希望を諦めない心
「「…………」」
ジムとリーファが睨み合う。
一触即発の空気が漂う中、リーファは突然纒う空気を変えて、「良し」とアゲハの腕を引っ張った。
「後はお前の仕事だ。精々頑張るんだな」
「はい!」
そう言って、アゲハの肩にポンと手を置くと、リーファは一歩退いた。
戸惑うことなく頷くアゲハと違い、ジムは「は?」と唖然とした表情を浮かべる。
「……何の冗談だ?まさか月猫族じゃなく、王太子殿下がこの俺の相手をすると?たった一人で?」
信じられないと言わんばかりのジムに、リーファは「そのまさかだ」と口角を上げる。
「ジムの相手はアゲハがする。良かったな。瞬殺される可能性がなくなって。生きていられる時間が延びたぞ」
「ふっ……はは……ハハハハハッ!!」
突如大笑いを決めるジム。
リーファとアゲハは、そんなジムを冷静に見据えていた。
ジムはアゲハに向かって「残念だったな」と叫ぶ。
「リーファはお前をただの捨て駒としか見ていないぞ!!わかるか?お前一人でこの俺に勝つなど、絶対に不可能だと知りながら、リーファはお前一人を戦場に放り投げた。お前が倒れた後、漁夫の利でも狙ってるんだろう。月猫族なんぞを信用するべきじゃなかったなぁ!!」
高笑いが止まらないらしい。
ジムがギャハハと笑う中、アゲハは静かに剣尖を突き出した。
「……僕は負けませんよ」
アゲハが宣言する。
今までとどこか違う威勢に、ジムはピクリと眉を上下させた。
「ああ、そうか。それなら俺からのメッセージも同じだ。……“精々頑張るんだなぁ”!!!」
咆哮と共に、ジムが大量の虫を産み出した。
何百という数の虫が一斉にアゲハへと襲い掛かっていく。しかしアゲハは避ける素振りすら見せなかった。必要ないのだ。
「悪いな。虫達の相手が私だ」
言いながらアゲハの前に飛び出すと、リーファは両手の平を突き出しジンシューを放った。
あっという間に半数の虫が塵と化す。
ジムは苛立ちを隠すことなく、舌打ちを溢した。
「何のつもりだ?リーファ」
「あ?言っただろ、鳥頭。『アゲハの相手がジム』で『私の相手は虫共』だ……お前が自分で自分を虫ケラ扱いしたいってんなら、共闘を視野に入れてやっても良いぞ?」
リーファがニヤリと悪い笑みを浮かべて見せた。
つまりは虫に頼らず、生身でアゲハと闘えということだろう。最悪の言い方に、ジムは額に青筋を立てた。
一度、荒ぶる感情を落ち着かせるように、ジムが深く息を吐き出す。
「……ああ、そうだな。殿下の次はどうせリーファだ。虫共に削らせておくに越したことはない……お望み通り、全匹出してやろう!!思う存分闘うが良い!!!」
そうして産み出されたのは、何千匹にも成る虫の大群だ。あまりの数に、まるで先の風景が黒いカーテンで覆われてしまったかのように、見通しが悪くなる。
「虫達よ!リーファを血祭りに上げろ!!」
号令と共に、虫の大群が帯状となってリーファへ向かって来る。
微塵も焦ることなく、リーファは不敵な笑顔を見せた。
「そうだ。付いて来いよ、羽虫共!!」
リーファはアゲハ達の邪魔にならないよう、少し離れた場所へと移動するのであった。
* * *
今度こそ、アゲハとジムが一対一で対峙する。
散々邪魔者が入ったが、元々ジム達のお目当ては王太子である。先程までの怒りも鎮火され、ジムは「さあ」と両腕を広げた。
「俺の駒はもう居ない。いくらでも向かって来るが良い」
相変わらずの余裕だ。
身構えることなく告げるジムに、アゲハは遠慮なく斬り掛かって行く。
「ハァアアア!!!」
虫の盾が居ない以上、ジムは自分で攻撃を受けるか避けるかしかない。
ジムはやれやれと首を横に振り、溜め息を吐いた。
「ナメられたものだ……」
それだけ呟くと、ジムは瞬きの間にアゲハの目の前から姿を消した。剣を振りかぶったまま、慌ててアゲハが急停止する。がしかし、右を向けど左を向けど、ジムの姿が見当たらない。
油断をしているつもりはないが、相手を探すことに意識を向けると、どうしても防御がおざなりになってしまうものである。
「ッグアッ!!?」
いきなり真上から地面へと叩き落とされた。
土煙と大地に入った亀裂、それから額から流れる血が、アゲハにジムの攻撃の威力を教えてくれる。身体中ズキズキと痛むが、無傷のまま勝てると思っていない。
立ち上がり、宙に佇むジムを見上げるアゲハ。対してジムも、アゲハのことを見下ろしていた。
「虫にばかり闘わせて、俺自身はそれ程強くないとでも思ったか?花畑を飛ぶしか能のない蝶共を食い散らすくらい、訳ないんだぞ!」
またもやジムの姿が、アゲハの視界から外れる。すぐ後方に殺気……。
「グッ……ァアア!!!」
反応し切れず、アゲハは回し蹴りを喰らって吹き飛ばされた。受け身も碌に取れず、岩場に突っ込むアゲハ。
悠長に歩いて距離を詰めて来るジムを睨み付けながら、アゲハはヨロヨロと構えを取る。その瞳は闘志に満ちていた。
ジムは「良いだろう」と鼻で嗤う。
「生温い地獄は終わりだ。ここからはサインしたくなるまで……貴様に直接絶望を叩き込んでやる!!」
「ッ……絶望なんかするものか……パピヨン星人の誇りは!希望を諦めない心だ!!!」