その重さを分かってほしい
朝、電話が鳴った。
その時間は、わたしにしてはまだ早朝だったので、留守電になってた。
『手術をお願いします』とのメッセージ。
通院中の3頭の子宮蓄膿症のうち、一番症状の重いわんこの飼い主さんからだった。
やっとその気になってくれた。
なんとかしてあげなきゃ...。
朝の診察が始まってすぐにその子はやってきた。
相変わらず、食欲はなく、ぐったりしている。
嘔吐もある。
預かる前に手術の説明をする。
麻酔のリスク。
手術中に起こりうるかもしれないこと。
術後の合併症。
そして、料金...。
手術がスムーズに行ってくれればいいけど、万が一子宮が破れて腹膜炎を起こしていたりしたら厄介だよね。
そんなことも一緒に説明。
「もし、そんな状態だったら、手術の料金変わりますよね」
飼い主さんがつっこむ。
もう、この期におよんで、そんなこと言わないでよ!
「小学生の子供が、自分の貯金おろしていいからって言いましてね」
そんな飼い主さんの言葉。
子供をダシに使うのは嫌いだけど、ちびっ子のその言葉は信じよう。
預かったあと、すぐに留置、採血。
ビクシリン静注、バイトリル皮下注。
点滴開始。
お昼の手術までに、出来るだけ状態を良くしておこう。
そして午前の診療終了。
相変わらずぐったり。
血液検査では貧血がすすんでる。肝臓、腎臓はまだ数値に異常は出ていない。
だけど、こんなに弱ってて大丈夫かなぁ...。
すっごいおなかしてるし。
無意味に長引かせたのは飼い主さんなんだから、何かあっても仕方ないと思うけど...、
手術をすすめたのはわたしだから、やっぱり責任は重いよね。
麻酔導入。
手術開始。
お腹を開くと、わたしの手首ほどに膨らんだ子宮が、幾重にも折り畳まれたような状態で見えた。
漏れていない。大網の血管の充血などもない。
これなら腹膜炎は大丈夫か。
自発だけだとCO2が高くなるけど、SpO2、心拍は落ち着いている。血圧も大丈夫。
何とかいけるか。
そして、手術終了。
覚醒も順調だった。
でも、ケージに戻してもずっと動かないまま寝ている。
きっと、夜に飼い主さんが来たら、すぐに連れていくだろうな。
それまでに、少しでも状態が良くなっていないと、何か言われそう...。
あと数時間で元気にしなきゃいけないなんて、すごいプレッシャー...。
てか...。できるか、そんなの!
蓄膿症って、しっかりと診断がつくし、手術後けろっと元気になることが多いんだよね。だからよけいに早く手術した方がいいんだけど...。
おかしくなってから1週間以上だもの。
遅れればそれだけ...、ね。
こじらせなきゃ、お金も時間もかからずに済むのに。
まぁ、Spayしておけば、もっと節約になるんだけどさ。
ふたたび、点滴はじめる。
複合ビタミン、それとタチオンも入れちゃえ。
その後も横になったまま。動かそうとしても動こうとしない。
夕方。
ずっと寝ている。
フードを鼻先に持っていってみる。
ちょっとにおいを嗅いだけど、すぐに横を向いて再び寝る。
もう少ししたら、飼い主さん来るかな?
入院させてもらえると良いのに。
あー、気分は重い。
ちょっとだけ外来の診察をして、また様子を見る。
相変わらず、ずっと同じ姿勢で寝ている。
もう一度、フードのにおいを嗅がしてみる。
...。
食べた...。
もう一粒。
食べた。食べたよ!
ああ、間に合った...。
そして、しばらくして飼い主さんがやってきた。
手術の説明をしたあと、その子は飼い主さんの前でもフードを食べた。
それを見て(見なくても...、かも知れないけど)、やはり退院することになった。
念のため留置針は残したままで。
また、すぐ診せてね。
食べ出してくれたから、まず大丈夫だと思うけど、このまま何もなく回復してくれるといいな。
診察室から送り出したあと、奥で後片付けをする。
しばらくして舞ちゃんがやってきた。
「なんと、料金未収でーす」
おい、おい。そーいうオチかい...。