1 幼馴染み
「あんこ、帰るぞー」
「あんこじゃなくて、杏子だから。それと、一緒に帰る約束なんてしてないから」
私、望月杏子を、“あんこ”と宣うのは、私の幼馴染みの梶原陽真である。幼馴染みと言っても、ただ家が隣同士だっただけ。
小学1、2年生位迄は普通に遊んだりもしていたが、それ以降はお互い同性と遊びだし、会えば話はするが、特に深く付き合うと言う事はなくなった。
中学に入れば陽真は女子にモテだし、いつも性別関係なく囲まれて居た為、見た目も性格も平々凡々な私はそんな陽真とは距離をとっていた。
それが、中学3年。部活を引退した後位から、陽真がやたらと私に絡んで来るようになった。その時の、取り巻き?の女子の視線が、なんとも恐ろしいモノだった。
“幼馴染みだからって、調子に乗るなよ!?”
“自分の身の程を知れよ!”
と、目に如実に表れているのだ。
ーいや、絡んで来てるのは陽真だからね!?ー
なんて言い返したりしたら、それこそ私は消されるだろう。そんな取り巻きの空気が読めないのか、陽真は毎日のように私に絡んで来た。
「あんこは、西高志望だろ?お前の頭で西高って…大丈夫か?俺も西高だから、勉強教えてやろうか?」
「──いらない」
ー西高志望じゃないし。誰が陽真と同じ高校に行くって言った?訊かれても言わないけどー
昔の陽真は優しかったけど、今の陽真は…嫌味を言って来たり…取り巻きも鬱陶しいから、一緒に居たいなんて…思わない。
「陽真君、もういいんじゃない?折角優しく言ってあげてるのに、“いらない”なんて。いくら幼馴染みでも失礼だと思う。そんな子、放っときなよ」
「そうよ、陽真君、望月さんなんて放っておいて、私達と勉強しよー」
「そうだな。」
何も言わずに取り巻き達と去って行く陽真。
その後ろ姿を見ながらため息を吐く。
「私が、一体何をしたって言うのよ……」
サッと教科書を鞄に入れて、私も教室を出た。
*******
高校は、陽真と離れられた!と思っていた。陽真は西高志望で、私は東高志望だったから。なのに──
「同じ東高で、まさか同じクラスだとはな。あんこ、またよろしくな」
まさかの、同じ学校同じクラス。しかも
「お前はサッカー部のマネージャーな。拒否権無いから」
と、勝手にマネージャーにさせられた。
それからは、本当に最悪だった。
高校では、更にモテるようになり、当然、幼馴染みなだけの平々凡々な私への風当たりは強いモノになった。取り巻きからは勿論の事、同じマネージャーだった他の3人からも距離を置かれた。酷い時は、部活中に部室に置いていた制服が濡れている事もあった。
「あんこ、制服はどうした?体操服で帰るのか?」
「──着替えるのが面倒だからよ」
「体操服で電車乗るの、一緒に居る俺が恥ずかしいんだけど?」
ー誰が一緒に帰るって言った?ー
そうは言っても、同じ部活で終わって帰るとなれば、家が隣同士。一緒に帰る事になってしまうのだ。ただ、陽真が“恥ずかしい”と言ったからか、それ以降は、制服に悪戯される事はなくなった。
それでも、本当に高校生活は苦痛だった。陽真や取り巻きのせいで、マトモに友達はできないし、ちくちく嫌味を言われ続け嫌がらせをされて─。それでも、私は絶対に誰にも言わなかった。陽真にも。告げ口してどうなる?陽真に助けてもらおうとも思わなかった。
そして、ようやく3年生になり、部活も引退。晴れて、自由の身になった。大学は県外の女子大に合格。これで、後少しで、この苦痛─陽真ともオサラバだ!と、ウキウキしていると、冒頭の様に、陽真に声を掛けられたのだ。
ー本当に、毎日毎日…止めて欲しいー
相変わらず、取り巻きが居るのにも関わらず、帰りには私に声を掛けてくるのだ。
「約束もなにも、家が隣だから良いだろう?」
ー何が“良い”のか訊きたいー
「陽真君、私達も駅迄一緒に帰って良い?」
「良いよ。ほら、あんこ、お前も急げよ」
くるりと陽真が鞄を持って教室から出て行く。それに続こうとして鞄を手に取ると、私の目の前に取り巻きの1人─大森彩香がスッとやって来た。
「本当に目障りなんだけど。私達から、少し離れて歩いてよね」
とだけ言うと、彼女は小走りで陽真を追い掛けて行った。
「いや、それ、私じゃなくて陽真に言ってよ」
と、ついつい言葉が零れた。
陽真とその友達─深沢樹と、取り巻き達から少し距離を空けて駅迄の道を歩く。
ー高校で友達作って、帰りに買い物したり…したかったなぁー
前を歩く4人をなんとはなしに見つめる。
「──ん?」
学校から駅迄の道。少しだけ、人通りの少ない寂れた神社がある道に差し掛かった時、4人の姿がぼんやりした感じに見えた。
ーあれ?目にゴミでも入ったかなぁ?ー
軽く、自分の目を擦ってみると、次に、4人の足下がキラキラと光り出した。
「──え?」
勿論、4人は焦っている感じで、何かを叫んでいる。
ー誰か!助けを呼ばなきゃ!!ー
と、思ったところで、私もハタと気付く。私の足下も、キラキラと光っていたのだ。
ー何で!?ー
すると、前に居る4人と私の足下に、更に円状に描かれた何かの文様?のようなモノが浮かび上がり、5人全員を囲み出した。
ーえ?何?何が起こってるの!?ー
「きょうこ!!」
ハッとして名前を呼ばれた方に視線を向けると、焦った顔をした陽真が私に手を伸ばして来ていた。
私も、その手を取ろうと、自分の手を伸ばそうとした時
ドンっ───
「「えっ!?」」
「陽真君!!」
大森彩香が、陽真に抱きつく。
どうやら、私は大森彩香に突き飛ばされたようだ。
そのままフラリと体が傾いた時、文様が描かれた円状のモノから更に光が溢れ出した。
「──こ!!!」
最後に、陽真に名を呼ばれただろう微かな声を耳にした後、落下?するような感覚に陥り、そこで意識がプツリと途切れた。