13 リュークレイン=アリスタ
その光景を目にした時──
俺の心臓は、ギュッと鷲掴みにされたような痛みを覚えた。
俺の名前は─リュークレイン=アリスタ
アリスタ公爵家の長男であり、第二騎士団の副団長を務めている。小さい頃から体を動かす事が好きで、剣術も得意だった為に、公爵家の嫡男でありながらも、騎士団へと入隊した。特に、父も母も反対はしなかった。
そして、俺は魔力量も人並み以上だった。魔女の叔母が居た為、これに関しても両親をはじめ、親戚も特に驚く事もなかった。
ただ、魔力が強い事や魔力量が多いと、魔力持ちの者と相性の良い悪いが如実に感じられてしまうのだ。どれだけ性格が合う相手でも魔力の相性が悪いと、気分が悪くなる“魔力酔い”を起こすのだ。俺が。ソレは、魔力が普通の者には感じる事はできないようだ。
幼い頃からそうだった。仲良くなった友達でも、可愛いなと思った女の子も、自分の気持ちとは裏腹に気持ち悪くなってしまうのだ。そんな事は誰にも言えず、気持ち悪いのを必死に隠して、耐えて───ある日、俺は限界を超えて魔力暴走を起こした。
そんな俺を助けてくれたのは、東の森の魔女であり、叔母であるアシーナだった。
「よく、ここ迄我慢したわね。私も、気付かなくてごめんなさいね?」
と、優しく抱きしめてくれた。
俺は、あの時の温もりを忘れる事はないだろうと思う。
それから、叔母上が父や母に魔力の相性について説明をしてくれたお陰で、両親も俺の体質を理解してくれて、人間関係?については俺の好きなようにさせてくれた。特に、嫡男であるにも関わらず、無理に婚約者を決めたり、何処かの令嬢と引き会わせると言う事もしなかった。
魔力の相性が悪いと、子供ができ難いと言う理由もあるからだろう。
それでも、そんな両親の気持ちに甘え過ぎるのもと思い、それなりに女性とは付き合ったりもした。勿論、相性の良い相手だった。
ただ──
仮令相性が良くても、心迄もが反応する事ができなかったのだ。
皆が同じように俺の容姿を褒める。いや、容姿と身分しか見ていないのだ。
20歳にもなると、そろそろ結婚となるが、俺は逆に結婚どころか、女性と付き合う事も少なくなっていった。その分騎士としての時間が増え、24歳で副団長まで上り詰めていた。
ー何だ?この可愛い犬はー
ハンスが首根っこ掴んで持ち上げているのは、叔母上が一緒に暮らすことになったと、事前に知らされていた犬だった。
ハンスに下ろされた後、トコトコと歩いているソレを、俺も抱き上げた。
白銀色の毛並みに、クリッとした目は月属性特有のキラキラのある黒色だった。ぶら下がっている後ろ足をバタバタとさせているが、それすらも可愛い。
それに、何故かホッと安心するような感覚がある。
ー月属性の癒しの力のせいか?ー
叔母上も月属性であり、一緒に居ると心地良い気分にはなるが、それとはまた違うモノがある。相手が犬だからだろうか?
ーと言うか……これは犬か?犬にしては違和感があるー
と、その時は不思議な事が色々あり、叔母上にも注意された為、直ぐにルーナを解放した。
やっぱり、ルーナの側に居ると、安心感があった。
俺の膝の上に居るルーナを撫でていると、心迄もが落ち着くようだった。ルーナの尻尾もユラユラと揺れているから、嫌がられている事はなさそうだ。
「ふふっ。レインとルーナは、相性が良いのかもね」
と、叔母上が嬉しそうに言う。
ーなるほど。そう言う事か…しかしー
「犬なのが、残念だ」
事実、ルーナは犬ではなく白狼だが、敢えて“犬”と呼ぶ。
ルーナが人間だったら。女性だったら…どうなっていただろう?そんな有り得ない事を思いながら、俺はまたルーナの頭を撫でた。
*その日の夜*
『森に行ったんじゃないかしら?ルーナも、時々森で一晩過ごす事があるのよ。明日の朝には帰って来ると思うから、こう言う時は放っといてあげてもらえるかしら?』
夕食後、充てがわれた部屋で寛いでいる時に、ふと叔母上の言葉を思い出した。
「少し……見に行ってみるか?」
普段の俺なら、夜の森に行こうとは思わない。ただ、その時は何故か、ルーナに会いたいと思ったのだ。
おそらく、叔母上が結界を張ってある洞窟辺りにでも居るだろうと思い、その方へと歩いて行く。
いつもは暗い森が、満月のお陰で辺りがよく見える。
「うわー……本当に綺麗な夜空だなぁ……」
ー女の子?女性の…声?ー
森の中で、聞こえる筈の無い声が聞こえ、俺は気配を消して声のした方へと近付き、木に隠れながら辺りを覗った。
「────っ!」
すると、そこには、スッと夜空に手を伸ばしている女性が居た。肩下まである髪は黒色で、毛先に行くほど色が薄くなり、毛先はほぼ白に近い銀髪。目は……泣いているのだろうか?月光に照らされてキラキラと輝いている。
その光景を目にした時──
俺の心臓は、ギュッと鷲掴みにされたような痛みを覚えた。
今すぐにでも駆け寄って「大丈夫だ」と言って、抱きしめたくなる自分を、なんとか抑えてその場に留まった。
心臓が痛い位に脈打つのを落ち着かせようと、息を吐きながら目を瞑る。
そして、もう一度目を開けて、女性の居る方へと視線を向けると──
そこにはもう、彼女の姿はなかった。