預かった“希望”
「アゲハーー!!!」
「アグリ!!!」
飛んで来たアグリアスと、アゲハが熱い抱擁を交わす。
その後には他のパピヨン星人達もアゲハの周りへと集まって来た。皆満面の笑みを浮かべており、長い地獄がやっと終わったことを実感させる。
そんな様子を、少し離れた所からリーファとシアが静かに見つめていた。
「……良かったね、アゲハ。ね?リーファ」
「……」
シアがリーファへと笑い掛ける。
リーファは応えることなく、フンとそっぽを向いた。その反応は予想通りだったのか、シアは気にせずクスクス笑う。
笑われていることに気付いているのか、リーファはムスッとしたまま「まだ終わりじゃない」と告げた。
「帝国軍を退けただけだ」
「確かに。“エルピス”を狙っている以上、また新しい軍隊が攻めて来るかも……」
シアの表情に少し影が入る。
リーファはどこか遠くを見つめると、表情を顰めた。
「……ジムが私を見た時、気になることを言っていた」
「『気になること』?」
シアが聞き返す。
リーファはジムの驚愕した表情を思い浮かべた。
「『まさか本当に生きていたとはな』……だとよ」
答えながら、リーファがフッと鼻で笑う。シアも引っ掛かったらしい。「ソレは確かに……」と眉根を寄せた。
「普通、絶対に死んでると思ってたら、そんな言い方しないよね。口振り的にジム以外の誰かが、リーファの生存を信じてるってことかな?」
「ああ……目の前でわざわざ自爆してやったのに、しつこく信じてる粘着質な奴なんて、私の知る限り一人だ」
「ソレってまさか……」
「ウニベルだ」
リーファが断言すれば、シアは「だよね」と苦笑いを溢す。
「ソレはマズいな。いくら他の部下達が死んだと思ってても、皇帝が信じてたら捜索命令とか出されるかも……」
シアの言う通り、非常に良くないことだった。
そもそもリーファが死んだと見せかけているのは、ウニベルへの暗殺を確実にする為である。死人相手に警戒心を持つ者は居ない。油断しているところを暗殺する予定であった。
しかし、最もリーファの死を印象付けたい人間に効果が無かったとなると、作戦そのものに悪影響を及ぼしかねない。
その上、ウニベルはリーファを殺そうとしているのではなく、生け捕りにしようとしているのだ。自分の事を常々殺そうとしている危険人物を、だ。並々ならぬ執着心をリーファに持っているのは確かである。
そんなウニベルがリーファの生存を今でも信じているとなれば、いずれ大捜索が行われ、地球が見つかってしまうかもしれない。
最も避けるべき事案である。
焦るシアに、リーファは「良し」と一人頷いた。
「作戦を変える。あれだけやって、死んだと思わせられないなら、意味がない」
「どうするの?」
「こっちから私の生存を、帝国軍に仄めかす!」
リーファはニッと不敵に笑んだ。
大胆な作戦に、シアが目を丸くする。
「帝国軍の方から私の生存に気付いた場合、真っ先に調べが入るのは地球だ。私の反応があった最後の星だからな。だったら生きてると仄めかして、色んな惑星を巡ってると思わせた方が良い。その為にパピヨン星を利用する」
「パピヨン星で帝国軍を退けたのが、リーファだと思わせるってこと?まあ間違いではないし、騙せる確率は高いけど……」
シアが眉を下げて苦笑した。
「口が悪いなぁ。つまり、リーファの存在で気を惹いて、パピヨン星の侵略を遅らせようって作戦でしょ?」
シアがリーファの顔を覗き込む。
リーファが生きてるとなれば、リーファに固執しているウニベルは血眼でリーファの痕跡を追おうとするだろう。発信機を壊された現状、リーファの行方を知る方法は、リーファの痕跡を辿る以外にないのだから。だが、ただ追い掛ければ良いだけではない。リーファを相手できるのが幹部級以上の人間だけである以上、パピヨン星に兵力を向ける余裕がなくなるのだ。
そもそもパピヨン星侵略の目的は“エルピス”の強奪。その為にはパピヨン星人をできる限り殺してはいけないし、星そのものを滅ぼすなど以ての外。リーファを追い掛けながら、幹部無しで侵略できるような簡単な任務ではない。
リーファの生存を仄めかすだけで、必然的にヴァルテン帝国側は、パピヨン星侵略を遅らせるしかなくなるのだ。
図星を突かれ、リーファはバツが悪そうにシアの視線から逃れる。
シアが「照れなくて良いのに」と微笑ましげに呟けば、リーファは「うるさい」とシアの額を指で弾いた。
「自分の為だ!パピヨン星の為じゃない!」
「はいはい、わかったよ。まあどっちの為だとしても、その作戦が一番互いにとっての最善策かもね。問題はどうやって安全に、帝国軍にリーファの生存を仄めかすかだけど……」
素直じゃないリーファは放っておいて、シアが悩む。だが既に解決策は見出せているようで、リーファは「問題ない」と言い切った。
「簡単だ。情報屋を使う」
* * *
「リーファさん、シアさん。本当にありがとうございました!我がパピヨン星の為に闘ってくださったこと、星を代表して感謝申し上げます!本当に、本当にありがとうございました!!」
「私からも申し上げます。ありがとうございました!」
アゲハとアグリアスが深く頭を下げる。
別れの時だ。アゲハが乗って来た宇宙船を貰えることになり、リーファとシア、二人の見送りとしてアゲハとアグリアスが船の周りに集まっている。
「お礼なんて……俺達自身、帝国軍を倒すのが目的だから、気にしなくて良いよ」
シアが両手を顔の周りで振りながら、笑顔で告げる。その隣で、リーファは相変わらず無愛想な調子で腕を組んでいた。しかし、ソレがリーファの素なのだと、アゲハはとっくに知っている。
「お二人の名前は、パピヨン星の歴史と共に末永く語り継がれることでしょう。星と民の為に闘った“英雄”として」
「……月猫族の名前が“英雄”としてねぇ……」
リーファが自嘲気味に呟いた。
「はい!」とアゲハが力強く、リーファの右手を両手で包み込む。
「語り継ぎますよ、何度でも!……月猫族の名を!リーファさんの名を!……きっと語り継ぎますから!!約束します!!」
「!……好きにしろ」
リーファがアゲハの手を振り払った。
素っ気ない返事だが、アゲハは嬉しそうに「はい、好きにします」とはにかむ。
すっかりリーファの悪態に慣れたようだ。
「アゲハ、さっき言った作戦……本当にお願いしても大丈夫?」
話題を変えて、シアがアゲハへと確認する。
アゲハは「勿論です」と頷いた。
「お二人に少しでも恩をお返しできるなら!……それに、パピヨン星を護る為の策でもあります。むしろ何から何までお二人の手をお借りしてしまって、申し訳ないくらいで……しっかり役目を果たします!」
「うん、お願いね」
そろそろ出発の時間だ。
作戦の為にも、パピヨン星を発つのは早い方が良い。
リーファが船に乗り込もうとした時、アゲハから「リーファさん」と待ったが掛かった。
「コレを……お礼と、約束の証です。役に立つかはわかりませんが、是非受け取ってください」
そう言われて差し出されたのは、何と“エルピス”だった。しかも五つ全て揃っている。先程まで、アゲハが御守り代わりとして着けていた“エルピス”の首飾りだ。
流石のリーファも「は?」と目を点にする。
「秘宝だろ?何考えてんだ?」
訳がわからないとツッコむリーファだが、アゲハの意志は変わらないらしく、“エルピス”を引っ込める気配はない。
アゲハの横で立っているアグリアスも笑顔のままなので、パピヨン星人の総意なのだろう。
「僕の生んだ“エルピス”は、誰のことも選びませんでした。恐らく、他に力を与えるべき人が居るんだと思います。その人物はきっと、僕の人生ではなく……リーファさんの行く末で出会えるでしょうから……“エルピス”を導く為に、何より苦難の人生を選ぶリーファさんの御守りとして、貴女に持っていて欲しいんです。貰って頂けませんか?」
「……貰うだけだ。ウニベルは月猫族の手で殺す。だからパピヨン星人の秘宝の力は使えたとしても使わない」
「はい!充分です!」
そうしてリーファの手に、五つの“エルピス”が渡った。
別れの挨拶も程々に、リーファとシアが宇宙船へと乗り込む。
「リーファさーん!!シアさーん!!いつかまた、必ず会いに行きます!!」
宣言するように、アゲハがドンと胸を叩いた。
船の窓から、シアが手を振っているのが見える。その端では、リーファもアゲハ達に横目を向けているのが映っていた。
アゲハとアグリアスはもう一度頭を下げる。
エンジンが起動し、宇宙船がどんどんと上昇して行った。
流星の如く空を駆け、あっという間に完全に見えなくなる。
「……リーファさん、シアさん……本当にありがとうございました……」
潤む瞳を誤魔化すように、アゲハが空を仰ぐ。ふと肩に優しく手が添えられた。
振り返れば、慈愛に満ちた微笑みが迎えてくれる。
アゲハもアグリアスへ微笑み返し、「良し」とマントを翻した。
「早速お二人から頼まれた役目を果たそう!そして……皆で故郷の建て直しだ!!」




