悪魔と天使
「……陽鳥族にまだ生き残りが居たとはな」
「お陰様でね」
リーファの煽りに、シアが一切気にせずニッコリ笑い返す。
冷えた空気が双方の間に流れる中、シアは「それよりも」と本題に入った。
「こんな辺境の星に何しに来たのかは知らないけど、この星や町の皆に手を出すって言うなら、俺が許さないよ」
真剣な眼差しがリーファを射抜く。
しかしリーファに怯んだ様子はない。「ハッ」と鼻で笑えば、馬鹿にするように口を開いた。
「『宇宙の守護天使』とすら呼ばれた傭兵種族が、今はこんなチンケな星でお仕事か。随分と護るモノが小さくなったな」
「そう?護るモノに“大きい”も“小さい”もないでしょ。それに俺は“仕事”だから護るんじゃない。大切な人達だから護りたいんだよ。で?俺と闘うのか、何もせず帰ってくれるのか……君の答えを聞かせてくれる?」
シアが笑顔で問い掛ける。煽っているようにも見えるが、リーファもまた「安心しろ」と笑い返した。
「大人しく宇宙船を渡しさえすれば、何もせず帰ってやる。さぁ、さっさと寄越せ」
リーファの切り返しに、シアは「『宇宙船』……」と復唱する。それから「悪いんだけど」と断った。
「ソレはできないかな」
「何?」
「確かに皆移星人だし、この星にやって来た手段は宇宙カプセルだけじゃないけど……見ての通り元無人星だからさ。殆どの宇宙船は貴重な資源として再利用しちゃったんだよね。一隻だけ残してはあるけど……でもソレはもし何かあった時、皆が無事この星から逃げられる用に置いてある船だから……君には渡せない。ごめんね」
「…………」
リーファがシアを睨み付ける。
本当に申し訳なさそうに眉を下げているのが、余計にリーファの癪に触った。
「なら」とリーファが応える。
「二度と宇宙船が必要にならない身体にしてやろうか?」
リーファの眼光が鋭くシアを捉えた。
それだけで気圧される殺気に、町の人達が「ヒッ」と顔色を悪くさせる。
シアは「そう」と悲しむように呟いた。
「ソレが君の答えなら……仕方ないね」
「ッ!!」
言い終わると同時に、シアは手の平から炎の塊を生み出し、リーファへと投げ付けた。
咄嗟に上半身を捻らせ、攻撃を躱すリーファ。「先制攻撃か」と愉しげに口角を上げれば、あっという間にシアの懐へと入り込む。
「やるじゃないか!」
「ッグァ!」
言いながらリーファが、シアの腹を思いきり蹴り飛ばした。小さく空気の塊を吐き出すと、シアは難なく体勢を立て直す。
だがリーファは既に次の攻撃へと入っていた。右手でシアの首をガシッと掴めば、その勢いのまま地面へと叩き付ける。「シア!」と町の人達から悲鳴が上がった。
「これ以上痛い目に遭いたくなければ、さっさと諦めろ」
リーファが不敵な笑みを浮かべる。
どの種族も首は急所だ。このまま力を入れられ気道を潰されれば、シアは死んでしまう。それを簡単にできるだけの力と非情な心を月猫族は持っていた。
それでもシアは頷かない。
「諦めないよ。そんな自分勝手な意見……通す訳にいかないからね!!」
「ッ痛!!」
反射的にリーファがシアから離れる。
リーファの頬に一線切り傷が入り、タラリと血が輪郭に沿って流れ落ちた。見れば、シアの手にはいつの間にか風切り羽の形をした剣が握られている。
立ち上がったシアは剣を構えると、背中の翼をはためかせた。
一気に距離を詰めて来るシア。斜めに剣を振り下ろせば、リーファは軽々とソレを避ける。しかし躱されることは想定内だったらしく、すかさずシアはリーファの横腹に回し蹴りをお見舞いした。
「ウッ」と呻き声を溢して、リーファの身体が吹き飛ぶ。すぐさま反撃に出ようと足に力を込めた……ところで、突然リーファの視界がグラついた。
「!?」
バランス感覚が崩れ、地面に膝を着いてしまったリーファに、シアが疑問符を浮かべる。
「シア!今の内だ!!」
「俺達の仇を討ってくれー!!」
「『宇宙の悪魔』を殺すんだ!!」
町の人達から届く声。
だがしかし、シアにトドメを刺す気はないようで「でも……」と戸惑いの声を漏らす。
とそこで、巨大な影が町全体を覆った。
「「「!!?」」」
この場に居る全員が空へと見上げ……そして皆一様に言葉を失い、目を見開いた。
「あ……ぁあ…………」と言葉にならない声があちこちから上がる。青褪めた顔に、絶望で染め上げられた瞳。町の人々が恐怖に慄く中、リーファとシアも表情を強張らせた。
巨大な影の正体は、たった一隻の宇宙船だ。
しかしただの宇宙船ではない。
「……て、てて……帝国軍だァアアア!!!!!」
町の誰かが叫べば、再びパニックが訪れた。
「そこの月猫族が呼んだんだ!!」
「あぁ、また!……また故郷を失ってしまう!!」
町の人達が嘆く。シアがハッとしたように「皆、落ち着いて」と呼び掛けるが、落ち着ける筈もなく、混乱は徐々に拡大していった。
そんな中、リーファだけが一人冷静に眉根を寄せ、舌打ちを溢す。瞬きすらせず宇宙船を追えば、到頭船が地上へと降り立った。町から離れた所に着陸すると、すぐさまハッチが開き、中から数十人程の戦闘員が出て来る。
その中央に立っている男に、リーファは更に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「何だ?ここは確か無人星の筈……何でこんなに人間が居るんだ?……種族がバラバラ……成程難民の星か……」
男がニヤリと悪い笑みを見せた。
そして地面に片膝着いているリーファの姿を捉えると、笑みをより深くする。
「よぉ!リーファ!!まさか難民如きにやられてんのか!?俺と同じ帝国軍幹部が情けねぇなぁ!!ウニベル様から毒が盛られたってのは本当らしい!無様だなぁ、おい!!」
「ギャハハハ」と男が高笑いする。
「えっ、毒?」とシアがリーファへ視線を向けるが、リーファはそんなことよりも男の声量に、うんざりした様子でわざとらしく両耳を手で塞いだ。
フラッとよろめきながら立ち上がれば、「ビイツ……」と男を睨み付ける。
「お前こそ……毒を喰らった奴を一人捕まえるのに、随分と大勢引き連れてるじゃないか。情けない野郎だな」
「ハッ!たかが月猫族の死に損ないが!!ウニベル様のお気に入りってだけで幹部になれたくせして、実力で幹部まで成り上がった俺様に偉そうじゃねぇか!!ヴァルテン城を爆破までしておいて、生け捕り命令で済むなんざどれだけ幸運か……何が不満だ!?テメェは一生ウニベル様の愛玩具として生きてりゃ良いんだよ!!」
「そんなにこの座が羨ましいなら、熨斗付けてくれてやる!!誰がアイツの玩具で終わって堪るか!!」
売り言葉に買い言葉。
一触即発の空気が漂う中、ヴァルテン帝国幹部ビイツは湧き上がる殺意を抑えるように一つ息を吐いた。
「昔からテメェのことを殺してやりたくて堪らなかった……が、命令は生け捕りだ。光栄に思え、殺さずにおいてやる。だがその前に……」
「??」
視線をリーファから外したビイツ。
リーファが訝しむが、何か尋ねる前にビイツが片腕を上げた。すると後ろに控えていたヴァルテン帝国の兵士達が、一斉に腕に取り付けてある光線銃を構える。
「取り零した難民共の一掃からだ!!!」
ビイツが吠えたのを合図に、ビームが同時に放たれた。