60 とある後日談
「キョウコ、1週間後に叔母上が来るよ」
『アシーナさんが来るの!?』
「キョウコは、本当に叔母上の事が好きなんだな」
『勿論です!!』
ソファーに座っているレインさんの膝の上に、白狼の姿で顔を乗せて寛いでいると、レインさんから嬉しい知らせを聞かされた。
私がアシーナさんが大好きなのは当たり前の事だ。私がこの世界に落ちて来た時に助けてもらって、それからも正体不明な私を護ってくれた大恩人であり、私の母親のようなお姉さんのような存在。私がレインさんと結婚してからは忙しくて、なかなか会いに行く事もできず、会うのは半年ぶりになる。
「毎年この時期に、1週間程アリスタ邸に滞在するんだ」
『そうなんですね』
ー私がこの世界に来てからもそうだったっけ?ー
コテン─と首を傾げて考える。確かに、浄化の旅や色んな事があって東の森と王都を行き来したりしていたけど、アリスタ邸でゆっくりしているアシーナさんの記憶はない。
「ここ数年はバタバタしてたから、ゆっくり滞在するのは久し振りなんだけど、叔父上─叔母上の夫君の命日なんだ」
『あ………』
魔獣討伐の遠征で帰らぬ人となった、アシーナさんの旦那さん。アシーナさんは美人で東の森の魔女で、この国の筆頭公爵家のアリスタ公爵の妹でもあって、再婚の話が度々上がっていたそうだけど、それら全てを断り、今でも独り身を貫いている。
「2人は幼い頃からの婚約で、結婚してからもとても仲が良くてね。魔力の相性に苦労していた俺としては、とても羨ましい2人だったんだ」
『レインさん………』
あまりにも持っている魔力が強過ぎて、その相性に苦労していたレインさん。倒れる迄誰も気付かなくて、それをアシーナさんもずっと気掛かりだったと言っていた。
「まぁ、それも過去の話で、俺も可愛いキョウコと出会って、更には相性も抜群だったから、今は幸せだけどね」
『レインさん……』
ポンッと人間の姿に戻って「私も、レインさんと出会えて結婚できて幸せです!」と気持ちを素直に伝えると「キョウコの姿でそんな可愛い事を言われると我慢できないし、夫婦だから遠慮は要らないよね?」と、微笑まれた後、問答無用で寝室へと運ばれた。
******
王都にあるアリスタ邸と、東の森にあるアシーナさんの家は魔法陣で繋がってはいるけど、緊急時以外では使用する事はあまりなく、今回も馬車で来るとの事だった。そして、ついに、今日、アシーナさんがアリスタ邸に到着すると言う報せを聞いた私は、白狼になってアリスタ邸を抜け出して、アシーナさんがやって来るのを待ち構える事にした。白狼と言っても、見た目犬っころだから、道を歩いていても驚かれたりする事は殆ど無い。稀に気付く人は居ても、神の遣い手とされる生き物だから、無闇に手を出して来る事は無い。一度、密猟者に捕まりそうになった事もあったけど、その後その密猟一団が壊滅。そんな事もあって、白狼の姿で歩いていても、今では平和な日々を送っている。
“白い犬に手を出せば、アリスタ公爵家と東の森の魔女が動く”と言われている事を、杏子本人だけが知らない──と言うのは、周知の事実である。
******
「あれ?お前は確か……アシーナさんの所の犬では?」
『?』
アシーナさんを待っていると、後ろから声を掛けられ振り向くと、金髪で青い瞳をした貴族らしき年輩の男性が居た。私を見つめるその目は、なんとなく冷たいものがある。
ーどこかで会った見覚えが……ー
何処だっただろう?と、首を傾げて考える。
「お前がここに居ると言う事は、アシーナさんも王都に来ているのか?」
キョロキョロと忙しなく辺りに視線を向ける男性。さっきとは違い、目には優しい色が宿っている。
ー思い出した!ー
“デルバート様”だ!
アシーナさんと東の森の近くの街に出掛けた時に、一度だけ会った事がある人だ。詳しくは聞いてないし、あれ以降は会う事もなく忘れていたけど、男爵でアシーナさんに求婚した人。勿論、アシーナさんはその求婚を断ったけど、それ以降も何かと声を掛けて来ると、少し困った顔をして笑っていた。
今の様子からしても、未だにアシーナさんを諦めてはいなさそうだ。
「アシーナさんは、こんな犬のどこが良いんだか。何故、私の想いを受け入れてくれないんだ?私はそこそこの金持ちだし、顔も良いんだが………」
ーその自惚れが気持ち悪いのでは?ー
どうして、イケメンは自意識過剰になるのか?
どうして、自分よがりな思考になるのか?
それは、自分がイケメンで、相手を思い通りにできると思っているからだ(勿論、イケメン全員がそうじゃない)。
ーレインさんも違うけどね!ー
そんなデルバート様を、アシーナさんが選ぶわけがない。それに、アシーナさんは今でもずっと亡くなった旦那さんを愛しているのだから。私は、デルバート様を一瞥した後、アシーナさんがやって来るだろう方向へと歩き出した。
『──きゅぅっ!?』
「何処へ行くんだ?」
歩き出したところで、首根っこを掴み上げられて、思わず声が出た。久し振りの、お腹を相手に曝け出すプラーンとした状態だ。アリスタ邸で過ごすようになり、私が水の精霊の愛し子と分かって以降、この状態になる事は滅多に無かった。これまた久し振りに後ろ足をバタつかせて“嫌”である事を意思表示する。
「そんなに暴れても怖くないからな。本当に、お前のどこが良いんだ?犬よりも私の方が、色々と役に立つと言うのに。魔女と言えど、女1人では大変だろうし、寂しい時もあるだろうし……」
ークズ以下だ!ゲスだ!ゲスが居る!ー
「あぁ、お前を始末すれば、寂しくなったアシーナさんを色んな意味で抱き込めるかもしれないな?」
『…………』
ドーンッ─────
ザァ────
「なっ……何だ!?」
ーはい、ご愁傷様ですー
デルバート様が私に殺意を抱いた瞬間、落雷と共に雨が降り出した。そのせいで、落雷のあった木は倒れ、デルバート様は雨にうたれてずぶ濡れ状態。勿論、私は…………全く濡れていない。何故なら、これが普通の雨ではないから。雨が降っているのも、この辺りだけだ。
『私の愛しい子だけではなく、その保護者にまで手を出そうとする者がいるとはね』
水の精霊ウンディーネ様だ。ただ、デルバート様には、ウンディーネ様の声も姿も耳や目には入っていないようだ。
「くっそ!アシーナさんには会えないし、雨にやられるし!お前は邪魔でしかないな!」
『っ!?』
そう吐き捨てると、掴み上げていた手を振り払うように私を投げ捨てた──けど、流石は狼!クルンッと回転してから4本の足でスチャッと着地した。
ー私、凄い!ー
『ふふっ……ルーナは楽しそうね。でも、それとこれとは別問題だからね………』
デルバート様はそのまま走り去って行き、ウンディーネ様はそのデルバート様の背中を微笑みながら見つめていた。
あれから雨が止むと、アシーナさんを乗せた馬車がやって来て、半年ぶりの再会で尻尾が千切れてしまうほど揺れまくったのは仕方無い。
アシーナさんがアリスタ邸に滞在している間は、ずっとアシーナさんと過ごした。
「叔母上とキョウコは、本当の母娘みたいだな」
と、レインさんは笑っていた────のに、アシーナさんがまた東の森へと帰って行くと
「1週間キョウコに放っておかれて寂しかった」
と言われて、また、寝室に運び込まれた。
**アシーナ視点**
『私の愛しい子だけではなく、その保護者にまで手を出そうとする者がいるとはね』
と、私の頭の中で冷たい声が響いたのと同時に雨が降り出した。少し先で落雷もあったようで、地響きがした。
ーこれは………ー
普通の雨ではない。過去に何度か体感した事のある威圧感。
水の精霊ウンディーネ様だ。
「ルーナね………」
未だに、王都やその周辺で“白い犬”に手を出す者が居るとは思わなかった。
女の子=白狼と知っているのは極限られた者だけだけど、白い犬は、精霊の愛し子かも知れないと言う噂や、アリスタ公爵家や東の魔女が付いていると知られているから、白い犬に手を出す者はいなかった。
ー一体誰が?それに、保護者である私にも関係が?ー
と思考しているうちに雨は止み、尻尾を振りながら私を出迎えに来てくれていたルーナと再会した。
******
キョウコとの再会を果たした日は、夜遅くまで語り合い、気が付けばキョウコは私の部屋で眠ってしまっていた。そして、キョウコが眠った後にウンディーネ様が姿を現し、今日の出来事を話してくれた。
「デルバート様が……ですか?」
『ええ、そうよ。貴方を手に入れる為に白狼を始末しようとしたのよ』
ーどんな理由で?意味が分からないー
白狼を始末しようとした事は勿論赦されない事だけど、例えキョウコがこの世界に落ちて来ていなかったとしても、私がデルバート様を受け入れる事は無い。
『ある意味、ルーナは楽しんではいたけど、だからと言って赦せるものでもないからね。アシーナに何かあれば、ルーナも傷付くから』
そう言って、ウンディーネ様は優しい目を寝ているキョウコに向けて、頭を軽く撫でた後、その場から姿を消した。
それから数ヶ月後──
デルバート様の領地で1週間雨が降り続き、収穫時期を迎えた作物が駄目になり、雨が止んだと思えば1ヶ月程異常な程の暑い日が続き作物が育たず、食糧不足が続いていたところ、デルバート様の税金の不正使用が発覚。そこから、領民達からの暴動が起こり、(一般的には知らされていないが、ウンディーネ様が関わっているから)国王自ら事態収拾に動き、男爵は爵位を剥奪、新たに領主を立てると、その領地はまた平穏な生活を取り戻して行った。
**リュークレイン視点**
───なんて事があったとは、キョウコは知らない。
キョウコは『私はなんともなかったし、これからも関わる事はないから良いけど、アシーナさんは大丈夫かなぁ?』と、東西南北筆頭である東の魔女の叔母上の心配をしていた。叔母上が、一貴族でしかない男爵如きにどうこうされる事は無いのに。
「叔母上なら大丈夫だ。あんな男に叔母上が何かされるとでも?」
それに────
「確かにそうですね」
ウンディーネ様が動くだろうから。
そして、ウンディーネ様が動いた。
本当に、精霊と言うのは愛し子が絡むと容赦が無い。報いを受けた側に問題があるのだから、同情の余地もないが……。危機感の少ないキョウコにとっては、有り難い存在だ。
入浴を済ませて部屋に戻ると、ソファーに座ったままうとうととしているキョウコが居た。ここ数日は忙しくて王城に泊まっていたから、キョウコに会うのも久し振りだった。
「キョウコ、こんな所で寝ると風邪をひいてしまうだろう?先に寝室に行って寝てたら良かったのに」
声を掛けながらキョウコを抱き上げて寝室へと向かう。
「ん……レインさんと……話がしたいな………って思って…………」
ー可愛いなー
「明日から3日間の休みをもらったから。ゆっくりキョウコと一緒に時間を過ごせるから、今日はこのまま寝ると良いよ」
「ん……約束……ですよ?」
俺の服をギュッと握って、寝ぼけ眼でフニャッと笑ってそう言うと、キョウコはそのまま俺の腕の中で眠りに落ちた。
ベッドに下ろしても、服を握られたままで、俺もそのままキョウコを抱きしめたまま布団に潜り込む。
ー愛しいー
まさか、自分に心が休まる愛しい人が現れるとは思わなかった。一目惚れしたところで諦めもあった。それが、魔力の相性も良かったのだから、奇跡以外の何物でもない。
「この世界に落ちて来てくれて、ありがとう」
ーある意味、ハルマとサヤカに感謝……だなー
「おやすみ」
キョウコの目蓋にそっと口付けてから、俺も眠りに就いた。




