強い人
宇宙の辺境にある、緑豊かな青く輝く惑星……地球。
復讐に燃える刺客が繰り出されたことなどいざ知らず、リーファとシアは呑気に桃まんの味を研究していた。
「……できた!はい、リーファ!食べてみて!」
そう言ってテーブルの上に出て来たのは、できたてホカホカの桃まん五つだ。リーファは無意識の内に瞳をキランと輝かせると、早速パクッと頬張った。
無言で食べ続けること三分。あっという間に皿の中は空っぽになる。
「どう?」
シアが緊張した面立ちで、リーファの顔を覗き込んだ。
先程まで夢中で食べていたのは何だったのか、リーファはフッと笑うと一言……
「違う」
と言い切った。
シアは「やっぱりダメか〜」とテーブルの上に突っ伏す。
「うーん……月猫族とは使ってる調味料が違うのかなぁ……ねぇ、リーファ。思い出の味と俺の味、どう違うとかわかる?」
「違うものは違うんだから、それ以外知るわけないだろ」
「だよね……」
最初から期待していないらしく、シアが苦笑いで返した。
何故何でもない日の昼間から桃まんを作ってるかと言えば、数日前――。
ジムとクードを倒し、地球へと帰って来た日の宴会のことだ。あの日、シアは陽鳥族の民族料理を沢山リーファへと振舞った。と言うのも、月猫族と陽鳥族は栄えた民族文化が似ているのだ。民族衣装も近ければ、料理も同じ。テーブル一杯に並べられた大皿の中身を、リーファは満足そうに食べていた。食べていたのだが……散々食べ尽くした後で、「イタガ星で食べてたのと、何か味が違うな」と言い退けたのである。
喜んで貰えると用意したものにケチを付けられては、ショックを受けるのも当然だ。
それ以降、シアは月猫族の味付けを再現しようと、暇を見つけてはキッチンに向かっているのである。
一方、そんなシアの心情には微塵も気付かず、リーファはただ味見係を喜んでしているだけだった。
「これはこれで美味しいのに、わざわざ月猫族の味を再現しようだなんて、変わった奴だな」
お茶で一服中のリーファが、隣で肩を落としているシアへと視線を送る。
シアは「ははは……」と乾いた笑いを溢した。
「まあ、変わってるかもね。でもさ……」
「??」
そこで言葉を区切ると、シアは机に頭を乗せたままリーファを見つめる。そして手を伸ばし、リーファの口元に付いていた桃まんの欠片を指で掬い取った。ペロリと自分で食べれば、眉を下げてシアははにかむ。
「どうせなら、リーファが一番喜んでくれる物を作ってあげたいなって。故郷の味は、誰にとっても特別なものだと思うからさ」
「…………生意気言ってんじゃねぇよ!」
「痛っ!?」
照れ隠しに、リーファから額を弾かれるシア。
ジンジンする額を撫でながらも、ほんのり赤く染まったリーファの頬を見て、すぐに目元を和らげる。
「リーファって、そういう所可愛いよね」
「あ?……バカなこと言ってないで、おかわり!」
一気に表情を顰めると、リーファは空の皿をシアの目の前にドンと置いた。
「あ、ごめん。これ以上は食料保たないから、今日はこれだけ。また今度ね」
シアにアッサリと断られ、リーファが舌打ちを漏らす。
これ以上機嫌を損ねても面倒なので、シアは話題を変えようと「そう言えば」と切り出した。
「数日経ってもアゲハから連絡ないってことは、リーファの作戦が上手くいったってことだよね。今頃帝国軍は、リーファのこと血眼で探してるのかな?」
料理の話から一転して真面目な話だ。
リーファもいつもの気怠げな雰囲気は形を潜め、「だろうな」と心なしか表情を引き締めている。
「どうせ残り少ない幹部連中を引っ張り出してるんだろ」
「『残り少ない』……言われてみれば、俺帝国軍の構成よく知らないから、幹部の人数も知らないかも。リーファ、元幹部だったんでしょ?三人倒して、リーファ一人抜けてるから、四人居ない状態なんだよね?」
シアが尋ねれば、リーファは「ああ」と頷く。
「帝国軍の構成はシンプルだ。まずトップ……頂点に皇帝ウニベルが居て、その下にウニベル直属の特攻隊『四龍』と呼ばれる大幹部四人が居る。で、四龍の下に幹部七人、最後にその他兵共だ。科学班や医療班は末端兵と同じ位だが、いざと言う時切り捨てられるのは兵士の方だな」
「ってことは、今残ってる帝国軍の主な戦力は幹部残り三人、その『四龍』って言う大幹部四人、そしてウニベル一人の……計八人だけってこと?」
「だな」
「そっか」とシアが何とも言えない表情を浮かべる。
八人……数で見たら大した人数ではない。実際、幹部七人の内三人を既に倒しているのだ。しかし、だからと言って喜べる状況でもないだろう。こちらの戦力はリーファとシアの二人しか居ないのだから。単純に考えて、地球の居場所がバレ、八人全員で一斉に来られたらジ・エンドだ。
そもそも他の幹部はともかく、四龍やウニベルの実力は、シアにとっては未知数である。当然油断はできない。
シアは「ねぇ」とリーファに問い掛ける。
「残ってる帝国軍の主戦力……一人ずつ闘ったとして、俺達と戦力差ってある?」
とりあえずは、相手の戦闘力がいか程かを知る必要がある。
シアの質問に、リーファは眉を顰めて「あー」と唸った。
「まずウニベルと四龍だが……今の段階で一対一なんて到底不可能だな。仮にお前と共闘して二対一で挑んでも、アッサリ蹴散らされて終了だ」
淡々と答えるリーファ。
これが現実というものだろう。シアもそれ程落ち込むことはない。
黙ってリーファの続きを待つ。
「んで、幹部連中だが……前にも言った通り、月猫族に肉弾戦で勝てる奴は居ない。そもそも奴らは純粋な戦闘能力じゃなく、超能力ありきの不純な戦術を主体にしてるからな。とにかく勝てば良い殺し合いで、勝敗がどう転ぶかはその時の状況次第だ」
「そっか………………」
リーファの答えに軽く相槌を打てば、シアがジッとリーファを見つめた。注がれ続ける視線に、リーファが「何だよ」とジト目で返す。
「ジムとクードの時も思ったんだけどさ……リーファって幹部との戦力差、ちゃんと把握してるよね。ジムに至っては、『闘ってるところ見たことない』って言ってたけど……何でそんなに詳しいの?ジム以外の人とは、手合わせでもしたことある?」
シアが首を傾げる。
当然の疑問だ。
シアがヴァルテン帝国の主戦力の戦闘力を把握する為には、リーファの情報源に頼るしかない。そのリーファの情報網は、一体何を元にしているのか。気にならない訳ないだろう。
ジムの戦力を語る時、リーファは確かに『闘ったところを見たことがない』と言っていた。にも関わらず、ジムが自身より弱いことを見抜き、アゲハに的確なアドバイスを与えていた。クードをシアに一任したのも、双方の戦力をしっかりと見極めていた証だろう。
では何を根拠に、リーファは相手の力を見抜いているのか。
リーファは途端に苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
想像していなかった反応に、シアが「えっ」と驚く。
「ごめん!?聞かれたくないことだった?」
慌ててシアが謝れば、リーファは「別に」とそっぽを向く。
どう見ても不機嫌な様子だが、それでも質問には答えてくれるらしい。
リーファは舌打ち混じりに口を開いた。
「……ちゃんと闘わなくても、本気の一撃を受ければ、ある程度の力量差はわかる。『サンドバッグゲーム』で嫌って程殴られてるからな」
「??……『サンドバッグゲーム』?何だか物騒な名前のゲームだね。何なのソレ?」
シアの問い掛けに、リーファはフッと自嘲気味に微笑んだ。
「ウニベルが月に二、三回。不定期に開催する悪趣味なイベントの名前だ。幹部六人と四龍、ウニベルの十一人がローテーションで一人ずつ、私に一撃入れていって、私を気絶させられた奴が優勝って言う下らないゲームだよ。ウニベル以外は全員本気を出すのが条件だからな。調子乗って、自分達の実力を曝け出してたってことだ。……前回は三週間前くらいだったか。ここ数年、全員殆ど実力は変わってないから、次会う時もそんなに相手の戦力に違いはないだろ。どいつもこいつも鍛錬するような奴らじゃないし……って、聞いてるの……ォワッ!?」
言葉の途中で、リーファはシアに抱き締められた。
意味がわからず、困惑するリーファ。
シアはリーファの後頭部に手を回すと、リーファの右手から血が出ていることに気が付いた。恐らく自分でも気付かぬ内に握り締め過ぎていたのだろう。
空いている方の手で、リーファの右手をソッと包み込むシア。
……わかってた筈だ……リーファの身体の容態が信じられないくらい酷かったこと……身体中痣と古傷だらけで、立ってるのもおかしいくらい……。
シアの身体は怒りで震えていた。
一向にシアの心情がわかっていないリーファは、盛大にハテナを飛ばしながら「おい」とシアに声を掛ける。
「いい加減邪魔だ。いきなり何なんだよ」
「……ごめん。本当に……材料、まだちょっとだけ余裕あるの思い出したから、桃まん後で作ってあげようかなって」
「!!ホントか!!?」
途端にキラキラと真紅の瞳が輝き出した。紅潮した頬と、無意識に上げられた口角。
一目で喜んでいるとわかる。
シアが「本当だよ」と応えると、パァアと更に表情を明るくして「じゃあ気が済むまでこうして良い」と、リーファの方から逆に腕を回して来る。
……笑ってる……こんな話をした後でも……ううん。そんな生い立ちにあっても、君は笑ってられるんだよね……。
シアは思わず口に出していた。
「……リーファは強いね」
ピタリとリーファの身体が固まる。
肩を押されて身体を離されると、怪訝な色を映した真紅が、シアのことを真っ直ぐ見つめていた。
「??当然だろ?月猫族だぞ?」
今更何を言っているんだと言わんばかりの台詞に、シアは少し吹き出した。
……そうだよね。敵だらけのこの宇宙で、初めて見た時から月猫族は、真っ直ぐな瞳をしてた。曇ることなく、自分達の選択をただ見据えてる……強くない訳ないよね……。
傷口の綺麗に塞がったリーファの右手と自身の手を絡ませて、シアは「そうだね」と笑顔を向けた。
「流石、誇り高き戦士の一族だ」