シアの怒り
「ッ……何考えてるのッ!?」
いつまで経っても身体を襲わない衝撃と、暖かな温もりを身近に感じて、リーファは閉じていた瞼を持ち上げた。
すると視界に飛び込んで来たのは、炎の壁とシアの背中。
デジャヴを感じる光景に、リーファは何が起こったのかを悟る。
炎の壁が消えれば、周りには白煙が立ち込めており、どうやらリュカの光線をシアの炎が燃やし尽くしたようだ。
「ッ……な、でッ、邪魔をッ……」
血の味が充満する口を開いて、リーファがシアを睨む。
「シア!?そこを退け!!」
シアの前方からは、リュカも同じようにシアに対して不満の声を上げていた。
シアは翼を大きく広げると、リュカから庇うようにリーファの身体を覆い隠す。リュカの言葉を一旦スルーすれば、シアはリーファと向き合った。
「「…………」」
両者共に険しい表情で見つめ合う。
その次の瞬間、シアはリーファの頬に平手打ちを喰らわせた。大して力を入れていないが、急所を撃たれているリーファはそれだけでも身体がよろける。シアの翼がリーファの身体を受け止めれば、リーファは更に鋭い目付きでシアを睨み付けた。
「何ッ、しやが……!?」
言葉が途切れる。
撃たれた胸がやけに温かい。視線を下に降ろせば、シアの手の平が翳されていた。その中には炎の玉。治療してくれているようだ。
ただ解毒の時や、青痣を癒してくれた時と違い、やけに傷口がジンジンと痛む。何なら、癒えている筈の今の方が痛いくらいだ。
「ッ……!!」
眉根を寄せ、脂汗を浮かべるリーファに、シアは溜め息を吐いた。
「……傷が酷過ぎるから、癒す方にだけ力を集中してるよ。代わりに痛みは倍になるけど…………ねぇ、リーファ。俺、怒ってるんだけど気付いてる?」
「ッ……??」
蒼白い顔で、リーファが首を傾げる。
どうやらシアの怒りに気付いていないらしい。そもそも身体を襲う激痛に耐えて、それどころではないのかもしれないが……。
しかし、リーファを見下ろすシアの眼差しが、いつもより冷たいことは何となくリーファでもわかる。
「シア!!いい加減にしろ!!俺は月猫族にトドメを刺すんだ!!離れないならそのまま撃つぞ!!?」
背中から怒号が飛んで来る。
リュカの狙撃の腕であれば、僅かな隙間さえあれば対象のみを撃ち抜ける。だが、シアはリーファの姿を完全に覆っていた。何処を狙ったとしても、シアの身体を傷付けず、リーファだけ貫くことは不可能であった。
歯軋りを溢すリュカに、シアは一切体勢を崩すことなく「良いよ」と冷えた声で応える。
「俺ごとで良いなら、気にせず撃って良いよ」
「ッ!…………」
淡々と述べるシア。動揺から言葉に詰まったリュカを放って置いて、シアは更にリーファへ続けた。
「ねぇ……死ぬつもりだったでしょ?」
「…………ッ……」
リーファは応えない。ただバツが悪そうに視線を明後日へ向けている。
その反応に、シアは眉根を寄せた。
握り締められた拳が怒りで震えている。
「全然闘いに集中してなかった……リュカのこと、殺す気なかったんだよね?それは良いよ。リュカと争う必要は俺達にはない。でも……最後のアレ、何で止めようとしなかったの?リーファならあの状態でも何とかできた、そうだよね?あのまま攻撃を受けてたら、死んでたんだよ?」
「……別に、お前に関係ないだろ……」
決してシアと目を合わせないリーファ。
シアは奥歯を噛み締めると、「……『関係ない』か……」と初めて聞くような低音を漏らす。
「君にとっては、他人の命だけじゃない……自分の命すらどうだって良いんだね。……俺にとっては違うんだよ。手を伸ばして救える命があるなら、絶対に護りたいと思う。ソレが誰であろうとも……まして君は、俺にとって“生きている意味”そのものだから」
苦しげな表情で、シアは空いている方の手をリーファの頬に沿わせた。目のすぐ下を走っている切り口を親指でなぞる。
「……怒ってるんだよ。君が自分の命を自分で諦めたことに……自分の身を全く顧みないことに……。今までの生活でどんな扱いを受けて来たか、俺は全てを知れない。どれだけ無茶して、傷だらけになったとしても、誰も何も言わなかったのかもね。だけど俺は……黙ってることなんてできないよ。できる限り傷付いてほしくないし、闘ってほしくない。自分の身体をもっと大事にしてほしいし、もっと俺のことを頼ってほしい」
ある程度の治療は終わったようだ。
シアはリーファの頬を両手で包み込むと、無理矢理にでも視線を合わせる。
「君には君の考えがあったんだよね?だからあんな闘い方をした……わかってるつもりだよ。リーファはいつだって色々考えて行動してるから。でも……どんな事情があったって、自分の身を犠牲になんてしないで。一人で解決できないなら、俺に相談して。お願いだから……もう二度と『死んでも良いか』なんて思わないでよ」
「…………」
シアに抱き締められ、リーファはカルチャーショックを受けたみたいに困惑する。というか、混乱している。
グルグルと回る頭の中、リーファは何故か気付けば口を開いていた。
「……『月猫族は……どんな事情があっても、相手の復讐から逃げる訳にいかない』……」
「!…………」
ボソッと呟かれた言葉。
シアは黙って言葉の続きを待つ。
「……『どんな恨み辛みも受け入れる』……ソレが勝手をするケジメだから……別に殺しちゃダメな訳じゃない……でも、帝国軍の狙いは……オレにリュカを殺させることだと思ったから……良い様になんか使われたくない……」
「そっか。殺し合いを止める方法が見つからなかったんだね。教えてくれてありがとう。でもだからって、自分が死ねば解決じゃないよ」
「……死ぬつもりなんてなかった。アレくらいなら昏倒で済んだんだ」
「流石にソレは無理があるでしょ……」
ムスッと頬を膨らませるリーファに、シアが苦笑いを浮かべる。
シアは「大丈夫」とリーファの肩に手を置いた。
「リーファは逃げなかった。ちゃんとケジメを果たしたよ。だから……ここからは俺に任せて」
そう言って立ち上がると、シアはリュカと対峙した。