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同居生活 

「……はい、ここが俺の家」


 無事、ヴァルテン帝国に追われる脅威から逃れた後、リーファはシアの家へと招かれていた。

 町から離れた森の麓にポツンと建てられており、その周りはボロボロになった分厚い木の柱が幾つも地面に突き刺さっている。


「…………」


 柱へと目を向けながら、リーファは促されるままシアの家へと足を踏み入れた。


「ようこそ……って言っても、もてなす物は何もないんだけどね?」


 恥ずかしそうに、シアが後頭部へと片腕を回す。

 シアの家は非常にシンプルかつ狭かった。玄関を上がってすぐに迎えてくれるのは、リビング兼キッチン。その左隣……簾の掛かった先の部屋は寝室らしく、右隣は廊下へと繋がる扉がある。扉の先はお風呂とトイレだとシアから説明が入った。家具はテーブルとソファなど、最低限の物があるだけだ。


「好きなように使ってくれて良いから。今日からは君の家でもあるんだし、ね?」


 キョロキョロと部屋を見回すリーファに、シアがニコリと笑い掛ける。

 リーファを地球で匿うにあたって、町の人達から出された条件の一つだ。『できる限り、リーファと町の人達を接触させない』……その為には、リーファの住む場所をシアが提供するしかない。当然家一軒を一瞬で建築できる筈もないので、今日からリーファとシアは同居生活をすることになったのである。

 とは言っても、元々一人用に建てた家。


「……あんたの寝室以外に部屋が見当たらないが……まさか相部屋か?」

「まあ部屋は無いね……でも安心して!俺はリビングのソファで寝るから!気にせず、俺のベッド使って!シーツも枕もちゃんと今から洗って来るから!」

「…………」


 当たり前だが、二人広々と眠れるスペースは無いようだ。

 薄々リーファも予想していたのか、ジト目でシアを睨むと「はぁ……」と溜め息を吐く。


「あんたの家だろ。あんたが使え。どうせ私は寝ない」

「えっ?『寝ない』って……どういうこと?」


 シアが首を傾げる。リーファは「言葉通りだ」とそっぽを向いた。

 ふと、シアがあることに気付く。


「!……ちょっとごめん」

「!?」


 一言断りを入れると、シアが突然リーファの頬を両手で包み込んで、グイッと顔を持ち上げた。一瞬驚くリーファだが、特に抵抗することなく、ジッと見つめて来るシアの視線を受け入れる。

 シアの親指がリーファの目元をソッとなぞったところで、シアは「君さぁ」と口を開いた。


「ずっとまともに眠れてないでしょ?」

「!……だったら何だ?」


 反論すらしないらしい。

 淡々と応えるリーファに、シアはムッと表情かおを顰めた。


「開き直ることじゃないでしょ……不眠症?」

「別に……ちょっとくらい眠らなくても、身体に支障はない。そんな柔な種族じゃないからな」

「確かにそんな状態で今まで闘えて、致死量じゃないとは言え、毒を喰らっても生きてるなら十分丈夫だと思うけど……流石にやせ我慢し過ぎ!陽鳥族おれの目は誤魔化せないからね!?ちょっとの睡眠不足なんてレベルじゃない!いつ倒れてもおかしくないよ!」


 シアは眉を吊り上げると、リーファの両手をガシッと掴んだ。


「お風呂入るよ!!」

「…………は?」


 いきなり脱線した話に、リーファが思わず聞き返す。構わずシアは続けた。


「お風呂入って、ご飯たくさん食べて、それからふかふかのベッドでたっぷり寝る!!そんな身体じゃ、ウニベルに勝てないよ!一流の戦士なら健康管理もしっかりしなくちゃ!」


 怒涛の勢いで説教すれば、シアは引き摺るようにしてリーファをバスルームへと連行した。

 鍵の場所と服置き場を指示すれば、「着替え用意しておくから、しっかりあったまること!」と人差し指をビシッと立て、力強く言い付ける。すぐさま脱衣所から出て行ったシアの背中を、リーファはポカンと脳内処理が追い付いていない様子で見送った。


「…………変な奴…………」


 呟きながら、リーファは仕方なく襟のボタンを外したのであった。



 *       *       *



「……おい、私のリボン何処にやった!?」

「えっ!もう出たの!?……ッ!!」


 夕飯を作っていたシアの背後から、突然リーファの声が降って来て、シアがビクリと肩を震わせる。驚いて振り返れば、視界に入ったリーファの姿に一気に頬を赤らめた。


「ちょ、ちょっ……待って、何で下穿いてないの!?」


 焦って背を向けるシアに、リーファは「はぁ?」と眉根を寄せる。


「ずれ落ちて来るからに決まってるだろ。後、尻尾穴が無いから気持ち悪い」


 当然だろと言わんばかりのリーファに、シアも「あ、そっか」と納得する。かと言って、いくら何でも下着すら持ち合わせていない少女を、トップス一枚だけにしておく訳にもいかない。


「そんなことより、リボン!脱いだ服の上に置いてあっただろ!」

「わかった!わかったから、ちょっとだけ待ってて!リボンも君の服と一緒に今洗って干してるよ!俺がすぐに乾かして来るから!」


 言うが早いか、できる限りリーファの姿を見ないようにしながら、シアは鍋の火を止めて脱兎の如く外へと飛び出した。

 一人取り残されたリーファは不思議そうにしながらも、ふと気になった鍋の中身へと視線が釘付けになる。


 ……シチューか?


 沢山の野菜がゴロゴロと入ったソレを、リーファはゴクリと見つめた。

 今思えば、朝から殆ど何も食べていない。

 お玉に手を伸ばして、火傷しないよう「フーフー」と息を吹き掛ける。舌先で熱さを確認しながら、リーファはパクリと一口シチューを食べ……そして瞳をキランと輝かせた。尻尾がピンと伸び、耳がピコピコと跳ねる。


「…………」


 無言のままシチューを見下ろすリーファ。再びお玉で中身を掬うのであった。



 *       *       * 



「お待たせ、リーファ……って、何してるの!?」


 十分後。宣言通り、リーファが元々着ていた服を綺麗に洗って持って帰って来たシアが、お玉でシチューを頬張っているリーファの姿に目を見開く。

 慌てて駆け寄れば、既に鍋の中身は空っぽになっていた。


「……全部食べちゃったの?まだ仕上げ残ってたのに……」


 シアが呆れ半分尋ねれば、リーファは侘びれもなく「なぁ、肉ないの?」と逆に聞き返す。

 それにはシアも「えっ」と驚いた。


「鍋一杯食べて、まだお腹空いてるの!?」

「??スープだけで満足する訳ないだろ?メインは?」

「えっ?」

「あ?」

「「…………」」


 互いに互いのズレに気付いたのだろう。

 先にリーファが「まさか」と訝しむ眼差しを向ける。


「お前らの種族……確か雀がモデルだったよな?食べる量も雀レベルなのか?」

「否否、流石にソレはないけど……もしかして月猫族の食べる量って、虎と同じくらいだったりする?」


 シアが恐る恐る確かめれば、リーファは「そんな訳ないだろ」とすぐさま否定した。シアがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間……。


「虎より食べるに決まってるだろ」


 堂々とリーファが告げた。


「そっか、良かっ…………エェエエエ!!ソレ本当!!?」


 思わず大声を上げるシア。堪らずリーファが両耳を手で押さえる。


「そんな驚くことかよ」

「否驚くでしょ!虎より食べるって、かなりの量だよ!?否まぁ、月猫族の体力考えたら妥当なのかもしれないけど……困ったなぁ」

「何が?」


 眉を下げるシアに、リーファが聞き返す。

 シアは苦笑いを浮かべて、「えっとね」と答え始めた。


「この星、自然は豊かだから食料は結構あるけど……元無人星なだけあって、加工技術も保存技術もまだまだだから……そんな蓄えがある訳じゃないんだよね……君が満足できる量、今すぐは用意できないんだけど……」


 当然の話である。

 理解したらしいリーファは「別に」と、お玉を空の鍋に放り込んだ。


「水さえあれば、一ヶ月は何も食べなくても問題ないし、ご飯の量はあんたに任せる。別に用意してくれなくたって、自分で勝手に狩れば良いだけだしな」

「そっか、ありがとう。……まあ、俺の分無くなったし、オムレツだけ作ろうかな。今日はオムレツ一皿分とパン二個で我慢して貰っても良い?」


「別に良い」とリーファが了承すれば、シアは「ありがとう」と手に持っていたリーファの服を差し出した。


「じゃあ作ってる間に、着替えて来て。できたら声掛けるから、好きにしてて良いよ」

「ん」


 短く返事しながら、リーファが服を受け取る。一番最初にリボンの存在を確認すれば、安心からリーファの目元が和らいだ。


 ……よっぽど大事なモノだったんだ……。


 リーファの表情に、シアが心の中だけで呟く。お詫びの気持ちも込めて、シアは少し多めに卵を割った。



 *       *       *



 その日の夜。

 オムレツとパンを食べ終え、青痣だらけのリーファの身体を治療し、何故か二人はシアのベッドに並んで寝転がっていた。


「……何で一緒に寝る羽目になってるんだよ……」


 シアから顔を背けるように横を向いているリーファが、ボソリと呟く。

 シアは「まあ、そうだよね」とリーファの意見に同感しながらも、自身の片羽をリーファの身体へと掛けた。その名の通り簡易羽毛布団である。

 意図がわからず、リーファはシアの方へと身体を振り向けた。

 翼があるからか、シアはうつ伏せ状態で寝ており、顔だけリーファへと向けている。

 互いに目が合うと、シアはニコリと微笑んだ。


「熟睡できないなら、あったかくした方が良いかなって。ほら、人肌って丁度良いぬくさじゃん。後陽鳥族の羽には癒しの効果があるから。痛みは和らぐし、ちょっとずつだけど傷が癒えていく。一石二鳥でしょ?」

「……ただ互いにメリットがあるから、協力関係にあるだけだろ……お前がそこまでする意味がわからない」


 出会った当初程険しくないが、それでも信頼はされていない眼差しに、シアは苦笑いを浮かべた。手を伸ばして、リーファの頬をソッと撫でる。


「……助けたいだけだよ。月猫族リーファのことを、ね。ずっと昔、そう誓ったから。まあ()()()()()()()()()()()()()()()し、自分勝手なエゴなんだけどさ。でも否定されなかったし、()()()()()()から……助けたいんだよね」

「意味がわからん」

「ははっ、だよね」


 歯に衣着せぬリーファの言い方に、シアは苦笑を漏らした。「まあ、つまり」と、シアがリーファの手を握る。


「お節介なだけだよ」


「気にしないで」とシアがはにかめば、リーファも「ふーん」とそれ以上深く聞くことはしなかった。


「物好きな奴……」


 それだけ吐き捨てると、リーファは瞼を降ろす。「おやすみ、リーファ」とシアの挨拶に返事することなく、リーファの意識は次第に夢の中へと落ちていくのであった。

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