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第四王子、王の凄さを知る

 おっす、おら人身御供ひとみごくう


 なんて冗談はさておき、いよいよ和平交渉の日がやってきた。

 胃が痛い。四日とかあっという間すぎる。せめて一ヶ月くらい心の整理の時間が欲しかったぜ……。


 お前は置物で良い。何か言われたら無難に答えろ、とは言われたものの、その無難が一番難しいことをハイスペック兄上は理解してくれないのである。

 

「あと二時間くらいか」


 和平交渉の場所は、ライディバン地方にある皇国の大使館で行う。

 ライディバン地方は中立国、アルネバが所有する土地の一つで、今回アルネバが和平の見届人を務めてくれる運びになっている。


「皇国の大使館で行うこと。ふざけているようで、俺を犠牲扱いしているのは本当。和平に対する姿勢。──随分と王国が譲歩した形になっているな……」


 しかもそれは痛苦に思っている様子も、父上や兄上からは見られない。特に痛手がない……と考えている節まである。

 ……確かに俺を犠牲にしても痛手はねぇわな!

 謂わば俺は、和平のカード。和平のための礎として機能し続ける限り、決して悪い扱いはされないだろう。

 実際結婚する時に嫁入りなのか婿入りなのか分からないからどうとも言えないのだが、これもまあ王国が譲歩する形になりそうだな。

 

「家族想いであり、情に厚い父上ではある……が、一国の主、()だ。家族というのは二の次で、その瞳に映るのは国の行く末のはず。……さては何か隠してるな?」


 だからといって俺が関与できることはねぇけど。

 俺ができるのは、ニコニコと愛想の良い置物と、善人の皮を被って心象を良くすることだけだな。

 俺いるぅ……?


 まあ、良い。

 ……ふぅーー、色々考えたら緊張も紛れた。

 道すがらにいる魔物は事前に狙撃魔法でぶっ飛ばしてるし、和平交渉のための馬車が襲われる──とか面倒な手間は起こらないだろ。

 あるとしても盗賊とかだが、王家の紋章付きの馬車を襲うメリットは微塵もないので考えない。


「寝るか……」



☆☆☆


「おい、愚弟。起きろ」

「うぇ? ああ、もう着いたんですか……」

「お前は緊張感がないな……」


 ジト目で俺を見下ろすのは、艶々の金の長髪を風に靡かせるリスティル兄上。今回の和平交渉に一番尽力したであろう、俺的苦労人ランキング堂々の第一位を誇る兄上だ。

 緊張してても仕方ねぇから寝たまでで、別に緊張していないわけではない。


「兄上は緊張していないのですか?」

「バカを言うな。ずっと震えっぱなしだ。ここまで事の大きい政を扱うのは私とて初めてだ。いずれ王になった時の予行練習と思えば良いのだろうが、練習と違って失敗は許されん。お前も少しは緊張感を持て。愚弟」


 確かに、兄上の手は微かに震えていた。が、良く注視しなければ気付けない程度のもの。強靭な精神力で最小限にまで抑えているのだろう。その王太子としての胆力は見事なものだ。

 俺は兄上の有り難いアドバイスに重々しく頷く。

 勿論分かってますよ、と。


 ……え、なんか、鼻で笑われたんですけど。

 どういう感情だよ。


「お前はそれで良いのかもしれんな。弟の憂いを取る兄というのも悪くはないか……。こんなクズでも弟だ」

「急に貶すやんびっくりした」

「お前、その不意に出る崩れた口調を和平の場で出すなよ? 頼むぞ?」

「アッ、ハイ」


 癖になってんだ、乱雑な口調が。


 それから大使館に移動するまで、兄上から散々釘を差された。話半分に聞いていた部分もあったが、要は礼節には気をつけろだのもっと小綺麗でマシな嘘をつけだの、精神的な部分に関わることが多かったので聞き流しました。

 一朝一夕で直らんて、んなもん。


「──来たか」

「「「ハッ」」」


 ──そんな腑抜けた思考は、父上の言葉によって一瞬にして切り替わる。 

 普段俺たちに見せることのない()としての姿。その身から溢れ出る圧倒的なカリスマ。平伏したくなる、という方が正しい佇まいは、まさしく俺たちが憧れた父上そのものだった。


「行くぞ」

「「「はい」」」


 俺、リスティル兄上、サラッと合流したヨトゥン兄上。

 それと、父上付きの侍従を引き連れ、俺たちは大使館に入っていった。



 ──そこで待っていたのは、父上と同等の覇気を身に纏う老人と、皇太子と見られる青年────そして、アンリの姿だった。


「やっぱり来ていたか……」


 誰にも聞こえないレベルで独り言を呟く。

 やはりこの和平の席に、アンリはいた。

 ただ、どうにも顔色が優れておらず、絶望したような表情にすら見えた。……何かあったのか?


 ……いや、あったか。

 婚約するってことは大好きだった冒険者を続けることはできないし、(自惚れじゃなきゃ)多少好いていた男とも離されて、敵国の王子と結婚しなきゃいけねぇ、とかそりゃ絶望するわ。

 視点が足りてなかった。

 全部知ってるから余裕を持つことができているだけで、俺だって何も知らずにこんな展開になったら病む。


 ……はじめまして、だもんな。

 正体を明かすことはできないし……いや、結構詰んでるんだよな。まあ、そこは何とかするしかないということで。


「はるばる遠くからようこそ。こうして会うのは初めてかな、ウェルディス王国の王よ」

「セルネス皇国、皇帝レニエル殿。お会いできて光栄です」

「そう、気負わずとも良い。我々は対等なのだから」

「いえ、これは先達への敬意です、レニエル殿」

「頭は下げぬか……ほう、どうやら今代の王は王の器足り得る人物らしい」


 なんか俺が葛藤してる間に滅茶苦茶格好良いやり取りを交わしてるんだけど。

 ……王と皇帝。立場は対等だが、父上は皇帝に対して敬語を使った。しかしこれは暗に皇帝の立場が上、ということを指してるわけではない。それは父上が否定している。

 

 先達への敬意……流石に巧いな。

 皇帝、レニエルはかなりのご高齢だ。

 元は先王ではあったのだが、数年前に跡を継いだ息子が病死。他の息子は皇帝足り得ぬ、と自ら再び玉座へと舞い戻ってきた傑物でもある。

 

 なるほど、これは敬意を評するに値する。

 とはいえ、父上は頭は下げない。あくまでこちらは対等だということを示しているのだ。

 この一連の流れで、どれだけ父上が相手の心象を良くする術を身に着けているかが分かるだろう。

 言い方もタイミングも見計らっている。


 あれが王か。真似なんてできるわけねぇ。

 

「では、話し合いといこうか」


 ──和平交渉が始まる。

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