告げられた真実
シアがリュカと対峙する。
結局、リュカはシアごとリーファを貫くことができなかったようだ。中途半端に持ち上げられた指先が、項垂れるように曲げられている。
リュカの正義心から撃つことはできないだろうと踏んでいたシアは、心苦しそうに表情を歪めて「ごめんね」と一つ謝罪した。
「俺、最低だね。リュカの気持ちを踏み躙った。でも、コレだけは譲れないから……退く気はないよ。リュカ、話をしよう?君は帝国軍に騙されてるんだ」
「!?……何を……?」
「帝国軍は宇宙の平和を目指してる訳じゃない……宇宙の支配者として数多の星々を滅ぼしている、ただの侵略者なんだよ」
「なっ!?」
思わず目を見開くリュカ。
いきなりそんなことを言われても当然信じられる訳もなく、「そんな筈ねぇ!」と吠えた。
「闘いの邪魔の次は、そんな有り得ねぇ話かよ!?あんたら陽鳥族は、正義のヒーローなんじゃなかったのか!!?何で月猫族なんかをそうまでして庇うんだ!?『騙されてる』って言うなら、ソレはあんたの方だ!!」
自然な反応だ。
「まあ、そうなるよね」とシアは息を吐く。
「いきなり言われて信じられないのも無理はないけど、今言ったことは事実だよ。『この惑星に住む人達は皆難民だ』って言ったよね?滅ぼした実行犯は確かに月猫族だったけど……月猫族に皆の故郷を滅ぼすよう命じたのは他でもない。帝国軍皇帝ウニベルなんだ。リュカの故郷だってそう。黒幕は帝国軍なんだよ」
「なっ……そんな筈……だって、テッダが俺のことを助けてくれてッ……修行を付けてくれて……そうだ、テッダは言ったんだ。『星間戦争の絶えないこの宇宙を統一して、平和な世を作る』って……その為に皇帝ウニベルが宇宙中から人材を集めて軍を作ったって……月猫族はそんなウニベルを裏切って、好き勝手暴れ回った侵略者だって……帝国軍は正義の組織の筈なんだ!!」
リュカの反論に、シアが眉根を寄せる。洗脳教育とは言え、ここまで改竄された知識を与えられていたとは。
シアの背後では「言い得て妙だな」とリーファがクツクツ笑っていた。
不謹慎なリーファの笑みをスルーして、シアは「確かに」とリュカの言葉を一度は肯定する。
「このまま帝国軍を倒すことができなければ、統一はされるかもね。現にこの宇宙の七割近くが帝国軍の支配下に置かれてる。でも武力で圧政して、自分達にとって不都合な存在を消して行って……ソレでいつか争いが無くなったとしても、そんな世の中が本当に平和な世界だと思う?少なくとも多くの命が奪われ、自由も幸せも失った宇宙で笑ってるのは帝国軍の連中だけだ。リュカが目指してる“平和な宇宙”はそんなのじゃないだろ!?」
シアの言葉に、リュカが押し黙る。
歯軋りを溢しながら、「嘘だ」と呟いた。
「絶対に嘘だ!!俺は騙されてなんかいない!!ッ……どっちにしろ、月猫族が“悪”であることに変わりはないんだ!!絶対に仇を取る!!俺は月猫族を殺すんだ!!……バンッ!!!」
リュカの指先が火を噴いた。
真っ直ぐと飛んで行った光線は、僅かな隙間を狙ってリーファのみを捉えている。
しかし、シアはコレを風切り刃で弾き返した。
「言ったよね?『大切なモノを護りたいから闘う』……これ以上リーファを傷付けるって言うなら、俺はリュカと闘うよ」
「ッ!!……ソレがあんたの譲れないモノなら……俺だって闘う覚悟はッ…………ガハッ!!?」
何かがヒュンと空を切った音の後、リュカの言葉が途切れる。代わりに口から飛び出したのは大量の血液。
音の正体はレーザー。レーザー光線がリュカの心臓部を背中から撃ち貫いていた。
リュカの身体がゆっくりと地面に倒れる。
「リュカ!!!」
慌ててシアがリュカの元へと駆け寄った。
喉から湧き上がって来る血を何度か吐き出せば、リュカは震える腕を踏ん張って後方へと振り返る。
そして目に映った人物に頭がフリーズした。
ずっと成り行きを黙って見守っていた町の人達から「帝国軍!!」と怯えた声が上がる。
「…………て、っだ……?」
浅黒い肌。厳つく黒光りしている外骨格。先端の鋭く尖った蠍特有の尻尾。
身に付けている青の衣の左胸には、ヴァルテン帝国の掲げる竜のエンブレム。
テッダは煙の立ち昇る銃口をリュカに向けていた。
リーファもシアも一気に表情が強張る中、テッダは一人優雅に笑んでいる。
「上出来だよ、リュカ。今まで本当にご苦労だったな」
「……テッダ……ゴフッ!」
口を開けようとして、リュカは吐血した。心臓部に手を翳し、リュカの傷を癒しているシアから「動いちゃダメだ!」と制止が入る。
だが、リュカには黙っていることなどできそうになかった。
「な、何故……俺をッ……本当、なのか?……お前は、帝国、軍はッ……本当に……」
中々言葉の続かないリュカに代わって、テッダが「ああ、そうだ」と頷いた。
耳にさしていたイヤホンを取れば、「ずっと話は聞かせてもらっていてね」と続ける。
「そこの陽鳥族が言った通りだ。俺達は正義の味方でも何でもない。この宇宙を侵略し、我が物とする。逆らう奴や気に食わない者は思いのまま殺戮する!お前が今まで『正義の為』と殺して来たのは、我々に抵抗する善良な市民だよ」
「ッな!!……俺、俺は……ッ!」
「リュカ、聞いちゃダメだ!!」
シアが翼でテッダからリュカの姿を覆い隠す。
テッダはシアへと目を向けた。
「陽鳥族……お前には感謝しないといけないな。リーファにリュカを始末させようと思っていたのだが……まさか、リュカの実力がリーファを超えていたとは……お前のお陰でリーファを殺されずに済んだ。もし殺されてしまっては、俺がウニベル様に始末されてしまうところだった」
下卑た笑みを見せながら話すテッダ。
お前なんかに褒められても嬉しくないと表情を歪めるシアだが、シアが何か言う前にリーファが「フンッ」と鼻で嗤った。
「ソイツは残念だったな。間抜けな奴の間抜けな死顔を拝めなくて」
リーファが煽れば、テッダが「リーファ……」と視線を移す。
「しぶとい奴だ。まさか難民の星で身を隠すとは……お前こそ残念だったな。どう自作自演したかは知らないが……ウニベル様の目を欺くことはできなかったようだ。当然の結果だが……さあ、大人しく捕まって貰おうか」
「寝言は寝てから言え。大人しく殺されるのはテメェの方だ!!」
「!待ってリーファ!!」
シアが止めるも間に合わず、リーファが駆け出す。
しかし、リーファは自身の身体を襲った激痛に、思わず動きを止めた。格好の的である。これ幸いと、テッダはレーザーをリーファの右肩へと撃ち込んだ。
「グアッ!!……ッ!?」
避けることすら叶わず、元々大怪我を負っていた肩を更に焼かれ、リーファは後ろに倒れ込む。痛みに耐えながら上半身を起こせば、明らかに自身の怪我から来るモノよりも激しい痛みに疑問符を浮かべた。
そこで、「リーファ」とリュカの身体を癒しながら、シアが叫ぶ。
「ダメだ、リーファ!傷が深いって言ったでしょ!?一気に無理矢理回復させてるから、身体の負担が酷いんだよ!無理に動けば、全身に激痛が走る!!下手すれば、一生動けない身体になるよ!!完治するまで絶対安静だから!!」
「ッそういうことは先に言え!!」
堪らず怒鳴り返すリーファ。
二人の会話を聞き、テッダは高笑いを上げた。
「ハハハハハ!ソレは良い。本当に陽鳥族には感謝しなければいけないようだ。リーファの命を救った上に、行動制限まで掛けてくれるとは……ならば先に傀儡・難民の掃除から始めるとしよう」
テッダの矛先がリュカとシア、そして奥に居る町の人達へと向かう。
シアは翼だけをリュカの上半身に被せ、風切り刃を掴んだ。
だがしかし……。
「リーファ!?」
シアの肩を押し退けて、リーファがテッダの前へと立ち塞がる。
脂汗が額に滲む中、リーファは闘う意志の込もった瞳でテッダへと手の平を翳した。
「リーファ、ダメだって!!ここは俺が何とかするから!!」
「……痛みでまともに動けないんだろう?陽鳥族の言う通り、無理せず休んでいたらどうだ?どのみち、そんな状態で俺を倒すことなど不可能なのだから」
シアに続けて、テッダもリーファに留まるよう告げる。
だがリーファが引くことはなかった。
「月猫族をナメるなよ。痛みが来るとわかってれば、これくらい余裕で耐えられる!……テッダは私が相手する!お前はお前のすべきことをさっさと終わらせろ!!」
「!!」
言い終わるなり、リーファがジンシューを放った。と同時にテッダに向かって飛び出すリーファ。
……『すべきこと』……。
シアが翼の中のリュカへと目を遣る。そして表情を引き締めた。
「……わかったよ。絶対に耐えてね、リーファ」