全員、滅ぼしてやるんだ!!!」
「ッ!」
リーファの殺気が膨れ上がる。
振り返りざまジンシューを放てば、もう一つ別のジンシューがリーファのジンシューを相殺した。
ユージュンの仕業だ。
目の前でジンシュー同士の爆風を受けた少年は、あまりの威力の凄まじさに地面に転がり放心している。
ムスッと頬を膨らませ腕を組んでいるリーファの頭を軽く殴れば、ユージュンは少年の胸倉を掴み上げた。
涙目の少年は、無意識の内にガチガチと歯を鳴らす。
ユージュンは舌打ちを溢した。
「復讐したいと思うなら勝手にしろ。月猫族は逃げも隠れもしねぇ。だがな……自分の身すら満足に護れねぇ弱者が、死ぬ覚悟もねぇのに戦場に来るんじゃねぇよ!!」
それだけ怒鳴ると、ユージュンは少年を離した。重力に従って、少年は地面に尻餅をつく。
もう少年は月猫族に立ち向かって行こうとはしなかった。
ユージュンは再び集合地点へと歩き始める。
「リーファ!さっさと行くぞ!!」
「…………」
未だ少年へ殺意を向けるリーファに怒号が飛べば、リーファは渋々足を動かした。
「……おい!任務外で殺そうとするんじゃねぇよ!!しかも相手はガキじゃねぇか!それでもテメェは誇り高き戦士の一人か!?」
「…………」
目一杯頬に空気を入れたまま反応を示さないリーファ。喋らないのはいつものことだが、反省していないことはユージュンにもわかる。
ユージュンは後頭部をガシガシと掻き、一度足を止めた。リーファもそれに倣って立ち止まる。
ユージュンの琥珀とリーファの真紅が交差した。
「テメェは何に苛ついてる?あのガキに言われた言葉か?」
「……」
リーファは応えず、視線を横に逸らす。図星の時の癖だ。
ユージュンは大袈裟なまでにデカい溜め息を溢した。
「あのなぁ、そんなことで一々苛ついてんじゃねぇよ。この先、どれだけ言われ続けると思ってんだ?言っておくが、宇宙中の人間が同じように思ってるぞ。『絶対に許さない』『さっさとくたばれ』『いつか滅ぼしてやる』……そう言われる人生を進んでるんだ。甘んじて受け入れろ。それとも何だ?テメェは奴らに許されたいとでも思ってんのか?故郷を侵略したことも、奴らの同種を殺したことも、全部正当化したいって?」
ブンブンとリーファが首を横に振る。
別に許されたい訳じゃない。ただ月猫族をバカにしてきたことに腹を立てているだけだ。
口にすることなく、リーファは剥れたまま地面に視線を落とす。
ユージュンはもう一度溜め息を吐くと、膝を曲げてリーファの顔を下から覗き込んだ。
「……なら、バカにされたくらいで手を出すな。……俺達は生まれながらに、どうすることもできない戦闘欲求を持ってる。どれだけ時代が変わろうとも、この欲だけは無くすことも抑えることもできねぇ。闘い続けねぇと、まともな精神状態を保てなくなっちまうからな。だからこそ、この道しか選べなかった。ウニベル関係なく、俺達は他者を害すことでしか生きることができねぇんだ」
ユージュンの拳が固く握られている。
リーファはユージュンの目から、瞳を逸らすことができなかった。
「だが……理由があろうと、仕事だろうと、俺達がやってることは何処まで行ってもただの人殺しだ。誰にも理解されねぇし、許されることでもねぇ。わかってる筈だ。いずれ報いを受ける日が来る。必ずな。楽な死に方はしねぇ。それでも、月猫族は闘うことしかできねぇんだ。その為に、どれ程の屍を重ねることになったとしても……だからこれだけは覚えとけ」
ユージュンがリーファの両肩を掴んだ。
瞬きすることも忘れて、二人は真っ直ぐ見つめ合う。
「月猫族には恨み辛みを受け入れる義務がある。復讐心から逃げるな。どれだけの罵詈雑言だって黙って聞き入れろ。闘うべき時を見誤るんじゃねぇ。ソレが自分の欲を満たす為に暴れるツケだ。戦士としての一線だけは絶対に守れ。間違っても、蛮族だった過去に戻る訳にはいかねぇんだ。良いか?俺達は誇り高き戦士だ。例え最後の一人になったとしても、月猫族の誇りだけは死んでも忘れるな」
〜 〜 〜
「ハァ!ハァ!ハァ!……」
リュカは乱れた呼吸を整えようと、静かに肩を上下させていた。
「リュカーー!!」
とそこに、駆け寄って来るシア。
リュカに思いきり抱き付くと、「やったね、リュカ」と喜びを分かち合う。
「最後の狙撃、凄かったね!!」
「ああ、ありがとな。その分体力消費もエグいが……まあ、倒せたのは月猫族のお陰だ」
「リュカ……」
嬉しそうに、シアがはにかむ。
もうリュカの『月猫族』という言葉に、黒い感情は入っていない。
「良かったね」とシアがリーファへ振り返れば、リーファは顰めっ面のまま「何、終わった感出してるんだ」と指摘した。
「幹部を殺しただけだ。幹部一人で来る訳がないからな。必ずこの星の何処かに、帝国軍の船と一緒に兵共が待機してる筈だ。ソイツらを全滅させるまで終わりじゃない」
最もだった。
「確かにね」と、シアはリュカから離れて立ち上がる。
「どうやって見つける?正直、俺ら全員疲れ切ってるし、捜索に時間を掛け過ぎる訳にはいかないけど……」
「それなら俺が探すぜ。俺は狙撃をする時だけ、動体視力が上がるんだ。エネルギーを溜める動作だけでも目は良くなるから、よっぽど遠くじゃなけりゃ見つけ出せる」
リュカが手を挙げれば、そのまま指先を前方へと突き出す。視界に集中しながら、グルリと一回転すれば「見つけた」と小さく声を上げた。
「向こう。大体十キロ離れた森の奥に、停泊してる」
リュカが方向を指で示せば、「良くやった」とリーファから褒められる。
すぐさま宙へと飛び上がったリーファは、どうやらこのまま一人で退治しに行くらしい。慌ててシアが「ちょっと待って!?」と追い掛ける。
「一人は危険だって、リーファ!!……リュカは念の為、町で待機!もし帝国軍が町を襲って来たら、その時は食い止めといて!」
「おう、わかったぜ!」
リュカが応えるなり、リーファとシアの後ろ姿は段々と小さくなっていった。
その半刻後、特大ジンシュー一撃で敵を葬って来たリーファが、シアに横抱きにされて戻って来るのであった。
* * *
「本当に迷惑かけたな、シア。地球の皆にも。悪かった、すまねぇ」
ガバリと、シアと町の人達に向けて頭を下げるリュカ。
しかし誰一人として、リュカに怒りの目を向けている者は居なかった。
「謝る必要はないさ」
「そうよ。帝国軍の幹部を一人倒してくれたんだもの。それだけで充分……むしろ、お礼をしなくちゃいけないわ」
「困った時はお互い様だしな。難民同士、助け合わねぇと。今回俺達は何もできなかったし、またいつでも尋ねて来い」
「復讐したいって気持ちは誰だって同じだわ。それを行動に移せるだけ、貴方はとっても勇敢よ。今度来た時は、是非ともおもてなしさせて頂戴」
人々が口々にリュカへの友好の言葉を贈る。
少し面食らうリュカだが、すぐに「おう、ありがとな!」と白い歯を見せた。
「でも、本当に地球に住まないの?リュカなら全員大歓迎だけど……」
シアがリュカに尋ねる。
しかし、リュカは首を横に振った。
「有り難ぇけど、俺にはやるべきことが沢山あるからな。人命救助に休息なんてない!俺は宇宙中を巡って、困ってる奴らを助けて回るぜ!ソレが俺の性に合ってる」
「そっか。リュカらしいね。また会う日を楽しみにしてるから、いつでも遊びにおいでよ。メガさんから通信機も貰ったしね。何かあったら、連絡して」
「おう!シア達こそ、何か困ったことがあったら呼んでくれ。何処に居ても駆け付ける!」
そうして、二人は厚い握手を交わした。
別れの時である。
リュカは自身の乗って来た宇宙船に乗り込む前に、町から離れた所で木に凭れ掛かっているリーファの元へと飛んで行った。
目の前で降り立てば、リュカは仇に対して笑みを浮かべる。
「ありがとな。お前のお陰で、母さんの仇が取れた」
一瞬何を言われたのかわからないと言わんばかりに、リーファが放心する。
共闘はできても、まさかお礼を言われるとは思っていなかったようだ。
鳩が豆鉄砲を食ったような表情から元に戻すと、リーファは小馬鹿にするかのような嘲笑を漏らす。
「礼なんかして良いのか?私だって、お前の仇だろ?」
「助けられたら、どんな相手にだって礼を言う!当然のことだろ。恩人なら尚更だ!本当に助かった!この恩は必ず返す!!そんで帝国軍をぶっ飛ばした後で、今日の決着付けようぜ!!約束だ!!月猫……リーファ!!」
「!……」
リーファが目を見開く。
そしてすぐに、ニッと不敵に笑った。
「ああ。それまで精々生き延びろよ」
「おう、お前もな」と頷き返し、リュカは宇宙船へと乗り込んだ。
「シア!リーファ!ありがとな〜〜!!」
「元気でね〜!!リュカ〜!!」
ブワッと、空へと舞い上がっていく宇宙船に向かって、シアが大手を振る。船の窓からは、リュカも同じように手を振っている姿が映っていた。
リーファも静かに、リュカの出航を見届ける。
船は直に見えなくなり、宇宙へと消えて行くのであった――。




