番外編 希望は何処に
アゲハが地球へと不時着する三日前。
今はまだ平和な時間を送っていたパピヨン星。
星の輝く夜は明るく、城の庭園で仲睦まじく戯れている二人の男女を、優しく照らしていた。
「あはは、ほら!綺麗に咲いてる。頑張って育てた甲斐があったね」
「本当……とっても綺麗ね。明日の門出を祝福してくれているのかも」
アゲハとアグリアスだ。
二人は一つの花壇の前で、赤く色付く花を見て笑顔を浮かべる。
アゲハはアグリアスの告げる『明日』という言葉に反応した。
「『明日』か……今から緊張してしまうな……」
「もう、気持ちはわかるけど戴冠式よ?貴方がこの星の王になる特別な日なんだから、しっかりしなくちゃ。胸を張れば良いの。貴方はきっと立派な王になれるわ」
「アグリ……ありがとう」
フワリと優しく微笑んでいるアグリアスの表情に、アゲハもまた柔らかい笑みを返す。
「「…………」」
二人見つめ合えば、静かに互いの唇を重ねた。
触れ合うだけの軽いキスを終えれば、また二人は笑い合う。
喜びに満ちた幸せな時間……。
しかし幸せな時は瞬く間に崩れ去る。
「!?」
東の空を斬り裂く光の直線に、アゲハが気付いた。
夜ではハッキリと姿を捉えることができなかったが、確かに宇宙船だとわかる。暫くして、宇宙船が向かった先の空がぼんやりと赤く光り始めた。
……宇宙船……?一体何が……。
不思議に思うアゲハだが、自分から確認するよりも先に、庭園の中をモンキが慌てて駆けて来た。
「アゲハ!!アグリちゃん!!」
「「モンキ!?」」
二人は同時に腰を上げた。
モンキは乱れる息も気に留めず、「アゲハ!」といつになく真剣な眼差しでアゲハを見つめる。
「ハァ!ハァ!……お、落ち着いて聞け!」
「大丈夫かい?まずは君が落ち着くべきなんじゃ……」
「帝国軍だ!!」
アゲハの心配の声を遮って、モンキが叫ぶ。
「帝国軍がパピヨン星にやって来た!!ミイロの街が壊滅状態だ!!」
「「ッ!!?」」
アゲハとアグリアスの目が大きく見開かれる。
ミイロの街……王都近くにある都市だ。先程見えた宇宙船の向かった先でもある。
……まさかあの赤い光は……!
事の緊急さを理解したアゲハは、一気に顔付きを変えた。
「モンキ、父上は!?」
「兵を集めておられる。ミイロの街へと出向かれるようだ」
「僕も行く!君も来てくれ!」
「当然だ!」
アゲハとモンキが頷き合う。
アグリアスが「アゲハ……」と不安げな表情を浮かべれば、アゲハはアグリアスの両肩を抱いた。
「ちょっと行ってくるよ。君は絶対に城から出ないように……大丈夫だから、心配しないで」
言うが早いか、アゲハはモンキを連れて城内へと走って行く。その後ろ姿が見えなくなるまで、アグリアスは両手を強く握って見送るのであった。
* * *
城の中は軽いパニック状態であった。
執事やメイドなどの使用人が右へ左へと慌ただしく駆け回っている。
「アゲハ!!」
「!父上!」
名を呼ばれて、アゲハが振り返る。
近衛兵団を従え、王たるアゲハの父が立っていた。
王は剣を握るアゲハの姿に、僅かに眉根を寄せる。
「アゲハ……まさかお前も行くつもりか?」
「はい、勿論です!僕は王子……この星を護る義務があります!」
「……わかった。だが決して無茶だけはしてくれるなよ?モンキ、頼むぞ」
「はい。命に換えても、陛下」
胸に手を当て、モンキは王に頭を下げた。
王は側近の男へと指示を出し始める。
「帝国軍の目的は知らぬが、何よりも民の命を最優先とせよ。急いで星中の民達の避難を開始し、城を避難場所として開放する。我らが帝国軍の気を引いている内に頼んだぞ」
「畏まりました、陛下」
側近が応えたのを確認して、王は兵達へと振り返った。
「行くぞ!我らの星と民を命を懸けて護る盾と成れ!!」
「「「ハッ!!」」」
* * *
ミイロの街への道中。
大軍を前に、アゲハ達王族含めた近衛兵団が歩みを止める。
軍隊が身に纏っているのは、竜を模したエンブレムが目を惹く戦闘服……間違いなくヴァルテン帝国の証だ。
軍隊の最前列に立っているのは、二人の男である。
一方は緑色の艶のある肌と水掻きが付いた手が特徴的な両生人種の男。名をクード。
もう一方は腕に少し硬めの羽が付いており、足が鉤爪となっている鳥人種の男だ。名前をジムと言う。
王達の姿を捉えて、ジムが「ハッ」と高らかに嗤った。
「これはこれは!陛下自らわざわざお越しとは!……これから城へ謁見に向かう途中だったが……都合が良い!!」
言葉遣いとは裏腹に、明らかに友好的とは真逆の声色だ。
近衛兵達は恐怖による緊張感から身体を強張らせる。
しかし王は一切怯むことなく、声を張り上げた。
「帝国軍の者達とお見受けする!我がパピヨン星に何用であるか!?」
王の問い掛けに、帝国軍の連中が下卑た笑みを溢す。
クードが前へと出て来た。
「なぁに、簡単な用事さ……アンタの玉座を貰い受けに来たんだ!」
クードが片手を顔の横まで挙げる。一斉に帝国軍が腕の光線銃を構えた。呼応するかのように、近衛兵達も槍の切っ先を軍隊へと向ける。
「……我が王家よりも星を恵みへと導く者が居るのであれば、直ぐにでも玉座を譲ろう。其方らは王の座を手に入れて、この星をどうするつもりか?」
「決まってるだろ?アンタらが代々受け継ぐ伝説の秘宝……“エルピス”を戴くんだよ!!」
堂々と宣言すれば、クードは懐から一枚の紙を取り出した。
王達に見えるよう前へと突き出せば、王達の顔色が一気に悪くなる。
クードが手にしている紙……それは契約書であった。“エルピス”と同じく代々王家に伝わる大切な書類。言うなれば王権を……秘宝の権利を他の人間に譲渡する為の契約書。
混乱する王達を嘲笑うように、クードは「さあ!」と吠えた。
「商談のお時間だ!この契約書に大人しくサインするか、大切な民を皆殺しにされるか!どちらか好きな方を選んで戴こう!」
「……残念であったな。“エルピス”を生み出す為の超能力は、確かにその契約書でお前達に譲渡することができる。但し、その超能力を使う為には民の力が必要不可欠である!民を殺せば、二度と“エルピス”は生まれない!そして私は貴様らのような愚かで矮小な侵略者に、愛する故郷をくれてやる気は微塵もない!!貴様らがパピヨン星の秘宝を手にする日は永遠に来ないであろう!!」
数秒の沈黙。
一瞬にして、場の気温が氷点下まで下がってしまったのかと錯覚する程、空気が冷えてしまった。
何がおかしいのか、クードが「アハハ」と天を仰いで笑っている。釣られるように、ジムも肩を震わせていた。
そしてピタリと笑いが止む。
同時に王へと向けられた二人の視線は、酷く冷たいモノだった。
「……交渉決裂だ。よっぽど地獄の景色が見たいらしい」
「馬鹿な王だなぁ。帝国軍に逆らうなんて……」
二人がそれぞれ片腕を前へと出す。
合図だ。
レーザーの弾幕が夜空を嫌に明るく染め上げた。
「故郷を護るのだ!!」
「「「ハッ!!」」」
近衛兵達も動き出した。
まず最初に駆けたのはモンキだ。
モンキは両腕を広げると、両手の平から特大の水の塊を生み出す。そこから正に水鉄砲の如く水を噴射させ、無数のレーザーを撃ち落としていった。
その間にアゲハが飛び出す。
剣を大きく振りかぶると、ジムの肩目掛けて勢いよく振り下ろした。
肉を断つ感触ではない。
「!?」
「血気盛んな王子が居たもんだなぁ……中々良い腕だ。ただ……俺に届かせるには、一歩足りなかったみたいだな」
「ッ!!」
アゲハが「クッ」と歯軋りする。
アゲハの剣は、ジムを護るかのように突如現れた羽虫によって受け止められていた。
威力の乗った鉄の塊を受けて尚、擦り傷一つ付いていない。とんでもない強固な身体を持った虫だ。大きさもアゲハの上半身くらいある。
アゲハは一度後方へと跳び、距離を取った。
ジムは更にマントから大量の虫を出して来る。
アゲハは汗が頬を伝うのを気にせず、剣を構え直すと虫の群れへと突っ込んだ。
「はぁ……色々事前に調べて来たってのに、『民を殺せば秘宝は手に入らない』ねぇ……最悪の条件だ。だが王子様、民の総人口なんてずっと一定な訳がない。限界数がある筈だろう?その線までは、いくら死んでも問題ない訳だ。さて、限界値はどれくらいかな?」
その場から一歩も動かず、身構えるでもなく、戦場の只中に居ながら優雅に話し続けるジム。
何百匹と居る虫が手強いからか、ジムの話が図星だからか、アゲハの表情に余裕は無かった。ただ懸命に剣を振るうアゲハ。
しかし一匹仕留めるだけでも相当な体力を削られる。五匹鎮めたところで、アゲハは息を荒げさせていた。
「俺の虫を倒せる人間は中々居ない。パピヨン星人のことを少し舐め過ぎていたようだ」
「ハァ!ハァ!……わかったなら、帰れ!!この星に居ても、お前達の望みは絶対に叶わない!!」
虫達の攻撃を躱しながら、アゲハがジムへと声を張る。
だがジムは嗤って「御冗談を、殿下」と指を鳴らした。
すると更なる数の虫が現れ、帝国軍と闘っている近衛兵達へと襲い掛かって行く。止めたくとも、アゲハには目の前の虫の相手で手一杯だ。
「ッ止めろ!!お前の相手は僕だろ!!」
当然ジムは虫達への指示を取り消したりしない。
アゲハの焦った表情を見て、恍惚の笑みを浮かべるだけだ。
「そう、その表情。絶望を感じている表情……相手に要求を呑ませる時の鉄則だ。どんな人間でも絶望し、希望を諦めた瞬間全ての事がどうでも良くなる。故郷や同種を想うなんて下らない心を失くしてしまえば、お前は自らサインしてくれるだろう。そうなるように、今から俺達が極上の地獄を届けてやるのさ。こんな風に……」
阿鼻叫喚。
近衛兵達の悲鳴が嫌にアゲハの脳内を駆け巡る。
血飛沫が舞い、カバーし切れず漏れ出た光線が星を焼いている。
半刻前の平和で静かな夜はもう何処にもない。
アゲハは奥歯を噛み締めた。
「止めろ!!今すぐ!!民を殺せば、“エルピス”は絶対に手に入らない!!」
「どのみちサインする気がないなら、惑星ごと消滅させる。安心しろ。今殺すのは、この場に居る虫ケラだけだ」
「クッ!!」
虫の猛攻が酷くなる。体力的にも防御一辺倒の闘いへとアゲハは追い込まれていった。
「アゲハ!!」
「モンキ!!」
とそこで、アゲハを庇うようにモンキが二人の間に割って入る。手に持つ槍を振り回し、周りの虫達を薙ぎ倒した。
あちこち怪我を負っているが、どれも深傷ではないようである。
「モンキ、僕のことより兵達を……」
「悪いな、俺が受けた命はお前を護ることだ。兵達を想うなら、コイツらをサッサと始末するしかない!」
「ッ……わかったよ!」
互いに背を預けるアゲハとモンキ。
二人……特にモンキの闘いぶりに、ジムは「ほぅ」と感心めいた声を漏らす。
「パピヨン星人にしては信じられない程強いな。千人は居た筈のこちらの兵が半減している……お前の仕業だな。虫達もかなり減らされた……クード!!もう良い!!サッサと殺れ!!」
「「!!?」」
ジムが虚に向かって突然叫んだ。
その時である。
「ヴッ…………!!?」
鈍い悲鳴が小さく上がった。
王を護衛してた兵達から「陛下!」と悲痛な声が聞こえて来る。
「…………ち、ちうえ……?」
アゲハが振り返った先……クードの長い舌で心臓を貫かれた王の姿が目に入った。
「父上!!!!」
アゲハが思わず駆け出した。
モンキも後へと続くが、当然虫達が邪魔をする。
「父上!!父上!!」
どれだけ呼び掛けても、王が目を覚ますことはない。体温が段々と奪われて行っているのがわかる。
「クード、遅い!!時間を掛け過ぎだ!!」
「そう言うなよ、うるせぇな。乱戦に紛れるには、時間が必要なんだよ」
「兵が傷付くのを見て、愉悦に浸ってただけだろ」
「まあな。どうせいつでも狙えた命だ」
ジムとクードが場に似つかず談笑する中、パピヨン星人側の情勢は最悪だった。
王が殺されたのだ。
皆怒りと絶望で手を震わせるが、敵の戦力そのものはまだ半分も削れていない。幹部二人が無傷のままなのだ。対して近衛兵はほぼ全員が満身創痍。頼みのモンキも少しだけ息が上がっている。このまま虫ばかりで応戦されればいずれ体力が尽き、その隙を突かれるだろう。
敗戦は濃厚だ。
クードが「さて!パピヨン星人諸君!」と両腕を広げた。
「猶予をやる!!必要なのは王子のサイン、それだけだ!!仲良く惑星ごと消滅するか、命だけは助かるか!よく考えることだな!!」
それだけ告げると、帝国軍は引いて行った。
誰も追い掛けることができない。
ただ王の亡骸の前で、膝を地面に付けていた。
* * *
そしてこの二日間。
毎日のように城へと攻めて来るヴァルテン帝国の兵達を、城門前でモンキ率いる生き残った近衛兵達が食い止める日々を過ごしていた。地獄の日々を長引かせる為だろう。最初のように幹部二人が戦場に立つことはなかった。
それでもパピヨン星人達は皆城で避難生活を強いられており、震えながら暮らしている。
正に未来の見えない地獄のような二日間だった。
父である王を亡くしながらも、アゲハはすぐに前線へと復帰した。血と泥に塗れながらも、故郷の為、同種の為と剣を振るう。
例えソレが無駄な抵抗だったとしても……。
「……アゲハ、お前だけでもパピヨン星から逃げるべきなんじゃねぇの?」
二日目の夜、城門の見張りに立ちながら、モンキがアゲハへと問い掛けた。
素っ気ない態度から冗談だと受け取ったのだろう。アゲハは「笑えないよ」とモンキの肩を少し押す。
「僕はこの星の王子だ。民を捨てて、自分だけ助かる訳にはいかない。パピヨン星人の誇りに懸けて、秘宝を帝国軍なんかに渡すこともしない。いざとなったら、誇りも秘宝も……全て僕が墓まで持って行くさ」
「……そうかよ……」
次の日。
帝国軍が三回目の侵攻を開始したタイミングで、モンキとアグリアスは作戦に出た。
王太子だけでも逃す作戦を……。
その策は見事成功し、アゲハは一人宇宙へと逃げ出すことになったのであった――。




