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長くて暑い夏の1日 その2


 仔イヌは顔を母イヌにくわえられたようで、鼻からかなりの出血。

 この出血だけでも、もう既に危なそう。

 母イヌは仔イヌの面倒を見ようとしていたみたいだから、仔イヌが突然鳴いたりしてびっくりしたんだろうね。

 その子と一緒に仔イヌみんな入院。

 なぜだか母イヌも入院となったぞ。

 噛まれた仔イヌは皮下に補液をする。

 なかなか出血は止まらない。

 母イヌ、入院室で遠吠えしてるし...。

 今夜は眠れないかな...。ぐっすり寝たいのにな。



 胸腔内腫瘍の子の約束の時間までにまだ余裕があるので、コンビニにお弁当を買いにいく。

 コンビニのおばちゃん、お醤油つけたままレンジでチンしたので、お弁当が醤油でコーティング。

 ラップ取ったらテーブルが醤油でべっとりだよ。

 テーブルを拭きながらかなりへこむ...。

 もう、なんでこんなんなるかなぁ...。


 お弁当食べ終わったところで電話が鳴った。

 留守電にメッセージ、「今から伺います」。

 

 さて、ドクター・キリコか。




 診察台に乗ったその子は、うつぶせのまま目だけをきょろきょろさせて周りの様子をうかがっていた。

 ずいぶん痩せちゃったねぇ...。

 がんばったねぇ。

 しばらく静かな時間が流れる。

 きっと、既に家でお別れをしてきたんだろうね。

 診察台の周囲でその子を見守る家族の方たちは納得した様子で何も言わなかった。

 それじゃ、準備するね。

 わたしは診察室を離れると、奥の机の上に用意してあった麻酔の溶解液を注射器に吸った。

 それを麻酔のバイアルに移し、薬を溶かす。

 もう一度その液を吸って、新しい麻酔のバイアルに入れる。

 2倍の濃さになる。

 そして、注射器に翼状針を付けると、診察室に戻った。


 その子の腕を消毒して駆血帯をつけ、翼状針を入れる。

 血液の逆流で確実に入ったことを確認して駆血帯を取り、テープで固定する。

 飼い主さんのひとりひとりの顔を見る。

 「はじめます」

 シリンジに力を入れる。

 「ありがとう」

 「さよなら」

 「楽になれるね」

 みんなの声がする。

 わたしもさよならの言葉を考える...。

 あれ? まずい。腕、腫れてない?

 針の入った先の皮膚が膨らんできてる。

 薬が漏れちゃってる?

 いったん、シリンジを引いてみる。ちゃんと血液は逆流してくる。でも、シリンジを押すと皮膚がさらに膨らむ。

 まいったな。

 最後の最後でしくじちゃったかな。

 たくさん漏れちゃうと、しっかり効かないかも。

 もう一度入れ直すわけにいかないよね。

 内心かなり動揺。

 でも、わたしが動揺してちゃダメじゃん!

 さぁ、落ち着いて。

 長く感じる時間。

 それでも、徐々に、確実に、深い眠りへと導いてくれた。


 へたくそだった。

 ごめんね。最低...。


 そのあと、長く伸びた爪を切ってあげたりして、昼間に用意した棺に納めた。


 そして、その子の乗った車を見送る。


 外の空気に、昼間の暑さはもうなかった。


 病院を閉める。時計を見ると11時だった。

 帝王切開の母イヌはあいかわらず鳴いている。

 噛まれた仔イヌは、まだ少し出血していた。でも、動きは多少出てきたかな?

 せっかく生まれてきたんだから、もう少しがんばろうよ。

 入院室の扉を閉め、明かりのスイッチを切る。

 白衣を脱ぐ。

 ああ、やっと1日が終わったよ。

 いろんなことがあったねぇ。

 なんだか、とっても長い1日だった...。 


 受付マックの電源を落とし、戸締まりを確認して、診察室の明かりを消す。

 常夜灯の薄暗い光の中、2階への階段をあがる...ところで気がついた。

 そうじゃん、仔イヌにミルクあげなきゃ。


 長い1日は、そう簡単に終わってくれなかった。

 ふぅ...。

 


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