番外編 初めての好物
宇宙の西方域にある、衛星の一つ浮かぶ白い惑星……イタガ星。
リーファがユージュンのチームに入って、初日の夕方。
地獄の戦闘訓練が終わった後、ユージュンは王の側近から『リーファをしばらくユージュンの家で預かるように』と命令を受けた。最初こそ「ふざけんな」「知ったことじゃねぇ」と猛反対していたユージュンだが、結局言いくるめられ、イライラと苛立ちを隠すことなく、リーファ達と帰路を歩いたのであった。
そして現在。
「帰ったぞ、ユーリン」
ユージュンが家の扉を開ける。
城下に広がる住宅街から、少し離れた処にある一軒家だ。小さくもなく、かと言って大き過ぎることもない。一般的なイタガ星の家屋である。
「おかえり!ユージュン!!」
バタバタと部屋の奥から慌てた足音が響いてきたと思えば、一人の女性がユージュンの首元に腕を回して勢いよく抱き着いた。
輝く金色の長髪に、前髪と後ろ髪一房分の黒髪。金色の睫毛に縁取られた瞳は柔らかな薄紅色で、垂れ目垂れ眉も相まって優しい印象を受ける。童顔だが、整った顔立ちの美人だ。
リーファがユージュンと美女の抱擁を真顔で見つめる中、その傍らで「おうおう」とズーシェンとファンがニヤつく。
「帰って早々お熱いねぇ〜」
「ほらユージュン、ただいまのキスしてやれよ」
「ぶっ殺すぞ!テメェら!!」
すかさずユージュンから殺気という名の怒気が飛んで来るが、いつものことなので誰も気にしない。
美女はユージュンの首から腕を離すと、ジン達に向かって笑い掛けた。
「皆、いらっしゃい。いつもユージュンが世話になってるね。それから……」
挨拶もそこそこに、屈強な男四人の中に埋もれているリーファへと視線を向けると、美女は膝を折って目線をリーファと合わせた。
「初めまして。君がリーファ王女だよね?話は聞いてるよ。私は月鈴。ユージュンの妻だよ。これからしばらくの間、よろしくね」
ニコッと、美女もといユーリンがリーファに微笑みかける。
しかしリーファは変わらず無言のままだ。
だがそんなことよりも、ユーリンはリーファの顔を見て、ピシッと表情を凍らせるとフルフルと肩を震わせた。
「な、何で顔も身体も傷だらけなんだい!?しかも手当てすらしてないし!!ユージュン!あんた、チームリーダーだろ!何でこの状態のチームメイトを放ったらかしにしてるのさ!!」
曲げていた膝を伸ばして、一気にユージュンへと詰め寄るユーリン。ユージュンは「ぁあ?」と後頭部を掻けば、面倒臭そうに口を開いた。
「『何で』って、戦闘訓練してたんだぞ?傷くらい付いて当然だろ。一々騒ぐんじゃねぇよ。命に関わる重傷でもねぇのに」
「まあ、リーファ王女の傷は訓練じゃなくて、ユージュンとの殺し合いでできた傷だけどな」
ユージュンが淡々と告げる傍で、ボソッとジンが呟く。慌ててユージュンが「ジン!テメッ、余計なことを」とジンの口を塞ごうとするが、時既に遅し。
ジンの言葉を耳聡く聞き取ったユーリンは「『殺し合い』!?」とユージュンを睨み付けた。
「どういうことだい!?こんな小さな子供相手に殺し合いだなんて、何考えてんのさ!!顔に傷まで付けて……最低だよ、あんた!!」
「う、うるせぇな……大体、月猫族の戦士に子供も大人もねぇだろ。顔に傷が付いたくらいでギャーギャー泣くようなガキはチームに居ねぇよ」
「子供嫌いの癖に、こんな時ばっかり都合の良いこと言ってんじゃないよ!!ちゃんとリーファちゃんに謝ったんだろうね!!?」
「ッ!…………」
ユージュンが言葉に詰まる。
当然謝ってなどいないからだ。かと言って、素直に「謝っていません」などと言える筈もない。
「あ、謝った……」
「その表情は絶対に謝ってない!」
あっさりバレた。
残念なことに、口喧嘩でユージュンはユーリンに勝つことができないのである。
「さあ!今すぐリーファちゃんに謝りな!!」
「なっ、何で俺がこんなガキに……そもそも月猫族同士の殺し合いなんて珍しくも何ともねぇだろ!殺さなかっただけマシだと思え!」
「ユージュン!あんた、それでも月猫族最強の戦士かい!?言い訳ばっかりしてないで、潔く謝りな!!」
グイッとユーリンが凄みながら身を乗り出してくる。
言い返す言葉もなくなって、ユージュンは「ぐぬぬ」と歯軋りするだけだ。
こうなってはユージュンに勝ち目などない。さっさと折れて、謝った方が身の為だ。
諦めたユージュンは額に青筋を立てたまま、一切反省する気のない表情でリーファに向き直った。
「…………わ、ワルカッタ……」
酷い棒読みだ。しかもその視線は明後日の方へと向いている。
更にユーリンが、ギロリとユージュンへ睥睨した。
「謝る時は相手の目を見る!!もう一回!!」
「だぁーー!!!っるせぇな!!……ワルカッタ!ゴメンナサイ!!……これで良いだろ!!?」
半分自棄になりながらもユージュンが謝罪を述べれば、ユーリンはニコリと天使の微笑みを取り戻した。そして、その優しい眼差しは夫ではなく、リーファに注がれる。
「うちの旦那が悪かったね。子供っぽい夫だけど、本当は仲間想いの良い奴なんだ。許してあげて」
目配せをしながら、両手を顔の前で合わせるユーリン。
だがリーファは応えない。
ずっと何も言わないリーファをどう思ったのか、ユーリンは不思議そうに首を傾げた。
「??どうしたの?喉、痛めちゃった?」
ユーリンが心配の声を上げる。
代わりに答えたのはユーエンだ。「そいつ」とリーファを顎で指しながら、ユーエンが口を開く。
「すっげぇ無口なんだってよ。今まで誰も喋ったところを見たことないらしいぜ?」
「そうなんだ。それなら、喋ってくれる日が楽しみだね!」
言葉通り、ユーリンが溌剌とした笑みを見せる。リーファと目線を合わせていた体勢から元に戻ると、「そう言えば」とユーエンと会話を続けた。
「今日、家で夕飯食べてくでしょ?私、先にリーファちゃんの手当てするから、ユーエンとファンは先にご飯作っててよ。今日のメニュー、アレだからさ」
「おう、わかった」
「アレって豪華だなぁ。王女様の歓迎パーティー?」
「そうだよ。桃まんも作るから」
「「マジで!?よっしゃー!!」」
ファンも会話に混ざって、非常に楽しそうである。
そんなユーリンの様子に、リーファはポカンと無防備な表情を見せると、今度はユージュンへと視線を送った。
「ジン、テメェが余計なことを言いやがるから!」
「まあまあ落ち着けって。どうせすぐにバレてたって。後でこっ酷く怒られるよりも、今の方が良かっただろ?」
「ふざけんな!テメェがやったことにでもすりゃあ良いだろ!!」
「どっちにしたって、ユーリンちゃんに誤魔化しが効くかよ。お姫様に手ェ出した時点で、こうなることは決まってたんだって」
こっちはこっちで、ユージュンに胸倉を掴まれたジンが、冷や汗をダラダラ掻きながら苦笑いで必死の弁明をしていた。
「…………」
しばらくユージュンとユーリンの顔を交互に見つめると、リーファは近くに居たズーシェンの服の裾をクイクイと引っ張った。
「ん?……何だ?王女さん」
ズーシェンがリーファを見下ろせば、リーファは人差し指をユーリンへ向ける。ズーシェンが「ユーリンちゃん?」と聞き返せば、今度はユージュンへと指の向きを変えた。「ユージュン……」と続けるズーシェンの反応を確認しながら、リーファが今度は右手人差し指で空を、左手人差し指で地面をそれぞれ指差す。
「んん?……上……下……あぁ!ユーリンちゃんとユージュン、どっちが強いか聞いてんのか?」
ズーシェンが思い至れば、リーファはコクリと頷く。
どうやら正解らしい。
ズーシェンは「そりゃあ、不思議に思うだろうな!」と豪快に笑った。
「純粋な戦闘力じゃ、ユージュンの方が当然強ぇよ。あいつは月猫族最強だからな。でも、惚れた弱みってヤツだ!ユージュンはユーリンちゃんには絶対に勝てねぇ。ま、ユーリンちゃんも十分強ぇがな。王女さんが生まれるまでは、ユーリンちゃんが歴代最高峰の潜在能力値を叩き出してたからよ」
「…………」
ズーシェンの言葉を受けて、リーファはもう一度二人を盗み見る。
不思議なものだ。
先程まで口喧嘩をしていたにも関わらず、既にユージュンとユーリンは仲睦まじい様子で談笑していた。
ふと、リーファからの視線に気付いたのだろう。ユーリンがリーファへ顔を向けると、ニコリと微笑んだ。
「さあ!家に入ろう!」
「…………」
* * *
「「「「「「いただきます」」」」」」
「…………」
六人分の挨拶が食卓に響き渡る。
大きな円形状のテーブルの上には、所狭しと沢山の料理が並べられていた。人数分の皿に山のようにして盛られた天津飯と、その隣にはお椀いっぱいに注がれたワンタンスープ。ドドンと三つ並んだ大皿には、それぞれ春巻き、唐揚げ、回鍋肉とより取り見取りで、更には十段重ねの蒸籠の中に小籠包まで入っている。
明らかに大人二十人分は超えた量だが、誰一人としてソコに違和感を覚えることなく、全員思い思いの料理から手を付けていく。
「あぁ〜!うめぇ!!ユーリンちゃん、料理の腕上げたなぁ!」
「そうそう!油、前のと変えただろ?こっちのが美味いぜ、ユーリンちゃん!毎日コレ食ってるユージュンが羨ましいぜ、ったくよぉ」
「ぁあ!?」
「あはは!ありがとう!ユージュンは何食べても『うまい』しか言わないから、そういうの言ってもらえて嬉しいよ」
「褒めてんだろ!?贅沢言うんじゃねぇよ!!」
「乙女心わかんない奴だな〜。ジンさん、本気見せてやってくださいよ」
「何でそこで俺に振るんだ、ファン」
騒々しい夕食だ。こんなに騒がしい食事の場は、リーファにとっては初めてだった。
六人の会話の様子を呆然と眺めながら、リーファは一人黙々と天津飯を口に運ぶ。
とそこで、隣に座っていたユーリンがリーファの顔を覗き込んできた。
「美味しい?リーファちゃん」
「…………」
リーファは応えない。だが、食べる手が止まるどころか、段々とスピードアップしているのがユーリンにはわかった。
ユーリンは嬉しそうに「フフッ」と口元を緩める。
「口に合って良かった!食後にはデザートもあるからね!」
「?…………」
* * *
そうして、大量にあった料理は全て平らげられ、いよいよお待ちかねのデザートタイム。
「はい!お待たせ!」
片付けられた食卓の上に、ドンとユーリンが置いたのは、リーファの顔程ある大きな桃まん二十個だった。
ふわりと立ち昇る湯気からは、甘い桃の香りが漂う。
ほんのりとピンク掛かったモチモチの饅頭に、リーファはキョトンと小首を傾げながら人差し指で表面を突いた。
「あれ?もしかして桃まん、初めて?」
ユーリンが尋ねる。
リーファが首を縦に振れば、ユーリンは「じゃあ」と満面の笑みで桃まんを一個皿から取り、リーファに差し出した。
「食べてみて!甘くて、すっごく美味しいから!」
「…………」
素直に受け取ったリーファは、数秒桃まんをジィッと見つめる。そして意を決したように、パクッと一口齧り付いた。
ユーリンだけでなく、ユージュンを除いたその場の全員がリーファの反応を待つ。
しばらくして、コクンとリーファが嚥下した。
「ッ〜〜〜〜!!!」
途端に煌めき出すリーファの真紅の瞳。ピコンと耳が立ち、尻尾はユラユラと興奮気味に揺れていた。
どうやらお気に召したらしい。
………………か、カワイイ〜………………!!!
総意の感想である。
パァアと顔を綻ばせたユーリンは、桃まんの乗った皿を迷わずリーファの目の前まで寄せた。
「気に入った!?なら、食べられる分だけ全部食べて良いからね!」
「!!」
再度、ピョコピョコとリーファの耳が動く。
頬いっぱいに桃まんを頬張る姿は、虎と言うよりまるでリスだ。
ユーリンは桃まんに夢中になっているリーファの頭をソッと撫でると、今日一番の笑顔をリーファへ見せた。
「改めて我が家へようこそ!!これからしばらくよろしくね!リーファちゃん!!」
「…………」
かくして、リーファはユージュンとユーリンの家に住まうようになったのである――。
読んで頂きありがとうございます。
超アナログのキャライラスト描いてます。
全身描いてないですけど、とりあえず主要キャラの顔はこんな感じです。




