復讐心と正義心
「月猫族ーーーー!!!!」
リュカが大地を蹴る。
突き出された拳を、避けることなく手の平で受け止めれば、その重さにリーファは僅かながら表情を顰めた。
その隙を突いて、リュカが空いている方の手を銃に見立て、リーファの腹へと突き立てる。気付いたリーファが避けようと身体を横に逸らした……がしかし。
「バンッ!!」
「ッ痛!?」
掛け声と共にリュカの右手人差し指から光線が放たれた。
確実に避けたつもりだったが、リュカの光線はリーファの急所ギリギリの所を掠めている。
「チッ!」
リーファは舌打ちを溢すと、受け止めていたリュカの拳を掴んで、自身の方へと引き寄せた。その勢いのまま相手の腹を蹴り飛ばす。
「グッ……バンッ!!」
「ッ!……!!」
よろけながらも再び光線を撃ってくるリュカ。
またもや躱した筈の攻撃は、リーファの頬に紅い一線を刻み込んでいた。それも目下ギリギリだ。後ほんの少しリーファのスピードが遅れていたら、確実に失明していたことだろう。
……間違いない。コイツ……
「お前、私の動きが読めてるだろ」
「ああ、見えてるからな!何処に逃げても、俺の狙撃からは逃れられないぜ!!覚悟しろ、月猫族!!」
素直にもリュカは答えてくれる。
真っ向から突進してくるリュカの踵落とし気味の蹴りをヒラリと躱せば、リーファはそのまま一回転して回し蹴りを喰らわせた。体勢が整っていなかったこともあり、リュカは真横へと吹っ飛ぶ。
追撃しようとリーファが後を追えば、逆にリュカの指先がリーファの姿を捉えていた。咄嗟に空中で宙返りするリーファ。やはりアキレス腱のすぐ側を光線が掠めている。
……急所、目と来て、次は腱か……確実に戦闘不能を狙ってやがる……しかも、最大限のスピードで躱してギリギリか……とんでもない狙撃の腕だな……。
半ば感心するリーファだが、勿論そんな場合ではない。
脅威なのは、リュカの動体視力だ。どういう訳か、リュカにはリーファの次の動きが見えている。それを元に、一撃必殺できる箇所へと光線を撃っているのだ。リーファよりも速さがある訳じゃない。ただ狙撃の腕と、動きを見極める目が異常なだけだ。むしろ、リーファよりスピードが劣っているからこそ、リーファは何とか擦り傷程度で済んでいるのである。
少しでもスピードを緩めれば、その時点でゲームオーバー。
危機的状況にも関わらず、リーファは自然と口角が上がっていた。
「何を笑ってるんだ!!?月猫族!!!」
リュカが光線を連射する。
だがしかし、右へ左へとグネグネ急カーブしながら、リーファは全弾避けてリュカと距離を縮めて行った。
まさか全て躱されるとは思っていなかったのだろう。リュカが僅かに怯んだ隙に、リーファは一気に懐まで入り込む。
狙撃の為に伸ばされていた腕を膝で蹴り上げ、リュカの手首を掴めば思いきり地面へと叩き付けた。
「ガハッ!!」
リュカが空気の塊を吐き出す。
少し離れた地点にリーファも降り立てば、リュカが起き上がるのを待った。
……反応速度が良いのは狙撃の時だけだな。今の攻撃も避けなかったし、受け身を取るのが異常に速い訳でもない。ってことは、狙撃する時だけ動体視力が上がる超能力者か……?
悠長にリーファが分析している間に、リュカは立ち上がっていた。
土埃であちこち汚れているものの、目立った傷は負っていない。奥歯を食い縛ると、恨めしそうに「月猫族」と呟き、リュカは構えを取った。
とそこで、「ちょっと待った!!」とシアが両者の間に割って入る。庇うようにリーファの前で両腕を広げれば、リュカへと向き合った。
「シア!?そこ退け!!俺は月猫族を……」
「ごめん、リュカ!!月猫族のこと、騙す形になって……でも、闘うのは待って!!リーファは確かに月猫族だけど、悪い娘じゃないんだ!!」
リュカの言葉を遮って、シアが叫ぶ。
しかしリュカには通じない。
「何言ってんだ、シア!?月猫族が悪い奴じゃない訳ないだろ!!月猫族は『宇宙の悪魔』だぞ!?お前だって、さっき『月猫族に故郷を滅ぼされた』って言ってたじゃねぇか!!」
憎しみの込もった眼差しで、リーファへと指先を向けるリュカ。
シアは静かに首を横に振ると、リュカの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「確かに滅ぼされたよ。家族も友達も、皆失った。怒ってるし、許せないって思う。でも……やられたことをやり返すだけが復讐じゃない!同種を滅ぼされたからって、俺は月猫族を滅ぼしたいとは思わないよ!」
シアがハッキリと告げる。
敵意も無ければ殺意もない。別にリュカを威嚇している訳でも、威圧している訳でもない。
にも関わらず、リュカはシアの姿に威風を感じた。
「罪のない人達を無意味に傷付けるって言うなら、俺だって全力で闘う。でもそれは、相手が月猫族だからじゃない。大切なモノを護りたいからだ!リュカにとっての“正義”って何なの?相手が月猫族だったら、どんな子でも殺すの?話してみなきゃ、関わってみなきゃ、相手がどんな性格でどんな考え方を持ってるかなんてわからない。復讐するのは、相手を知ってからでも遅くないよ!」
シアが諭す。
リュカは静かに視線を下に落とすと、小さく口を開いた。
「……天使は悪魔すら許せるのか…………」
「リュカ?」
あまりにも小声だった為、シアは聞き取れず聞き返す。
だがリュカにもう一度言う気はないようで、顔を上げるとシアを見据えた。
「優しいのはあんたの方だ。俺は別に優しい訳じゃねぇ。『悪を憎む』って言う正義の心に従ってるだけだ」
そこで言葉を区切ると、リュカはシアに向けていた穏やかな目元を一転。一気に吊り上げて、リーファを睨んだ。
「……仮にあんたの言う通り、そこの月猫族が悪い奴じゃなかったとしても!……ソイツが月猫族で、『宇宙の悪魔』で、『戦闘狂集団』の一人である以上!過去に月猫族の同種がやった罪は消えねぇ!!この先の未来に、約束された平穏は訪れねぇ!!優しい性格で立派な考え方を持ってたとしても、犯した罪があるならソイツは“悪”だ!!そして俺の“正義”は、そんな“悪”を許さない!!わかったら、退いてくれ!!シア、お前は紛れもなく良い奴だ!すっげぇ優しい奴だ!俺はお前と闘うつもりはない!!」
激昂しながら、リュカの指先に光が集まって来る。
どうあっても、リーファを殺すつもりのようだ。
シアは少しの間目元を伏せると、最後にこれだけ口を開いた。
「……リーファが帝国軍と敵対してるって知っても……ウニベルを倒すつもりだって知っても……闘うの?」
ダメ元の念押しだ。
例え月猫族が数多の罪を犯していたとしても、ヴァルテン帝国……この宇宙全体を脅かす巨悪に、真っ向から立ち向かって行ったのもまた、月猫族だけである。
故郷も同種も目の前で失い、それでも折れずに抵抗し続けることがどれ程難しいか。同じ道を通っているリュカにならわかる筈だ。
だがしかし、リュカはキョトンと間抜けな表情を見せれば、首を傾げて一言。
「??……知ってるぞ?」
「えっ……」
「だから“悪”なんだろ?その報いを受けて、母星ごと消滅させられた。当然知ってるさ!そもそも、俺に月猫族の生き残りが居ることを教えてくれたのも、その生き残りを倒して来いって依頼してきたのも、全部帝国軍だしな。まあ、この宇宙に生きる全種族の敵だ。仕事じゃなくても、倒しに行ったが……」
リュカはキッと、リーファを鋭く睨み付ける。
「帝国軍を裏切って、数多の罪なき人々の命を蹂躙して!月猫族の悪行をこれ以上見過ごす訳にはいかねぇ!!あの日帝国軍が達成できなかった宇宙平和を!今度は俺が代わりにやってやるぜ!!」
「!?……ちょ、ちょっと待って!?どういうこと!?リュカの言い方だとまるで……」
全く予想だにしていなかったリュカの反応に、シアの脳内が軽くパニック状態となる。
まるでリュカにとって悪者は月猫族だけで、大元のボスである筈のヴァルテン帝国は悪くないと言っているみたいだ。
……狙撃の腕……常人離れした動体視力……狼の獣人……そして、帝国軍からの依頼……。
混乱するシアの後ろで、ずっと二人の会話を黙って聞いていたリーファは「ああ」と一人納得した声を上げた。
「お前が例の傀儡か……」
ボソリと小さく呟けば、リーファはシアの身体を押し退ける。
シアからすぐさま制止の声が掛かるが、リーファはコレをスルーした。
「お前だろ?帝国軍の専属賞金稼ぎってのは」
「『帝国軍の』!?」
信じられないリーファからの発言に、リュカよりもまずシアが反応する。
続けてリュカから「専属じゃねぇよ!」と反論が飛んだ。
「宇宙に害なす賞金首を捕まえて、帝国軍の基地で換金してるだけだ!」
「同じだろ。その賞金首は全員、帝国軍にとっての犯罪者。目障りだと思った連中の首に、帝国が勝手に賞金を掛けただけなんだからな。お前は良いように帝国軍にとっての邪魔者を始末させられてるだけだ」
「良いように使われてるだけだとしても!帝国軍は宇宙の平和の為に頑張ってるんだ!!俺は自分の意思でその手伝いをしたい!!だからコレで良いんだ!!」
リュカがキッパリと言い切る。
どうもリュカの言っている意味がわからず、シアは「ねえ」とリーファへ耳打ちした。
「どういうこと?リュカは帝国軍の仲間なの?帝国軍が宇宙平和って……」
そこである。
月猫族を『宇宙の悪魔』だと怨むのは理解できる。滅ぼそうと躍起になるのも、相応の力を有しているなら自然な流れだ。
しかし、リュカのヴァルテン帝国への意識だけは、とてもじゃないが理解できない。
暴力で他の星々を侵略し、多くの命を奪っているヴァルテン帝国が、宇宙平和を目指しているなど有り得ないことだった。
そもそもリュカ程正義心が強い男が、月猫族のみを憎み、そのバックに立っているヴァルテン帝国を怨みすらしないというのもおかしな話だ。
シアの当然の疑問に、リーファは面倒臭そうに「騙されてるだけだ」と答える。
「帝国軍にとって都合が良いように、色々現実を捻じ曲げて教育されてるんだよ。帝国軍に所属はしてないみたいだが、まあ同じことだな」
「そんな!じゃあ真実を教えて、誤解を解かないと……」
「そんなのは後にしろ。どうせ、アイツの同種を殺したのが月猫族であることに変わりはないんだ。先に決着を付ける」
「否、ダメだよ!リーファを倒すのだって、帝国軍からの依頼なんだよ!?このまま闘ったって、リュカは何も報われない!無駄に傷付け合ってるだけだ!帝国軍の思う壺でしょ!?」
「…………成程な」
脈絡のない納得に、シアが「え、何が?」とツッコむ。
リーファは応えることなく、シアの反対を振り切ってリュカへと向き合った。
「お前、『私を倒せ』って帝国軍から依頼されたらしいな。その依頼、“生け捕り”じゃなくて“抹殺”で良いのか?」
リーファが笑って問い掛ける。その問いに、シアも確かにと疑問を感じた。
先程までリュカと闘った感触だと、リュカは確実にリーファを殺すつもりで攻撃していた。
しかし、ヴァルテン帝国の皇帝ウニベルの狙いは、あくまでリーファの生け捕りである。殺してしまうことではない。
仮にリュカが生け捕り依頼を反故にしてるとしても、月猫族に怨みを持ってる人間を起用すること自体がそもそもおかしいのだ。
リーファの質問の意図には気付かず、リュカは「はぁ?」と眉根を寄せる。
「何を意味のわかんねぇことを……決まってるだろ!!お前達月猫族は、宇宙に存在してちゃいけない種族なんだからな!!」
「そうか。よくわかった」
リーファはシアへと振り返った。
「今度は邪魔するなよ」
「!闘うつもり!?」
シアが目を見開く。リーファは「当然だ」と頷いた。
「コレは月猫族の闘いだ。誰にも邪魔させない。最後忠告だ。これ以上うだうだ言うなら、まずお前から殺す!」
本気の目だった。
思わずシアも口を閉ざす。しばらくは葛藤の色を見せていたが、やがて溜め息と共にフワリと宙へ浮いた。
「……無茶だけはしないでね」
それだけ伝えると、シアは二人から距離を取る。
漸く邪魔する者が居なくなれば、リーファは悪い笑みを浮かべて「ほら」とリュカを煽った。
「これで思う存分復讐できるだろ。掛かって来いよ、『正義の味方』さん?」
「ッ!!……オリャアアアア!!!!」
第二ラウンドがスタートした。