難民の星
宇宙の最果てにある辺境の星……地球。緑豊かで豊富な水を湛えたこの星は、かつては名も無き無人星であったが、今では数十人の異星人が身を寄せ合い、小さな町を築いて暮らしていた。争いはなく、権力者も居ない。平和でのどかな星である。
そんな地球にこの日、宇宙から何かが飛来して来た。
町から少し離れた森の中、辺りの木々一帯が吹き飛ばされた窪地の中央にて、巨大な虫の繭のようなモノが埋まっている。
繭は淡い光を発すると、光の粒となって空気中へと消えていった。
中から現れたのはリーファだ。
「…………ン……ゥ……ッ!!」
リーファの意識が覚醒する。
リーファはフラフラと立ち上がると、フワリと宙に浮いた。数十メートルの窪みから抜け出せば、大地に足を着け辺りを見回す。
「……こ、ここは……ッガハッ!!」
リーファが血を吐き出す。
毒が回ってきているようだ。
……何が『致死量じゃない』だ……ギリギリじゃねぇか……。
心の中で悪態を吐きながら、リーファはとにかくと震える足に鞭を打った。
……発信機は生きてる……追手が来る前に、こっちも宇宙船を……。
リーファの狙いは宇宙船だった。
リーファを地球まで連れて来てくれた繭は宇宙カプセル。緊急脱出アイテムであり、宇宙空間を移動することはできても、目的の場所へ自由に行ける代物ではない。どの惑星に不時着するかは、運次第であった。
ヴァルテン帝国の宇宙船は司令塔から進路を弄れる為使うことができなかったが、かと言っていつまでも宇宙カプセルで逃げる訳にもいかない。
「ヒッ!!……」
「ッ!?」
小さな悲鳴を、リーファの耳が捉える。
声の方へと振り返れば、そこには一人の男が立っていた。
男はまるで幽霊でも見たかのように顔を青褪めさせ、次第に身体を震わせていく。
「つ、つつ、月猫族だァア!!!!」
弾かれたように逃げ出した男。
あまりにも唐突な為、一人取り残されたリーファは唖然とした表情で、小さくなっていく男の背を黙って見送っていた。
……人間……てことは人の住む惑星か……それも未だ帝国軍に侵略されてない……。
そこまで考えて、リーファはニヤリと口元に弧を描く。
リーファお望みの帝国製ではない宇宙船が手に入るかもしれない。
再び宙へと浮けば、見失わないように男の後を追った。
* * *
男を追い掛けること十五分程、町が見えて来た。
少し離れた高台に降りれば、リーファは町の様子を見下ろす。
宇宙の喧騒から逃れた、小さな町だった。一人たりとも同じ種族の人間が居らず、露店のようなモノもあるが、通貨で買っている訳ではなく物々交換のようだ。
町の入り口も質素で、ただ細長い木の枝を二箇所に立て、枝の先と先とを紐で繋ぎ、そこから看板を垂らしただけの簡易的な門があるだけである。看板には『チキュウ』と彫ってあった。
……一人も同じ種族が居ない上に、この寂れた町……成程。ここは難民の居座る無人星か……。
リーファが表情を顰める。
見たところ、宇宙船の類は見当たらない。
存在しないのか、何処かの屋内に保管しているのか。
どちらにせよ、宇宙船を取り扱っている店がこの星に無いのであれば、誰かの私物を奪って調達するしかない。
……全員が難民で移星人なら宇宙船の一つくらいあると信じたいが……見ているだけじゃ、埒があかないな……。
リーファは軽い所作で高台から飛び降りた。
* * *
「た、大変だ!!!」
男が息を切らしながら何とか町まで辿り着く。
只事でない切羽詰まった大声に、町中の人々が町の入り口へと顔を振り向けた。
「月猫族ッ……月猫族だ!!月猫族が地球にやって来た!!!」
「「「ッ!!??」」」
男から告げられた情報に、全員の目が見開かれた。
「な、何だって!?」
「そんなまさか……」
どよめく人々。
信じられないと言うよりも、信じたくないと言った騒めきが広がる中、男の言葉を裏付けるように門前にリーファが降り立った。
虎の耳に虎の尻尾。月猫族の好む民族衣装。
「おい、お前らに聞きたいことが……」
「「「キャアアアア!!!!!」」」
リーファの声は凄まじい叫声に掻き消された。
毒の効果も相まって頭に響くが、パニックに陥ったように逃げ惑う人々を見ると「あぁ」と感情なく理解する。
「な、何でここに月猫族が!?」
「急いで子供達を逃がせ!!」
「誰か!シアを呼んで来るんだ!!」
「武器!とにかく武器だ!!相手は一人!それも怪我してるぞ!!」
大混乱である。
まともに会話できそうもない様子に、リーファは右腕を天へと掲げた。右手の平には光の玉。
空へと放たれた光の玉が大爆発を起こせば、その轟音によって町の人々は一気に静まり返る。
「騒ぐな。大人しく言うことを聞きさえすれば、命だけは助けてやる」
堂々たる脅迫だ。
当たり前のように人々を脅すリーファに、町の人達は「ふざけるな」と皆一様に怒気を表した。
「誰がお前達のような悪魔の種族に耳を貸すもんか!!」
「この星から出て行け!!」
「いくら月猫族だからって、たった一人で何ができる!!?」
室内に逃げたと思った人達がピストルや鍬など、それぞれ武器を手にリーファの前へと立ち塞がる。
リーファは苛立ちを隠しもせず、舌打ちを溢した。
そして「はぁ」と一つ溜め息を吐く。
「随分とナメられたもんだな」
それだけ呟けば、リーファは町民達の前から姿を消した。
驚く人々。その次の瞬間、リーファは町娘の背後に現れ、腕を捻り上げて動きを封じた。
「ウッ……ゥウ……」
「ッ!!?」
「い、いつの間に……!?」
あまりに一瞬の出来事に瞬間移動を疑ってしまうが、リーファのスピードに町の人達の目が追い付いていないだけである。
リーファは女の腕を掴む手を緩めることなく、「良く聞け」と声を張った。
「この女を殺されたくなかったら、大人しく宇宙船をここに持って来い!」
ザワッと人々の動揺が空気を振動させた。
「宇宙船だと……?」
「ど、どうするんだ?」
「だが宇宙船を持って来ないと、あの娘が殺されちまう!」
「クソッ!月猫族め!!」
人々が悔しさに奥歯を食い縛る。
これで何とか宇宙船が手に入りそうだと、リーファが口角を上げたのも束の間……迫って来る気配に、リーファは咄嗟に娘を離して飛来して来た物体を弾き飛ばした。
「この地球で勝手なことはさせない!何の目的があるかは知らないけど、大人しく帰って貰うよ、月猫族!」
「…………」
凛とした青年の声が上空から降って来る。
町の人達が「シア!」と口々に歓喜の声を上げた。
リーファは空を見上げて、声の主へと睨み付ける。
宙に佇み、リーファへと手の平を翳していたのは一人の青年だ。
炎のような朱色の髪に、淡い空色の瞳。幼さの残る優しい顔立ちをした青年だ。そして何より、その背には純白の翼が一対生えている。後ろから射す陽光がまるで後光のようで、天使が降りて来たのかと錯覚する程だ。
カチューシャのように巻かれた漆黒のリボンを靡かせて、青年はリーファを見つめている。
……朱色の髪に純白の翼……鳥人種……それも陽鳥族か……。
「シア」と呼ばれた青年は、リーファの目の前へと降り立つ。
リーファの真紅の瞳とシアの空色が瞬間、交差するのであった――。