2 犬?
「─────ん……????」
少しずつ意識が浮上する。
まだ目は閉じたままでスンスンと鼻をすすると、雨が降った後のような匂いがした。
ー雨なんて…降ってたっけ?何となく、身体が重いような…ー
ソロソロと目を開けると、目の前には草が生い茂っていた。
大森彩香に突き飛ばされて倒れてしまったんだろう。また、ソロソロと両手をついて起き上がって──異変に気付く。起き上がったのにも関わらず、視線が──
『低過ぎない?』
私の身長は167cm。決して低いわけではない。にも関わらず、起き上がってもその辺の雑草の丈と視線の高さが変わらないのだ。
『何で………って、え?』
口に手を当てて考えようとすると、視界に“肉球”が入り込んだ。
『肉………球……??』
その肉球は……私の手に着いている。しかも、白銀色のもふもふがある。
『──え?』
キョロキョロと辺りを見回してから、チョロチョロと川の流れる音がする方へとゆっくりと歩き出した。
その川迄来ると、私は恐る恐るその川を覗きこんだ。
『───っ!!??』
水面には、望月杏子ではなく、犬?が映っていた。
暫く放心した後、ゆっくりと今の状況を確認した。
どうやら、私は犬?になっているらしい。
身体は小さ目だから、幼犬なのかなぁ?
白銀色の毛並みで、瞳は黒色だけど、銀色のキラキラが入っていて不思議な瞳だ。
そして、今居る場所が何処なのか、全く分からない。学校と駅の間の道に、こんな森みたいな場所なんてなかった。ここで目覚める前は、あの寂れた神社の前だった。しかも、他に4人居た筈なのに、今は私1人しか居ない。
ー何故?どうして?どうなっているの?ー
次々に疑問が浮かび上がるが、不思議と恐怖心は無かった。
否。“無い”のではなく、現実味が無いだけなんだろう。実はまだ意識が戻っていなくて、これは夢の中の出来事かもしれないと。そんな風に暢気に考えていると、ゾワッと嫌な感覚が私を襲った。
ーあぁ、コレはヤバいー
本能が、体が全身で“危険だ!”と訴える。
ソロソロと後ろを振り返ると、そこには見た事の無い大きな生き物が居た。
はぁっはぁっはぁ───
只今森の中を爆走中である。それはそれは死に物狂いで。自分の何倍もある大きな生き物に追いかけられているのだ。きっと、捕まったら食べられる!こんな訳のわからない所で死んでたまるか!
『─ふぎゃっ!』
足─後ろ足に何かが引っ掛かり、ゴロゴロと転がってしまい、そのままの勢いでガツンッと木にぶつかってしまった。
『──っ!』
“痛い!”なんてもんじゃない。小さい体にはかなりの衝撃で、一瞬呼吸が止まった。
ー駄目だ!急いて立ち上がって逃げないと!ー
と焦る気持ちとは反対に、身体はピクリとも言う事をきいてくれず、そのまま木の根本にグッタリと倒れ込む。
すると、私を追い掛けていた生き物が、ヨダレを垂らしながらソロソロと近付いて来た。
ーあぁ、もう駄目だ。一体…何が起こってるんだろう?夢なら…早く覚めて欲しいー
私の人生って、一体何だったんだろう?陽真のせいで楽しい思い出なんてなかった。これから、女子大生になって、今迄できなかった事をしようと思っていたのに。
最期が、犬になって、見たこと無い生き物に食べられるとか…。悔しいやら腹立たしいやらで、涙も出ない。
そして、目の前迄来た生き物が、大きく口を開けた。
ーもう…いいや……ー
と、私はソッと目を閉じた。
「あらあら、これはまた……珍しいモノが落ちて来たわね」
目を閉じた私の耳に優しい声が届いたが、そのまま目を開ける事なく私は今日二度目の意識を手放した。