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中編



 移動門(ポータル)から邪教学園に赴くと、学長を兼任するという魔王は呆気(あっけ)にとられたような顔で出迎えた。



「…で、その護衛の子が留学生?」


「どこを見ている。留学するのは――この俺だ」


「はぁあ!? 領主が来てどーすんのよ! あんた自分のとこの獣人が暴れたらどう責任とるつもり!?」


「ふん、領主が多少離れたところで問題になる領地経営だと思うな」


 さらに移動門(ポータル)を繋いでおけば、例え有事があっても対処可能だ。


「そもそも、【病領】の農法は獣人の低民に理解できるような素朴なものではない」


「もう、簡単にはいかないと思っていたけどさぁ…」


「しかし魔王様よ、困ったことになっちまったな」



 口を挟んだ男は白目の無い特徴的な眼と2対の背中の羽を持ち、頭を()く腕には銀色の鱗が生えている。



「その竜人族ドラゴニュートが我々の教員か。問題は何だ」


「うちの学園の生徒は、(ランク)の高い子が多い上に…ちょっと喧嘩っ早いのよ」


「魔族でも腕っぷしの強ぇ奴らが集まってるからなぁ、人間なんて入れた日にゃあどうなるか」


「てっきり獣人の子が来ると思ってたから…」



 ミミリが猫耳をぴょこぴょこさせながら空気に不可視のパンチを打ち込んでいる。遊びの素振りで強風と炸裂音を生む獣人に、単純な身体能力で勝てる種族は少ない。一方、俺のような人間のそれは最下層に位置する。



「領主様、私にいい案があります」


「………言ってみろ」


「まず私が獣人の腕っぷしを皆さんに見せつけるので、領主様は獣人のふりをして誤魔化してください。ほら、これを着ければ私とお揃いです」


「寝ぼけるな!」


 ミミリが取り出した精巧な猫耳カチューシャを床にたたきつける。


「いや、でも一つの手かもしれないわ。うちで獣人見たことある魔族なんて多分いないし、案外バレないかも」


「人間のままよりは、なぁ」


「領主様、グレーディア神への信仰を広めるチャンスです。これを逃したらもう機会なんてありませんよ」



 そう、全ては…全てはグレーディア神へ豊穣を捧げるため。その上では、これも一つの…試練であろう。



「……致し方あるまい。問題は把握した。この【病領】のレイン・フリーツに全て任せておけ」








 国立魔法学園、各地より集められた選りすぐりの魔族の学舎(まなびや)とのことだ。


 蛮族竜に案内された教室には、多くの蛮族共が席に着いていた。不躾(ぶしつけ)に魔力を飛ばしてくる(やから)もいたが、そんなものは全てミミリがかき消すので危害はない。



「えー、諸君。聞いているとは思うが、グレース自治領から留学生を二名、受け入れることになった。一種の知識交流だな。我々にはない技術を積極的に取り入れて欲しい。まずは二人に自己紹介をして貰おう」


「では私から…」


「俺は【病領】の領主レイン・フリーツ・グレーディア!! 種族は――人間だ」



 隣のミミリと蛮族竜が目を点にしている。

 馬鹿が。神聖貴族たるこの俺が蛮族の真似事などできるわけがないだろう。



「【病領】の農法を、今回は実演形式で伝達する。手始めに学園内に小規模な農業システムの構築を進めるので、興味のある者は見に来い」


「…今、人間って言ったのか? この魔国最強の学園に?人間…?

 ハハッ ハハハァ…――ふざけてんじゃねぇよ!!!!!」



 烈しい雷音と共に一人の蛮族が消えた。そして室内が明滅する間に、暴風と化した黒翼の蛮族は俺に向かって接近していた。


 俺の前に出たミミリの眼前まで。



「私は獣人のミミリといいます。皆さんカリカリして、もしかして少し、お腹がへってる? 大丈夫、領主様がたくさんお腹を満たしてくれますから」


「…お、俺の雷剣が…」


「えぇ、もう私たちは()()()()()を食べなくてもいいんです。皆さんとても強そうで、

 ―――食べ応えがありそうですが、【病領】ではもっと満たされる生活があるからね」



 装飾のついた長剣をバリボリと咀嚼(そしゃく)するミミリ。


 黒翼の邪教徒はミミリの腕を振りほどこうともがくが、獣化ビーストした腕に掴まれては、頭一つ分違う体格差でもびくともしないようだ。



「だから今日は許してあげるよ――腕だけで」


「お、おい、嘘だろ! 止めろ!!!」



 口を開けた影を大きく落としたミミリは、肘から先を一瞬で喰らった。邪教男は赤い血を流しながら床をのたうち回っている。



「ふん、どうやら自己紹介は済んだようだな」


「レ、レイン・フリーツ公、いくらなんでもやり過ぎだ!! くっ! 誰か病院に…!」


「何だ、これしきのことで。おいミミリ、そこの蛮族を固定しろ」


 転げまわる蛮族を止めさせ、欠損部位に特級完全回復薬エリクサーをかける。


「まさか…腕が!」


「教員のくせに種族特性も知らんのか。魔族は魔力が枯渇しない限り再生が可能だ」


「いや、知ってはいるが、欠損部位の再生はかなり時間がかかるぞ」


「そうか、まあ俺にとっては造作もない」



 実際には使用した特級完全回復薬エリクサーの力だが、元は領地の低民が迷宮ダンジョンから拾ってくるのを徴収したものだ。


 よって、領主たる俺の力と言っても語弊はなかろう。



「最後に言っておくが、俺への攻撃は【病領】への攻撃とみなす。そこの馬鹿は理解が浅かったようだが、外交問題には気を付けることだな」


「皆さん、仲良くしましょうね」


 蛮族竜の教員が酷く乾いた笑顔で話を進めた。


「はは、そんで、二人に何か質問がある奴はいるか?」








 一通りの予定をこなした後、魔王に報告に向かった。



「なーにが、全て任せておけ、よ! いきなり大騒ぎじゃない!!!」


「だが、これで当初の問題はなくなったわけだ」


「あんな逆撫でしたら余計狙われるでしょーが! あんたに何かあって暴走スタンピードでも起きたら大災害よ!」


「安心しろ。【病領】の低民共の多くは俺の顔など覚えてはいないだろう。グレーディア神への深き信仰心を持つ者が俺の後を継げば、領地は安泰だ」


「今! そんな奴! いないでしょ!」



 確かに今はいないが、新しい神聖貴族が後を継ぐ前に【病領】の収穫量が落ちることは無い。グレーディア神に豊穣を捧げるべき俺が道半ばで(たお)れるなど、あるはずがない。あってはならないのだ。



「貴殿の憂慮に対しては既に対策を打ってある。……まさに苦渋の決断だったが、これも信仰のため」


「みゃふふ、レイン様の身はこのミミリが昼夜問わずお守りします!」


 俺に危害を及ぼす不届き者へは、四六時中護衛をつけることで対応する。

 くそっ、名前で呼ぶことを許した途端にべたべたとしやがって。


「あーもぅ、そんなんで本当に大丈夫なの?」


「試してみます?」


「…やめとくわ。何も良いことないもの」



 溜息を吐いて机に突っ伏す魔王。こいつの魔力ならミミリを突破して俺を殺すことも可能だろうが、そのメリットは今のところ無い。



「当学園のシステムは大方把握した。まずは農業部を設置して部員を(つの)るから、学ばせる奴を適当に選出しておけ。俺が告知して集まるとは思えん」


「無理ね。学園の生徒なんて上からの命令とかあまり聞かないし。魔王っていっても魔力が一番強いだけだもの」


「ちっ、まあいい。実物を見せれば少しは物好きが出るかもしれん。ミミリ、早速作業を始めるぞ」


「―――ねえ、それは本当に魔毒の類じゃないんでしょうね」


 魔王が今までと違う平坦な声色で問いを投げかける。ミミリの猫耳がピクンと動いた。


「俺には何時どこででもグレーディア神に豊穣を捧げる責務がある。

 それが例え―――邪神の下でもな」











 深夜に我が農地で作業していると、蛮族の男が一人来た。



「貴様、確かニールとかいう蛮族騎士だな。よく見ればその赤い髪と瞳、火精族サラマンダーか」


「私はお前を信用していない。これは、監視だ。少しでもゼーピア神の教義に背くようなことがあれば……」


「あれば、――何ですか? ニールさん」


「あれば……領地に帰ってくれ」



 がっくり項垂れる蛮族。

 心配しなくとも、俺はどこぞの無能共と同じ不手際を踏みはしない。



「しかし、部屋の中で一体何をしているんだ?」


「光栄に思うがいい、邪教徒でグレーディア神への真なる信仰を目の当たりにするのは貴様が初めてだ。…ミミリ!」


「みょこーんっと」



 ふざけた掛け声とともに部屋の一角が照らされた。縦にいくつも連なった透明の箱が並んでおり、それぞれの箱には持ち込んだ作物の苗が生育されている。


 屋内での完全水耕栽培だ。



「これは…見本市か何かか? いや、まさか…育っている?」


「これが【病領】の農地の基礎だ。子ども(だま)しの単純すぎるモデルではあるが、ド素人の邪教徒に説明するにはちょうどいいだろう」


「馬鹿な…! 土もない部屋で作物など…!」


「貴様の神に存分に問うが良い。これが摂理とやらに反したものかどうかをな」



 完全水耕栽培はそのあたりの蛮族畑で起こっている諸現象を最適化しているに過ぎない。光、水、栄養分、温度などの条件を完璧に管理すれば造作もないことだ。


 そしてこの手法は、地表面積で収穫量が制限される従来法の問題に対し、平面である農地を縦に積み上げることでの解決を与える。



「ふん、この程度の農法も思いつけんとは、やはり蛮族だな」


「レイン様、これどうやって育てているんですか?」


「蛮族のお前に理解できるような低級なものではない。もし一言で言い表すならば、グレーディア神への信仰の賜物だな」








 翌日も邪教徒共がやかましかったので、俺の農業構想のほんの(さわ)りを教えてやることにした。



「本来は作業を進めたいが…今日のところは貴様ら邪教徒にも理解できる程度の話をしてやる」


「くっ、何でお前はそんなに偉そうなんだ」


「そりゃあ偉いからでしょうよ」



 設立した部室には魔王とその護衛が来ていた。



「そこの窓から見る限り、このあたりの農地は大きく4つに区分されているようだ」


「4つ? なんでです?」


「同じ土地で同じ作物を作り続けると、地力が低下してうまく育たなくなってしまうのよ。だから順番に育てる作物を変えていくの」


「穀物を収穫した畑では、次の年はマメを植えるんだ。マメは()せた土地でも育つし、地力も回復できる。それに家畜の餌にもなるから、土地を有効に使えるんだぞ」


「ほほぅ、やりますね」


 ミミリが納得した風に頷く。お前はどうして邪教徒側に座ってんだ。


輪作(りんさく)と呼ばれる蛮族農法だな。休耕地を作るような超蛮族式よりはマシな部類だが――話にならん」


「いちいち馬鹿にしないと進められないのか…!」



 我々人間が食料を摂取することで身体を作っているように、植物も成長するためには自らを構成する物質を体外から摂取する必要がある。


 物質の一部は大気中にも多量に存在するものの、人間が呼吸のみでは生きられないのと同じように、普通の植物は大気中から直接栄養を得ることはできない。


 自然界の植物の多くは栄養を土壌から摂取する戦略をとっているわけだが、無計画に大量の植物を育てた場合、土壌の栄養分は吸収され尽くされる。


 こうして植物を育てる栄養分が不足することが、蛮族農法につきものと言われる連作障害の一因である。


 栄養枯渇は何かしらの方法で栄養分を補えば解決でき、今回の蛮族農法ではマメ科の植物を利用している。


 マメ科の植物の根には微生物が共生しているものがあり、この微生物が、大気中の物質を植物が利用できる化合物の形に変えているのだ。

 また、マメ科の植物を飼料として家畜を育て、家畜由来の有機化合物、いわゆる糞尿などを堆肥(たいひ)として土壌に供給する効果も見込んでいる。



 この農法は一見すると理にかなっているようではあるものの、すぐに限界に行き着く。



「そもそもマメ科の植物が固定できる化合物の量などたかが知れているのだ。これでは単位区画あたりの収穫量は頭打ちになり、収穫量を上げるには農地を拡大するしかない」


「そうよ、だから地主が大農園を経営して…」


「そこである時気付くのだ。都合の良い農地には限りがあることにな」



 我が祖国グレースの歴史を見ても、良き農地を巡る内乱は後を絶たなかった。また、広大な農地を管理するには多くの労働力を要する。単純農作業からゴブリンなどの化物害獣対策まで。


 農地拡大による食料増産によって労働人口は増やせるが、反面、労働者の居住により農地利用できる土地はさらに減少していく。



「それでグレースは魔毒に手を出したのか…!」


「多少時系列は異なるが、そんなところだろう。今日のように作物が全く育たなくなる結末を想像していた者は、グレース国内にはいなかったようだが」


「――愚かなことね。ただ、何で貴方は使わなかったの?」


「【病領】はそんな小細工で作物が育つような甘い土地では無い」



 邪教徒の言う魔毒というのは、恐らくグレースがここ300年程使っていた農魔法のことだろう。

 土地に魔力を供給することで、土地の保有できる栄養分を遥かに超越した収穫量を得る魔法だ。無を供給して土壌を改質する、現在の結果から言えば土地や作物を騙す魔法とも例えられよう。


 しかしながらこの農魔法は、我が領地では適用できないことが以前から指摘されていた。



「そこで、我が【病領】では土を使わないことにした」


「待って」


「地表面積に依存しない自由な農地空間の獲得に加え、面倒な土壌(どじょう)改質の必要もなくなったことで、ようやく農業らしくなってきたというわけだ」


「待ってったら!」



 魔王が両手で机を叩いて遮る。何だ騒々しい。



「私も良く知らないけど、グレーディアの教義って大地に祈りをささげて実りを得るんじゃないの?」


「魔王様、そうなのですか?」


「移民関連の報告だとそんな感じだったと思うけど。それに、統一神話でもグレーディアは大地を(つかさど)る立場だったはずよ」


 これだから邪教徒は困る。


「何を言い出すかと思えば…。大地に根差す教義などというものは、何を信じれば良いかも理解できん低民向けの信仰方針に過ぎん。

 神聖貴族たる俺には無用の長物。信仰とは、グレーディア神へ豊穣を捧げることがその全てだ」


「そう言っているの、レイン様だけでしたが」



 ぼそっと付け加えるミミリに魔王が頭を押さえている。


 邪教徒には分からんだろうが、グレーディア神への信仰が十分にあればこの神命は自ずと理解されるのだ。他の神聖貴族は信仰が足りなかったのであり、その証拠に全てが邪教に(ひるがえ)っている。



「でも、土なしで作物が育つとは未だに信じられないな」


「必要な水と栄養分を、最適に供給することで実現する。ミミリ、そこの袋をよこせ」


「栄養分? を供給って言われても、そもそも土がないのにどうやってってなるわよ」


「貴様らの蛮族農法ではマメ科植物を用いて大気成分を土壌に取りこんでいるようだが――マメの根に住む微生物ごとき、我々が凌駕(りょうが)できて当然だな」



 【病領】から持ちこんだ袋にはグレースの技術で人工的に合成した化合物が入っている。これらを水に溶かして与えれば、作物は根から栄養分を吸収できる。



「あとは適当な魔法を用いて、作物それぞれに対して化合物の種類と量を最適化し、吸収速度や成長度合いに合わせた精密な投与を行えば良い。

 そして、光や外気温、湿度といった諸条件を高度に制御した屋内に、空間的に農地を展開する。気象や害虫、害獣の影響を受けない安定生産のためにな。


 ―――いいか邪教徒共。凶作などという冒涜的概念は、農業の設計段階で排除するものなのだ」










 レイン・フリーツが農法を説明した後、魔王とニールは学長室に戻ってきていた。



「…あれは怪物ですね」


「ええ。まさか大地や太陽の営みを、人間が再現しているなんて」



 【病領】の領主は複雑に絡み合う自然現象を模倣(もほう)して掌握(しょうあく)する術を、まるで料理の塩加減についてでも語るかのように言い放った。

 あの無機質な“畑”は信じがたい光景であったが、ゼーピア神の名の下で何回鑑定してみても、摂理に反する所はなかった。



「彼の思考は明らかに、私たちの文明を超えたところにある。【病領】の技術は魔国を発展させるでしょうが――逆に破滅を招くかもしれない」



 魔王は目を閉じ、ニールはごくりと喉を鳴らした。





†††


「魔王さんたち、難しそうな顔していましたね」


「大雑把な概論だけでも、邪教徒ならあんなものだろう。俺からすれば、他種族を魔族に変える侵略魔法の方がよほど理解できん原理だ」


†††


2022/1/15 初稿

2022/5/5 改稿(レイアウト変更)

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