我儘
「ッ!!?…………」
「そんなに死にたいなら、今ここで私が殺してやろうか?」
リーファの発言に、アゲハが言葉を失う。眼前にはリーファの右手の平。依然として首をリーファの左手によって掴まれ、右腕を左足の下敷きとされている為、身動きは取れない。
アゲハが呆気に取られる中、リーファは更に続けた。
「“王子”として、一人だけのうのうと生き延びたくないんだろ?……なら望み通り、今すぐ殺してやるよ」
「ッ…………」
リーファの手の平にジンシューが生成される。まだ状況が理解できていないのか、アゲハは抵抗を見せない。
流石に止めに入るか悩むシアだが、先にリーファが非常に冷めた瞳で溜め息を吐いた。そして掲げていた右手を降ろす。
「抵抗しないってことは、本当に死をご希望か?……甘えるなよ?」
「ッ!?」
背筋が凍るような声音だった。
感情を映さぬ真顔であるにも関わらず、リーファが怒っていると声でわかる。
しかしアゲハには、リーファが何故怒っているのかわからない。
混乱するアゲハに構わず、リーファは続ける。
「『王子として民を見捨てて生き延びることはできない』『王子として最期は故郷と一緒に死ぬ』……ご立派な愛国心だな。くだらない」
「『くだッ……!?」
「お前のソレはただの自己満足だ。力も無い温室育ちのお坊ちゃんの戯言だ」
「な、んだとッ……!!」
段々とアゲハの瞳に怒りが宿る。
煽るようにリーファは「まだわからないか?」と口角を意地悪く上げた。
「お前が死を選ぶっていうことは、お前らの種は完全に絶滅するっていうことだ。本当に理解してるのか?」
「それくらいわかって……」
「なら何故お前は一人逃がされた?」
「ッ!!」
アゲハが思わず押し黙る。
パピヨン星を脱出する前、最後の記憶として残った婚約者の表情が、アゲハの脳裏を過った。
アゲハは唇を強く噛み締める。
「……わかってるさ、そんなの……僕だって……僕だって、アグリを逃したかった!!護りたかった!!婚約者なんだ!!愛しているんだ!!当然だろ!!?アグリの気持ちと同じだよ!!でも結局ッ……僕の方が護られた……逃がされたッ……情けないッ……何が王子だッ……一人生き残ったって、何の意味もないッ……」
アゲハの瞳からボロボロと涙が溢れ落ちる。
その瞬間、乾いた音が森に響いた。
「ッ!…………」
シアが面食らう。
叩いた。リーファがアゲハの頬を平手打ちしたのだ。
月猫族の拳だ。痛みと衝撃でアゲハの涙が止まる。
アゲハが見上げた先のリーファの表情は“無”だった。
「やっぱりお前は何もわかってない。王族失格だ。こんな奴を『王子だ』なんて祭り上げてる連中も同じ……絶滅した方がマシだな」
「ッ!!」
アゲハの目が見開かれた。
……『そんな貴女だから、私達は“希望”を託すことができるの』
アグリアスの言葉が脳内でリピートされる。
血が出るまで拳を固く握り締めた。
アゲハの中のナニカが切れる。
「……何も知らない癖に……僕達がどんな気持ちで闘ってるか知らない癖に!!帝国軍に身を堕とした月猫族が、僕達パピヨン星人を侮辱することは許さない!!!故郷を想って何が悪い!?民を想って何が悪い!?愛する人を想って何が悪いんだ!!?勝てなくたって、無駄死にだって……誇りを失うよりかはマシだ!!何もわかっていないのはお前だろ!!」
「……ああ、わからないね。勝てないと思いながら闘おうとする奴の事情なんて。知りたいとも思わない。月猫族は闘う時、勝つこと以外考えていない。相手がどんな敵でも。その為なら手段は選ばない。……お前はどうだ?」
リーファが問い掛ける。
思いきり心の内を吐き出したアゲハは、未だ息が整わず答えることができない。
リーファは答えを待たなかった。
「最初から敵わないと思ってる。最初から故郷と心中するつもりでいる。お前らの『誇り』ってのは何だ?強敵が現れたら、潔く諦めて絶滅を受け入れることか?……違うだろ。もしそうなら、お前の婚約者はお前を逃したりしない。お前の言っている『誇り』は“種族の誇り”じゃない。王族の……否、お前個人の誇りだ。だから『自己満足だ』って言ってるんだよ。本当にお前の婚約者は、お前のことが好きだからお前を逃したのか?」
「!……あ…………」
リーファの言葉で、アゲハが思い出す。
……『民を護るのが王家の義務なら、種を未来へ繋ぐこともまた王家の義務です。私は正式にはまだ王家の人間ではないですけど……貴方にできない選択を、私が代わりに致しましょう』
確かにアグリアスはそう言っていた。
アゲハにできない選択……民を護ることを第一に考え、逃げることをしないアゲハの代わりに、アグリアスは種族存続の義務を果たした。アゲハを逃すことで、パピヨン星人という種を未来に残したのだ。
そこに恋愛感情が全く無かったことはないだろう。
それでもアグリアスは、王家の人間としてアゲハを逃した。ソレが王族の義務だから……。アゲハを選んだのは、帝国軍の狙いがアゲハだからだろう。
王家の秘宝と種族の存続、どちらのことも護ったのだ。
「…………」
激情の消えた瞳を確認して、リーファはアゲハの上から漸く退く。しかしアゲハは地面に倒れたまま起き上がらない。
両腕で顔を覆い隠したまま、空を仰いでいた。
「わかったか?お前が『無意味だ』と侮辱したモノが何なのか。未来の王妃様は聡明だなぁ。次期国王と違って」
「……――なんでしょうか……」
震える小さな声だ。
「あ?」とリーファが愛想なく聞き返す。
「……我儘なんでしょうか……貴女の言うことが正しいのかもしれません……それでも僕は……故郷も、民も、アグリも……何一つだって失いたくないッ……最期まで護りたいッ!!……あの星は僕の故郷です!!そう思うのは、我儘ですか!?」
「……もう一度聞くぞ。お前らの誇りは何だ?お前個人の誇りじゃない。パピヨン星人としての……種族としての誇りは何だ?」
ピクリとアゲハが反応を示す。
……種族の誇り……。
アゲハは父である国王からの教えを口に出していた。
「……『悪しきを知り、弱きを嘆く。善きを学び、強きを探す。己が希望を貫く者に力は宿らん』……パピヨン星人の誇りは、決して希望を捨てないことです!!どんな時でも諦めず、希望を持ち続けること!ソレがパピヨン星人の誇りです!!」
アゲハが天高く声を上げる。
その答えに、リーファはフッと微笑んだ。
「何だ、随分おあつらえ向きだな」
「え?」
「『希望』なんてモノは、誰かの我儘から始まるモノだろ。我儘で良いんだよ。大体、向上心の無い無欲な奴に“王”が務まる訳がない。……お前の一番の希は何だ?今一番叶えたいことは何だ?」
「『一番』……そんなの……」
アゲハは立ち上がった。
真っ直ぐにリーファを見つめる。
「帝国軍を追い払って、故郷の平和を取り戻すことです!!皆を絶対に!何が何でも護り抜くことです!!」
故郷や民と心中することじゃない。
秘宝だけを、あるいは種の存続だけを護ることじゃない。
全部護って、平和な故郷を取り戻すことこそが、一番の希望だ。
傲慢で強欲だとしても、人間だったら当然の希望だ。
「なら、やることは決まってるだろ。帝国軍をぶっ倒す算段付けて、故郷に帰る!それ以外に何がある?勝ちに帰るんだ。間違っても、大好きな故郷と心中する為に帰るんじゃないぞ!」
「!!で、でも!モンキ……星一番の戦士でも抑えるのがやっとで、幹部二人とまともに闘えすらしなかったのに……ど、どうやって……」
「大丈夫だよ!」
とそこで、ずっと黙って事の成り行きを見守っていたシアが、「もう良いだろ」と言わんばかりに割って入った。
アゲハの両手をギュッと握って、ニコリと笑い掛ける。
「俺達が居る!一緒にパピヨン星に行って、帝国軍を倒そうよ!」
「で、でも、他種族の貴方達にそこまでの迷惑は……」
「言ったでしょ?この地球は『難民の星だ』って。ここに住んでる人達は全員種族バラバラだよ?それでも困ってる者同士、助け合って支え合って生きてるんだ。困ってる時はお互い様ってこと!種族の違いなんて気にしなくて良いんだよ」
再びアゲハの目から涙が溢れる。先程までの悔し涙じゃない。
「良いんですか?」と嗚咽混じりにアゲハが尋ねた。
「本当にパピヨン星の為に、闘ってくれるんですか?帝国軍と敵対することに……」
「元々敵だからさ。それに巡り巡って自分達の為になるよ。宇宙の平和を護ることが、陽鳥族の使命だしね」
「ッ〜〜!!」
溢れてくる涙を何とか留めようと、目元を拭うアゲハ。
嬉しくて嬉しくて堪らない。
そんな空気を一切読まずに、リーファが「おい」とシアに向けて口を開いた。
「何で『俺“達”』なんだよ。私は『行く』なんて言ってないだろ」
「まあまあ、細かいこと気にしない。最終目標であるウニベル討伐の為には、少しでも帝国軍の戦力を削ぐべきでしょ?戦場が地球じゃないんだから、リーファのことがバレる可能性も低くなるし、こんな機会滅多に来ないよ」
シアが告げれば、舌打ちと共にリーファも納得してくれたらしい。
少し涙が収まったアゲハは、二人に向けて勢いよく頭を下げた。
「本当に……ありがとう、ございますッ!!」