アゲハの矜持
「ハァ!!……ッヤァ!!」
「ッ……!!」
地球……シアの家の裏にある森の中にて、リーファとシアが闘いを繰り広げていた。火の玉をシアが飛ばせば、リーファが身体を斜めにして避け、相手の体勢に隙が出た瞬間に一気にジンシューをお見舞いする。
シアも翼を使った持ち前の機動力でジンシューを躱し、風切り刃を手に距離を詰めて行った。
指だけで風切り刃を受け流しながら、リーファの回し蹴りがシアの腹に直撃する。
「グッ!!」
身体が吹き飛ぶが、シアは何とか空中で体勢を立て直し、木の幹を足蹴にすぐさまリーファへと向かって行った。
大きく振りかぶった風切り刃を真横へと振るうシア。
対してリーファはその場から一歩も動かず、右手を前へと翳す。
「「…………」」
数秒沈黙が場を支配した。
リーファの手の平はシアの顔面を捉え、シアの刃はリーファの首に掛かっている。どちらとも、少し手に力を入れるだけで相手の命を奪れるだろう。
暫く無言で睨み合えば、シアがフッと微笑んで風切り刃を降ろした。リーファも続くように両腕を組む。
「はぁーーーー!疲れた〜〜〜〜!!リーファ相手に一本取るには、まだまだ鍛錬が足りないなぁ〜〜」
シアが身体中の緊張を解きながら、その場に座り込んだ。それに対して、リーファは「当然だろ」と鼻を鳴らす。
「いくらお前が陽鳥族とは言え、月猫族の最上位戦士がそう簡単にやられて堪るか」
「?……『最上位戦士』って?」
聞き慣れない単語に、シアが首を傾げる。
リーファは一瞬面倒臭そうにジト目を向けたが、溜め息混じりに口を開いた。
「イタガ星での身分だ。生まれ付きの潜在戦闘能力が高い奴を“上位戦士”……低い奴を“下位戦士”。当然上位戦士の方が偉いし、与えられる仕事も難易度が増す。『最上位戦士』って言うのは、言葉通り『最も潜在能力値が高い奴』に与えられる称号だ。ちゃんとした数値は生まれてすぐ、専用の機械で計られるが……潜在能力が高いか低いかは見た目でわかる」
そう告げるなり、リーファは徐に自身の輝く金髪を一房手に取った。
「金髪ベースの黒メッシュが上位戦士。黒髪ベースの金メッシュが下位戦士の証だ。金髪部分が多い奴程、潜在能力が高くなる。そういう仕組みだ、生まれながらの。理由は知らないがな」
「あぁ、そう言われれば……月猫族って金髪と黒髪が交ざった髪色してるよね。虎みたいにさ。まあ個人によって割合全然違うけど……。へぇ、髪色って強さの指標だったんだ」
「……基本はな。まあ、潜在能力の高さがイコール戦闘能力の高さとは断定できない奴も居たが……」
「でもさ、リーファって……」
その後のシアの言葉が続くことはなかった。
「帝国軍!!!」
「「ッ!?」」
殺気に満ちた咆哮に、リーファとシアが咄嗟に振り向けば、あっという間に二人の間へと一人の青年が割って入る。
淡いブロンドの肩まである髪に、青紫色の瞳。背中には髪と色合わせした、黒で縁取られている蝶の翅が生えている。見るからに上等な服装をしているが、よく見れば服も青年自身も砂埃で汚れていた。
アゲハである。
アゲハは臨戦体勢を取って、リーファへと向かい合っていた。
「え?……だ、誰?」
「割って入ってすみません。ここが何処かは知りませんが、この帝国軍は僕が引き受けます。安心してください」
「えっ、ちょっと……」
シアが何か言う前に、アゲハがリーファに向かって「帝国軍!」と叫んだ。
「僕はアゲハ!お前達の狙っているパピヨン星の王子!アゲハだ!!僕は逃げも隠れもしない!!望みを叶えたいなら、今すぐに僕をパピヨン星に連れて帰れ!!!」
ビシッと指を突き付ければ、アゲハが睨みを効かす。その後ろではシアが状況に付いて行けず、ポカンとした表情を浮かべていた。
当のリーファはと言えば、唖然とした表情が一転。「ああ」と合点がいったように、アゲハを見据えた。
「確かウニベルが、パピヨン星人の王家にのみ伝わる伝説の秘宝とやらを欲しがってたな。作戦が漸く実行された訳か。……それで?何故パピヨン星の王子がこんな離れた惑星に居る?故郷も同種も見捨てて、逃げて来たのか?」
「違う!!バカにするなよ!!お前達に屈するくらいなら死を選ぶ!!お前達のボスが僕の超能力を望んでいるんだろ!?早くパピヨン星に連れて行くんだ!!」
声を荒げるアゲハ。
段々と怒りがヒートアップしてることに気が付き、慌ててシアが「ちょっと待った」とリーファを庇うように両腕を広げる。
「落ち着いて!?君、勘違いしてるよ!この娘は帝国軍じゃないから!!」
「えっ!?」
シアの言葉に、アゲハが目を見開く。一瞬動きを止めるが、しかしすぐにリーファの耳と尻尾へ目を向けた。
「そ、そんな筈ありません!だって虎の耳と尻尾……会ったことはありませんが、間違いなく月猫族の特徴です!月猫族は帝国軍の仲間の筈……!」
「確かに月猫族だけど……帝国軍を裏切ったんだよ!リーファも俺も、ウニベルを倒そうとしてる!俺達は帝国軍の敵だよ!」
「!!?」
漸く落ち着いたらしい。アゲハは構えを解いた。
リーファから「『裏切った』んじゃない!元々敵だ!」と怒声が上がるが、シアは苦笑いでコレを宥める。
まだ少し動揺の残っているアゲハに、シアは柔らかな笑みで手を差し出した。
「改めて初めまして。俺はシア。陽鳥族の生き残りだよ。『アゲハ』って言ったよね?良ければ、俺達に事情を聞かせてくれない?」
「…………」
* * *
「……という訳です。僕は婚約者であるアグリアスに助けられ、この星まで逃げることとなってしまいました……」
半刻近く掛かって、アゲハの話が終わる。
悔しさからか、握られたアゲハの拳から血が滴り落ちていた。
何と返せば良いのかわからず、シアは「そんなことが……」と悲しげに眉根を寄せる。
アゲハは俯けていた顔をハッと上げると、黙って話を聞いていたリーファへと頭を下げた。
「先程はすみませんでした!!僕の早とちりで、勝手に帝国軍だと決め付けてしまって……本当に、何とお詫びして良いか……」
「全くだな。あんな低俗な連中と月猫族を二度と一緒にするな」
「はい!本当にすみませんでした!!」
「まあまあ。月猫族が帝国軍の仲間って、宇宙中の皆がそう思ってるんだから、誤解しちゃうのも無理ないでしょ。実際、ほんの数日前まで、リーファは帝国軍に居たんだからさ」
土下座する勢いのアゲハと、そんなアゲハからそっぽを向くリーファ。シアがアゲハを庇えば、リーファは舌打ちを一つ溢して溜飲を下げた。
「あ、あの……月猫族と陽鳥族が一緒に暮らしてると言うことは、ここは一体……僕の乗って来た宇宙船には座標しか出ていなくて、星の名は……?」
「ああ、ごめん。まだ話してなかったね。ここは地球。元々は誰も住んでいない名も無き無人星だよ。今は帝国軍で故郷を失った人達が身を寄せ合って暮らしてる……言わば難民の星だね。『地球』って言う名前も、最初にこの星に辿り着いた難民の一人が名付けたんだ。だからどの星にも、勿論帝国軍にもこの星の実情はバレていない。隠れ潜むにはとっておきの場所だよ」
「そ、そうですか……難民の…………」
アゲハは困ったように、視線を地面へと落とす。シアが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」とシアが尋ねる。
アゲハは力なく笑って答えた。
「実は、着陸時に何かトラブルがあったのか……僕の宇宙船が壊れてしまっていて……もう宇宙に飛び出さないようになってしまっているんです。直したくても、メインのコンピュータがやられている以上、専門家でもない僕には直せそうもありません。ここが難民の星なら、直せる工場も人材も……」
「あ、それなら……」
シアが告げるより先に、リーファが「おい」とアゲハに話し掛ける。
アゲハがリーファへと視線を向ければ、リーファは何を考えているかわからない真顔でアゲハを睨んだ。
「宇宙船を直してどうするつもりだ?さっき私に『自分をパピヨン星に連れて行け』とか言っていたが……もしかして帰るつもりか?」
リーファの問いに、アゲハは「当然です」と即答する。
「まだ皆闘ってるんです!王子として、星を!民を!見捨てて生き延びるなんてできません!!」
「行ってどうする?無駄死にだろ。要らない死体を増やすだけだ。それとも、王家に伝わる秘宝とやらをくれて、命乞いでもする気か?」
「言ったでしょう。帝国軍に屈するくらいなら死を選びます。秘宝も故郷も渡さない!例え民を護ることができなくても……せめて故郷と一緒に!皆と一緒に死ぬことはできます!!秘宝を護り、星と共に死ぬのが王子たる僕の義務です!!!」
「ッ!」
リーファの表情が変わる。
煩わしそうに表情を顰めれば、瞬きする間もなく、アゲハの懐へ入った。
「グアッ!」
「リーファ!!?」
小さな悲鳴が上がる。
アゲハの首を片手で掴み、あっという間に地面へと押し倒したリーファは、首を押さえたままアゲハの上に跨った。
アゲハを見下ろすリーファの瞳は酷く冷たい。
「ちょっと、リーファ!いきなり何して……!?」
駆け寄ろうとするシアを、リーファが見向きもせず、空いてる方の手で制止する。「黙って見てろ」ということだ。
仕方なくシアは黙認した。
突然のリーファの攻撃に、放心したまま抵抗しないアゲハ。
リーファはニヤリと口角を上げた。
「そんなに死にたいなら、今ここで私が殺してやろうか?」
「ッ!!?…………」