番外編 仲間
十三年前。
広大な宇宙の西方域。大気に覆われ、白く輝く惑星があった。
まだ在りし日のイタガ星である。
イタガ星の民である月猫族は、皆生まれながらにして闘う術を持っている戦士の一族だ。『強い奴こそ偉く気高い』という精神と、ヴァルテン帝国の戦力の六割を担っているという生業も相まって、星の半分が戦士達の訓練場となっている。
ソレに適するかの如く、イタガ星は深い森林や断崖絶壁の続く岩場など厳しい自然環境が広がっていた。
そんな訓練場の中でも、最上位戦士しか使うことのできない最も危険で広大なフィールドに、司令官の男が一人の少女を連れてやって来た。
「……と言う訳で、本日よりお前達のチームに配属されることになったリーファ姫だ。一応言っておくが、無礼のないようにな」
そう言って男は恭しく腰を折り、まだ齢たった三歳のリーファへと道を譲る。
リーファはクリクリと大きな瞳で、自分より遥かに体躯の良い、五人の男達を見上げた。
無精髭の男に、好青年風の男。縦にも横にもデカい男に、女のような美形の男。容姿は皆バラバラの中で、それでも四人に共通しているのは髪色である。
それぞれ金色ベースに所々黒のメッシュが入った髪色をしていた。
そんな中、黒一色……漆黒の髪を持った男が唯一人。
目付きの悪さを引き立たせている吊り目は琥珀色で、黒髪は癖っ毛らしくあちこちに跳ねている。一部分だけ伸びた後ろ髪を白のリボンで雑に結んでおり、黒髪の中でやけにリボンだけが目立っていた。左頬から首にかけて大きな傷跡があるが、だからと言って弱々しさは微塵も感じない。
この男の名は宇俊。最下位戦士の出でありながら、現月猫族最強の称号を持つ戦士であった。
ユージュンは目の前のリーファを睨み付けると、思いきり顔を顰める。
「……邪魔だ。んなガキ、俺のチームに入れんじゃねぇ。とっとと連れて帰れ」
「なっ!おま、ユージュン!無礼のないよう言ったばかりだぞ!!」
しっしっと片手を振るユージュンに、司令官の男が青筋を立てる。しかしユージュンに言葉を撤回する気はないらしく、知らん顔だ。
続いて無精髭の男も「そういうことだ」と豪快に嗤う。
「いくら、王族に選ばれる天才少女でも、ガキは邪魔だ。俺達の足を引っ張る前にママのオッパイでも飲んでな」
「否、三歳はミルク飲まないだろ」
「ツッコむ所、ソコかよ。つか、本当に金髪一色だけじゃん。ガキじゃなかったら、チームに入れても良いんだけどなぁ」
「どっちにしろ、女でガキだ。俺らにゃ、付いて行けねぇよ。別のチームの所へ行きな」
他四人もリーファのことは眼中にないらしい。
全く言う事を聞く気がない五人に、司令官の男は更にキレた。
「お前らなぁ!信じられねぇかもしれねぇが、既に王女は大人の上位戦士に匹敵する程の戦闘力を身に付けているんだぞ!?そもそも、俺だって命令で動いてんだから、良いから黙って王女を受け取れ!」
若干男の方もリーファに対して失礼な物言いになるが、それを気にする奴はここには居ない。
ただただ、男の発した言葉に一瞬キョトンと目を丸くし……そして大笑いするだけだ。
「ガハハ!!そんなチビが!?俺達に匹敵するって!?」
「おいおい、戦闘能力と潜在能力の数値、間違えて見てねぇか?」
「いくら潜在能力が高くっても、それは有り得ないでしょ」
「つか、こーんな小っせぇガキに追い付かれたんじゃ、最上位戦士チームの名が泣くぜ」
相手にもしない四人。
いよいよ司令官の方も我慢の限界という所で、「黙れ」とユージュンが声を張った。
ピタリと笑い声が止む。
「相手の力量も量れねぇバカ共は黙ってろ。俺はこのガキが弱くて役に立たねぇと思ってるから、『邪魔だ』つってる訳じゃねぇんだよ」
言いながら、ユージュンは真っ直ぐとリーファを見下ろす。その目は、リーファの力を確実に見抜いている瞳だった。
太った男が「ゆ、ユージュン?」とユージュンの様子を伺う。
構わずユージュンは続けた。
「俺はな……ガキが大嫌いなんだよ!わかったら、さっさと帰れ!オヒメサマ」
そう言って、ユージュンはリーファに背を向けた。
五秒程間が空いて、四人の男達はそれぞれ肩を竦め合う。自分達のリーダーの自分勝手さに呆れているのだ。
しかしチームに置いて、リーダーの命令は絶対である。
話は終わったと言わんばかりに、四人の男達もユージュン同様踵を返した。
「結局、私情かよ」
「自分勝手な男だよなぁ」
「……何か言ったか?」
「「ナニモイッテマセン」」
既に平常運転で自分達の日常に戻ろうとする五人。
リーファはその後ろ姿を黙って見つめて、静かに片腕を前に突き出した。手の平の照準はユージュンの頭。
光の玉を生成したリーファは、躊躇なくユージュン目掛けて光の玉を撃った。
「「「「ッ!!?」」」」
凄まじい勢いで横を通り過ぎて行った光の玉に、手前四人が目を見開く。
あまりにも唐突なことで、全く攻撃に気付かなかった。
四人が声も出せず驚く中、真っ直ぐユージュンの後頭部に向かって飛んで行く光の玉。ユージュンはまだ気付いていないのか、振り返らない。
否、気付いてない訳ではなかった。
「……」
光の玉が当たる直前に身体を振り向けたユージュンは、焦ることなく無言で光の玉を弾き飛ばす。眉一つ動かすことなく、それも片手だ。
リーファは感情の見えない真顔から、初めて子供らしい、感心したような惚けた表情を浮かべた。対照的に、ユージュンは先程のクールさは何処へやら。ビキッと額に青筋を立て、般若も泣き出す表情を齢三歳の少女へ向ける。
「……良い度胸じゃねぇか……よっぽど俺に殺されてぇみてぇだなぁ、ガキ」
「…………」
ワナワナと拳を震わせるユージュン。そんなユージュンを前にしても怯えることなく、リーファは無言で相手を見据えていた。
その態度が更にユージュンの怒りに油を注ぐ。
「ぁあ!?何とか言ったらどうだ!?クソガキ!!」
今にも殴り掛かりそうな勢いで凄むユージュンだが、司令官の男が「おい」と制止をかけた。
「ムキになるな。王女は元々無口なんだ。喋ってるとこなんて、殆どの奴が見たことねぇよ。んなことより、大人しく王女をチームに入れろ。これは国王命令……ッ!!」
男が喋っている途中で、待つのが面倒になったのか、再び手の平に光の玉を生成するリーファ。
『無口』と言うだけあって、一言も発することなく真顔で淡々と光の玉を撃ってくる様は、とてもじゃないが子供には思えない。
リーファの放つ光の玉を全て軽々と片手で弾き飛ばしたユージュンは、先程までの憤怒の表情から一転。ニヤリと愉しげに口角を上げる。
「なるほど、『無口』か……確かに月猫族なら、口で話すよりも……殴り合いの方が性に合ってるなぁ」
言いながら、ユージュンはボキボキと拳を鳴らす。
それを見て、四人の男達が「ゲッ」と顔を顰めた。
「お、おい、ユージュン!相手は一応王女様なんだぞ!?もし万が一でも殺したら、国王から仕事干されるかもしれないだろ!!」
好青年風の男が慌てて告げるが、ユージュンの耳には届いていないようだ。
フワリと宙に浮かぶユージュン。それに合わせるように、リーファも空を飛んだ。
「来いよ、オヒメサマ。天才だかエリートだか知らねぇが、上には上が居ることを教えてやる」
「…………」
これがリーファとユージュンの、初の手合わせとなったのであった。
* * *
「いやぁ、チビの癖にやるじゃねぇか!!あのユージュンとここまで渡り合える奴なんか他に居ねぇぞ!?」
「そうそう!髪の色はやっぱ伊達じゃねぇんだなぁ!」
髭面の男と女顔の男が両脇から親しげにリーファの肩を抱く。それに対して怒るでも振り払うでもなく、リーファはムスッと頬を膨らませて、ただユージュンを睨み付けているだけだ。
ユージュンもユージュンで、「ケッ」と不機嫌そうにソッポを向いている。
二人の様子に、好青年風の男が「おいおい」と苦笑いで口を開く。
「二人揃って、何そんな不貞腐れてんだ?さっきまで満足そうに闘ってただろ?つか、ユージュンは勝った奴の表情じゃねぇし……」
「どうせ闘いは楽しかったけど、案外相手が手強くて、楽勝できると思ってた自尊心が砕けて剥れてんだろ?特に王女は人生初の敗北らしいしな」
太った男がニヤニヤと揶揄うように答えれば、女顔の男が「マジで!?」と身を乗り出す。
「人生初の敗北がユージュンって、贅沢なような哀れなような……」
「今でこそ、ユージュンは月猫族最強で通ってるけど、昔は黒髪単色の最下位戦士に負けるなんて、恥以外の何物でもなかったもんな」
「しかも、ユージュンは負けた奴の心に、平気でズバズバと心無い一言二言三言を……」
うんうんと四人が頷き合い、ジトッとユージュンを見つめる。視線に気付いたユージュンは、ただでさえ目付きの悪い吊り目を更に吊り上がらせた。
「何か言ったか?」
「「「「イイエナニモ」」」」
四人の声が揃う。
漫才のようにも見える五人の掛け合いだが、リーファの機嫌は直らない。ボロボロになった髪や服、傷だらけの身体も放ったらかしで、納得いかないと言わんばかりの視線をユージュンにひたすら投げていた。
良い試合だろうと、年の差がどれ程離れていようと、悔しいものは悔しいのだ。今まで負け知らずなら尚更。
だが、いつまでも剥れているリーファと違い、ユージュンは立派な大人だ。さっさと感情を切り替えると、「おい」とぶっきらぼうにリーファに話しかけた。
リーファがジロリとユージュンを睨め上げる。
「ムカつくが、実力は想像以上だ。国王の命令でもあるしな。ガキは嫌いだが、お前を俺のチームに入れてやる。精々死なねぇように頑張るんだな、クソガキ」
「…………」
ユージュンの偉そうな口調に、更にリーファの表情が歪む。しかし、ユージュンに気にした様子はなかった。言うことは言ったと、とっとと戦闘訓練に戻っていく。
その後ろ姿を見送りながら、四人の男達は「よっしゃー」と飛び跳ねて喜んだ。
「おっかねぇ鬼リーダーから許しが出たぞ!!良くやった、お姫様!!」
「いやぁ、ユーリンちゃんがチーム抜けてから、むさ苦しかったの何のって!」
「やっぱ、強くて美人の女ってのは最高だよな!!歓迎するぜ、王女さん!」
「おいおい、まだ王女は子供だぞ?」
初対面の冷対応は何処へやら。
早速新たなチームメンバーを囲う四人に、少しばかりリーファは面食らった。
ポカンと口を開けるリーファに、シシシと女顔の男が歯を見せて笑う。
「おっ、その表情は子供らしいじゃん!改めて自己紹介。俺は芳!俺の顔が可愛いからって、惚れんなよ?で、こっちの髭面が子轩。太ってんのが憂炎。女に刺されそうな顔してんのが静な」
パッパッパッと、人差し指の向きを人名に合わせて変えながら、ファンと名乗った男が適当にメンバーを紹介する。
「『惚れんなよ』って、三歳相手に何言ってんだ?ファン」
「つか、『女に刺されそうな顔』って何だよ」
ズーシェンが呆れた様子で告げれば、続けてジンが苦情を漏らす。ファンは謝罪するでもなく、ヘラヘラ笑って「だってお前」とジンに人差し指を向けた。
「泣かした女は数知れずって顔してんじゃん」
「否どんな顔だよ、ソレ。別に常日頃から女と遊び歩いてる訳じゃねぇからな?偶にだよ、偶に!」
「おい!生まれてこの方、一度もモテたことない俺への当て付けか、ジンこのヤロー!」
ジンが訂正すれば、逆にユーエンから半ば本気の眼差しで怒声が飛んで来る。ジンが「違ぇよ、落ち着け」と苦笑いで応える隣で、ファンがケラケラと笑っていた。
「それで言うなら、俺も女遊びはしたことあっても、モテたことはねぇな!」
「こちとら“遊び”すらねぇんだよ!!ズーシェン、テメェも舐めてんのか!?」
「アッハハハハ!!」
「ファン、笑い過ぎだ」
半分涙目になりながらズーシェンの胸ぐらを掴むユーエンを、ファンが思いきり笑い飛ばす。そんなファンをジンが嗜めていた。
「…………」
目の前で繰り広げられるバカ騒ぎをリーファはただただ呆然と眺める。
とてもじゃないが、目の前の四人がイタガ星トップの戦闘員チームだとは思えない。
「テメェら!!いつまで遊んでやがんだ!!?いい加減、訓練に戻りやがれ!!」
とそこで、遠くからユージュンの怒鳴り声が飛んで来た。
「おうおう、鬼のお出ましだ」
「カミナリ落とされる前に、訓練戻るか〜」
ユージュンのたった一声で、先程まで騒いでいた四人の雰囲気がガラリと変わる。程良く張り詰めた空気は、これからの訓練の厳しさを物語っていた。
ユージュンの居る岩場までそそくさと向かうメンバー達。ふと思い出したかのように、四人はリーファへと振り返った。
「ほら、行くぞ。これから同じ仲間だろ?一緒に地獄の訓練だ」
ジンがリーファに声を掛ける。他のメンバーもリーファが来るまで、待ってくれているようだ。
「…………」
仲間意識の薄い月猫族が棲むイタガ星では有り得ない程、四人の眼差しは暖かい。
リーファは少し胸の辺りがくすぐったくなるような不思議な感覚を味わいながら、フワリと宙に浮く。
「……」
リーファが四人の所まで飛んで行けば、ファンが「良しッ」とリーファの肩を抱いた。
……『同じ仲間』……。
無表情ながらも、無意識の内にリーファの瞳が小さく細められる。
これはまだ昔。幼いリーファがユージュン達の仲間となった日の記憶である――。




