シア対クード
「オラァ!!さっきまでの威勢はどうしたァア!?」
現在、怒り真骨頂のクードは、凄まじいスピードで飛んでいるシアのことを一心不乱に追い掛けていた。
クードにとっては逃げてるようにしか見えず、「いい加減逃げるなよ!!」と蛙特有の長い舌を、槍のように何度も突き出す。
スピードと背中を向けていることも相まって、シアはクードの攻撃を幾つか掠めてしまった。しかし動けない程度じゃない。
シアは気にせず進んで行き、「もう良いかな」と漸く止まって地面へと降りた。
クードもそれに倣い、地へと両足を着ける。
向かい合った両者は、互いに臨戦体勢を取った。
「ハハハ……テメェの墓場はココで良いんだな?」
「そうだね。これだけ離れてたら問題ないでしょ」
二人は同時に飛び掛かった。
クードは素手、シアは風切り羽の剣……風切り刃を持っている。普通に考えれば、得物持ちのシアが有利だ。
だが、相手は腐っても天下のヴァルテン帝国幹部である。
「オラァッ!!」
「ウッ……ワッ!?」
突き出されたパンチを、シアが風切り刃で受け止める……がしかし。どういう訳か拳を斬るどころか、ヌルヌルの油に刃を立ててしまったみたいに滑ってしまった。当然剣のガードが流れてしまえば、クードの拳が直撃する訳で……。
「痛ッ!!」
思いきり顔を殴られてしまった。体勢が崩れていたこともあり、少し身体が後方へ吹き飛ぶ。
「イテテ……」と打たれた頬を摩れば、間髪入れずクードが懐まで迫っていた。
「死ねェエエ!!!」
咆哮と共に、クードがシアの顔面向けて大口を開ける。口の中には発射準備された強靭な舌。
「ヤバッ」とシアが思うのと、身体が反射的に横へ躱すのは同タイミングだった。何とか頬を掠める程度で済む。
シアは風切り刃を構え直して、鋭く一閃振るった。
だがやはり、刃はクードの身体に当たった瞬間、滑って明後日の方へズレていく。
クードがニヤリと口角を上げた。
「俺に物理攻撃なんざ、全部無駄なんだよぉ……後悔するが良い!!」
クードが膝を曲げて脚を振りかぶる。蹴りのモーションだ。防御ができない以上避けるしかない。
シアは慌てて宙へと飛んだ。
少し息を乱しながら、クードを見下ろす。
……何なんだろ、あの滑りの良さ……蛙……粘液……まさかそういう……?
シアの中で一つ仮説が浮かんだ。
クードと言えば、シアを圧倒することで少しは憤怒が鎮火されてきたらしい。狂気で滲んでいた瞳は残虐さを残しながらも、上機嫌に細められていた。
「ギャハハ」とクードが笑う。
「良いか!?冥土の土産に教えてやる!もうテメェとの決着は付いてんだよ!!何回俺の攻撃を掠めた!?俺は自分の身体に好きなように粘液を張れる!毒性の粘液だ!!ちょっとでも掠めれば、毒が浸透し、いずれ全身が麻痺して動かなくなる!!わかったか!?テメェはもう終わりなんだよ!!毒が効いてきたら、最期!!俺が串刺しにして殺してやる!!!」
高らかに宣言するクードに、シアは「へぇそうなんだ」と相槌を打った。
「じゃあ、物理攻撃が効かない理由もその粘液が原因だったりする?」
「ああそうだ!俺の粘液は滑り易い!!剣も弾丸も、当然拳や蹴りだって!全部受け流して終わりだ!!」
「そっか。教えてくれてありがと」
どうやら予想通りだったらしく、シアは大して驚かない。
わざわざ教えてくれるクードは、粘液の対策ができないと踏んでいるのか、そもそも毒を喰らったシアに脅威はないと思っているのか。どちらにせよ余裕があるのは事実だ。
だがしかし、シアは焦ることなく「なら」と剣を持ってない方の手の平に、火の玉を生成した。
「物理以外なら効くってことだね?」
「ッナメるなァア!!!」
クードが大地を蹴り上げた。ミサイルの如く突進してくるクードに向かって、シアは火の玉を思いきり投げ付ける。
エネルギーを逆流した火の玉。本来なら当たった途端に全身へと火が回り、無傷の肌は内出血し、元ある怪我は大怪我へと変化する……筈だったが、クードは殆どダメージを受けず、煙の中から飛び出して来た。
……湿り気のある粘液で炎の効果を無効化した……?
考えてる場合ではない。
クードの伸ばされた舌が心臓を狙っていた。上半身を斜めに躱そうとするが、反応が遅れて右肩を貫かれてしまう。
「グッ……ァア!!」
堪らず痛みに悲鳴を上げれば、更にクードが笑い声を大きくする。
「コレで剣は使えねぇな!!まあ、関係ねぇか!毒が効く前に殺してやるよ!!」
「ッ!」
向かって来るクードに、再びシアは火の玉を打つけた。効果が薄いと気付いたクードは怯むことなく進んで来る。構わずシアは、クードと距離を取りながら打ち続けた。
「ッ……鬱陶しいんだよ!!!」
堪忍袋の緒が切れたらしい。
クードは最大限重さとスピードを乗せたパンチを打ってきた。
シアは風切り刃を右手から左手へと瞬時に持ち変える。
「「ッ!!」」
ガッと、刃が骨に当たる音が響いた。
シアのモノではない血が、風切り刃を湿らせる。
クードは目を見開いて、少し固まっていた。
受け止められたのだ。クードのパンチが、シアの風切り刃によってしっかりとガードされていた。
滑ることなく、むしろ素手で刃を殴った所為で、クードの右手がかなり深く斬られている。
シアは「良かったぁ」とホッと胸を撫で下ろした。
「何とか成功したみたいだね」
「……何をした?」
怒りか怯えか。クードの声が震えている。
シアはニコッと微笑んだ。
「だって蛙の両生人種でしょ?乾燥に弱いんじゃない?俺の炎、かなり高温だからさ。あんなに喰らったら、そりゃ粘液も蒸発して吹き飛んじゃうよ。粘液のお陰で俺の炎から助かったみたいだけど、代わりに粘液が剥がれちゃったね」
ブチッと、クードの血管が切れた気がした。「上等だ」とワナワナ肩を震わせる。
「いくらでも張り直してやる!!どうせテメェは毒で動けなくなるんだからなぁ!!」
言葉通り、クードの身体にまた艶めきが戻った。
シアは「体力保つかなぁ」と苦笑いを浮かべながら、風切り刃を右手に構える。いつの間にか、止血作業もしていないのに肩の血が止まっていた。
「君の粘液にも、俺の炎が効くって言うならやるしかないよね!」
そう告げると、シアの風切り刃が炎に包まれた。
クードが「何だそれ!?」と叫ぶ。
「さて、何でしょう?……防御しなくて良いんでしょ?さっきまでみたいに、素直に喰らってくれたら嬉しいな」
今度はシアの方から飛び掛かった。
胴体を真っ二つにする勢いで真横に羽を振るう。流石のクードも慌てて攻撃から逃れた。
避けるということは、粘液のメッキを無効化されているという自白と同義だ。
……コレで漸く対等か……。
シアは休む間を与えないよう、攻撃し続けた。
空中戦で、シアは鳥人。スピードは圧倒的にシアに分がある。
クードの身体に切り傷がどんどんと増えていった。
攻守交代、形勢逆転だ。
……何故だ、何故……!?
クードが苛つきながら、疑問に思う。
「何で毒が効かねぇんだ!!?」
我慢の限界らしく、クードは口に出してしまった。
毒の効き目や時間は、勿論個体や種族によって差はあれど、幾らなんでももう効いても良い頃である。にも関わらず、シアは麻痺して動けなくなるどころか、攻撃のペースを上げていた。
こんな敵は初めてだ。
シアは「あぁ」と申し訳なさそうに眉を下げる。
「何かごめんね。俺の超能力、君とは相性最悪みたいだよ。俺に毒は効かないんだ。だから今まで受けた君の麻痺毒も、全部勝手に中和されてるよ」
「なっ!?」
「ああ、でも体力は削られるんだよね。だからさ、一気に決めさせてもらうよ」
「ま、待っ……!!」
ここに来て、初めてクードが怯えた目を向けた。
戦意を失った人間に勝ち目はない。
シアの高速の剣が、クードの身体を斬り裂いていく。
「終わりだね」
スッと、シアが相手の首元に刃を添わせた。
「ま、待ってくれ!!何で陽鳥族がパピヨン星の為に闘うんだ!!?お前らには関係ない筈だろ!!?」
命乞いである。
シアは羽を降ろすことなく、口を開いた。
「君らも言ってたでしょ。陽鳥族は『宇宙の守護天使』……確かにもう滅んだようなものだけど……救えるモノが在るなら、手を伸ばすに決まってる。仲間でさえ簡単に切り捨てる君達には、わからないかもしれないけどね」
そうしてシアは剣を振り下ろした。
肩から腹に掛けて、一太刀。
血飛沫を上げて、クードは意識を手放す。
「さて……通信機破壊して、リーファと合流しようかな」
シア対クード……軍配はシアに上がったのであった。




