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前編 



 領主室のデスクにて、到着した書簡を握り潰す。



「魔王に降伏ぅ!? 中央の馬鹿どもは何を血迷ってんだ!」


「あれだけの数が魔国領に移民すれば領地は空です?」


「わかっているさ、ミミリ。わかってはいるが…。ちっ、仮にも神聖貴族を名乗るなら、降伏より玉砕を選べというんだ」



 メイドのミミリから受け取った書簡には、神聖教国グレースが邪教国家に下った(むね)が記されていた。豊穣の神グレーディアのかつての信徒は、これから新たに邪神ゼーピアを信仰することになる。



「まあ、領民が残ってるのなんてここだけみたいですし」


「領主の信仰心が足りんのだ、信仰心が! 豊穣の神の下で作物が取れず、農地を放棄した低民が流れるなど―――何の冗談だ!」


「さすが、教義を守れと言うだけの他の神聖貴族様とは格が違います!」


「グレーディア神に豊穣を捧げられなければ、それは信仰ではない」


 俺を(たた)える盛大な拍手を片手で制す。


「……グレースは戦争すらできずに降伏したが、一応、講和会議とやらがあるらしい」


「領主様にもお呼びが?」


「ああ、邪教の式典に出るなど断腸の思いだ。しかし、貴族としては出席する必要があるな」


「ひとつ思ったのですが」



 ミミリがにやけて横に来るなり、馴れ馴れしく俺の肩に腕を回してきた。



「降伏したんだし、もう貴族じゃないですよねぇ」


「おい、腕をどけろ!」


「いいじゃんいいじゃん、低民同士仲良くやろうよ。ね、レイン君。…って痛ぁ! にゃにするんですか!」



 ミミリの細長い尻尾を後ろ手で強く引っ張ると、猫耳をピンと立てて苦情を言ってきた。



「地方の軟弱と中央領の無能共は降伏したが、俺はしていない。よって、ここはまだ自治領という扱いになる。領地で農地を経営する俺が神聖貴族であることに変わりはない」


「だからこういう書簡が来ているというわけです?」


「分かったらさっさと準備をしろ」






 移動門ポータルをくぐると、中央城下は邪教徒で溢れかえっていた。



「わぁ、人型の魔族でいっぱいです」


「邪教には魔族化の魔法というものがある。中には元グレースの低民だった者もいるだろうな」


「へぇ~」



 くそっ、馬鹿共の愚かな農地経営のせいで貴重な信徒が減ったのかと思うとやるせない。苛立ちを抑えながら城下街を歩いていると、巻き角の邪教兵に呼び止められた。



「おいお前! 人間が何故ここに居る。すぐに魔国領に行くんだ。土地の魔毒もまだ抜けていない」


「ふん、蛮族にはこの胸の領印が伝わってないらしいな。まあ仕方ない、ミミリ、例の書簡を出せ」



 帽子を深く被ったミミリはうなずくと、鞄からラッパを取り出してパッパラ吹きはじめた。鳴り響く安っぽいファンファーレに、近くの邪教徒たちが何事かと顔を向けてくる。



 ……何やってんだこいつは。



「やぁやぁこの御方こそは――

 不毛の大地に豊穣を、

 汚泥の井戸に清浄を、

 流浪(るろう)の獣に生活を、

 あまねくもたらす大貴族!!

 滅びた神聖教国に、

 残る領主はただ一人、

 音に聞こえしその御名(おんな)

 レイン・フリーツ・グレーディア公であらせられるぅ!!!

 今日ここで、覚えていって貰お…ぅにゃあっ!」


「さっさと書簡を出せ!」



 帽子の上から猫耳を叩いて黙らせ、書簡を奪い取って邪教兵に向けて広げた。



「貴様らの王に急ぎ伝えろ。【病領】のレイン・フリーツが来たとな」






†††


「一度やってみたかったんです」


「二度とやるな」


†††






 あの後用意された馬車で城に入り、会議室に通された。



「ダメもとだったけれど、来てくれてよかったわ。貴方が【病領】の…領主? 随分若いのね」


「貴殿は魔王か。見受けるに、それなりの大人のようだな」


「それ、皮肉? この私の姿を見て大人だなんて」


「何を言っている。我が領地ならば十分に大人として働ける水準だ」



 人間で言えば10歳程度の見かけの女か。

 

 魔力で光り輝く金髪は肩の下までまっすぐ降りており、魔石の散りばめられた王冠の合間からは2本の白い角が斜めに突き出ている。



「そ、そうなの…」


「それより、元神聖貴族の爺共が見えんようだが」


「今うちの領地で儀式待ち。魔族になりたいっていうからさ。様子見たいなら繋ぐけど」


「そうか、結構だ。あの―――(ごく)潰し共め」



 ふざけんな畜生! 今すぐ自決しろ!


 グレーディア神徒の、それも神聖貴族ともあろう人間が、こともあろうに魔族化ぁ!? お得意の教義はどうしたんだゴミ共。全員くたばれッ。



「で、レイン・フリーツ公。あなたには3つの選択肢があるわ」


「一つ、グレース国領としての徹底抗戦。二つ、魔国への併合、三つ、領主の座を退き国外逃亡、といった所か」


「流石に領主ね、話が早くて助かるわ」


 その他にも色々と選択肢はあるが、邪教徒の王が提示するとくればこのあたりだろう。


「無論、邪教国家に迎合するつもりはない。…ないが、【病領】の自治権とグレーディア神への信仰を認めて手を出さんのであれば、物資の融通くらいはしてやろう。ちょうど低民が増えてお困りのことだろうからな」


「......先刻から黙って聞いていれば貴様ぁ!!」


「こらニール、失礼でしょ」


「何だ邪教男、護衛の分際で口を挟むな」


 魔力加工の赤い軽装鎧と槍で武装する邪教徒の騎士が気炎を上げる。蛮族は黙っていることもできんのか。


「お前らグレースの貴族が土地を駄目にしたんだろうが! この惨状を見てまだ魔毒を使い続けるとは、摂理を知らないとんだ馬鹿領――……っ!!」


「……..」


「わきまえろミミリ。俺に恥をかかせる気か」



 後ろのミミリを制する。どいつもこいつも講和会議の場を何だと思っている。



「ニール、【病領】はとても、そう、特殊なのよ。どれだけ調べさせても魔毒の痕跡はなかったわ」


「なっ! それでは収穫量の説明がつきません! 摂理に反さないでそんなことができるはずが!」


「言うまでも無く、豊穣の神グレーディアへの信仰によるものだ。まあ、邪教徒に説いたところで分からんだろうがな」



 そもそもグレースの従来魔法程度では、我が領で収穫を得ることすらできないのだ。グレーディア神に豊穣を捧げるために、農業システムは独自のものを構築している。


 パン、と魔王が手を打って場を仕切りなおした。



閑話休題(かんわきゅうだい)! さて、物資の融通をしてくれるなんて、案外優しいのね」


「グレーディア神にさらなる豊穣を捧げるには、収穫した分は消費せねばならん。もともと中央の爺共が要求していた分くらいはくれてやろう」


「それでも、普通はタダでなんて言わないものよ」


「無能貴族のおかげでグレースの農地は荒れたようだが、低民共に罪は無いからな。それに、貴様ら邪教徒にも少しは期待できるものがある」


「期待?」


 既に農地の回復に着手している点は高く評価できる。旧神聖貴族の屑共にはついぞ成し得なかったことだ。


「来る前に軽く農地を見させてもらったところ、元神聖貴族の無能どもよりは収穫量を上げられそうだ。信仰が違うのは残念だが、なかなか見所がある」


「へぇ、じゃあ貴方はグレースの貴族よりも、私達魔族が統治した方がグレーディアも喜ぶって言うの?」


「全くもってその通りだ」



 力強く肯定すると、あごが落ちんばかりに(ほう)ける邪教徒共。



「何を勘違いしているのか知らんが…、我々がグレーディア神に信仰を示す術はただ一つ、豊穣を捧げることしかない。

 ゆえに、領地で農地経営をする我々神聖貴族は邪教徒の誰よりも多くの豊穣を神に捧げる責務があり、それができない者は――万死に値する」



 邪教徒に農産物の収穫量で劣るなど有り得ん事だ。



「ま、まあ、思ったより友好的にできそうでよかったわ。あなたの要求通り、あなたの領地の自治権と信仰の自由を認めましょう」


「ならば【病領】は、魔国への物資供与を約束しよう。今の内から流通先を考えておくんだな」


 正式な書類は後で仕上げることとしたので、ミミリから外套(がいとう)を受け取り羽織る。


「レイン・フリーツ公、最後に一つ相談があるんだけれど」


「貴殿の要求を言ってみろ」



 振り向くと、魔王の意を決したような顔が映る。



「【病領】の農業を、うちでも取り入れたいの。こちらからは…」


「良いだろう。捧げられる豊穣が増えるのは喜ばしいことだ」


「えぇ!? そんな簡単で良いの?」


「そもそも秘匿などしてはいない。グレーディア神への信仰心なくして理解できるものではないが、神命を放棄した(ごく)潰し共よりは邪教徒の方が可能性はある」



 神聖貴族が俺一人となった今、グレーディア神に捧げる豊穣を少しでも稼ぐ必要があるのだ。それに、うまくいけばグレーディア神徒の増員にも繋がるだろう。



「それなら、うちの魔法学園に留学生を派遣してくれないかしら。代わりにこちらからは魔国の魔法の知識を教えるわ」


「邪教の知恵に学ぶ所があるかはさておき、まあいいだろう。明日の朝には特派員を送ることにする。移動門ポータルの準備をしておくがいい」



 早くない!? という魔王の言葉を後ろに、旧グレース城を後にする。











「ふぅ、行ったわね」


「魔王様! あのような男を許しておいて良いのですか!? それに我が魔法学園に他国の者を入学させるなど、国家機密が!」


「黙りなさい、ニール。あなたは分かっていなかったようね」



 魔王の魔力がおびたただしく増幅し、ニールはたじろいだ。



「彼の護衛を見たでしょう」


「はい。あの殺気、ただ者ではなさそうでしたが」


「あれは獣人よ。帽子を被っていたから私も途中まで気づかなかったけどね」


「そんな馬鹿な! 獣人は災害です。暴食の本能に支配された止まることなき軍勢。それが護衛として機能するなど」



 歴史上いくつもの国が獣人の暴走スタンピードによって滅ぼされている。彼らが通った後は全てが食い尽くされたように、草一本さえ残らなかったという。

 ただし近年では各国の暴走スタンピード対策により、獣人は各地の迷宮ダンジョンでまばらに目撃される程度にまでその数を減らしている。



「【病領】は、その領民のほぼすべてが各地から流れてきた獣人よ。そして彼等の無尽蔵の食欲を満たすだけの食料全てが、――領地内で収穫されている」


「……!!」


「それも、有史以来不毛の大地として知られ、私達魔族でさえも土地の浄化ができなかった、人間の住めない病毒の地でね」


「あ、あの男は我々に物資を供給すると…!」


「そう、その冗談じみた食料生産力をたった数年で築き上げ、何者にも従わなかった獣人を統治しているのが、【病領】のレイン・フリーツなのよ」



 獣人が暴走スタンピード以外で集団を作ったという記録は一切残っていない。いつ暴発するか分からない壊滅的破壊を【病領】は抱え込んでいるのだ。

 今までグレースに対して強く出られない悩みの種だったが、領主がついに外交の場に出てきたことで状況は変わった。



「これはチャンスよ。謎に包まれた【病領】の統治法を調査できるチャンス。うちに進歩を呼び込んでくれるなら上々」


「仮にそれが摂理に反するものであれば…?」


「あの自称貴族どもと同じよ。

 ―――ゼーピア神の教義の(もと)、全てを打ち砕くまで」








†††


「領主様、神敵と仲良くしたら教義を破ることになりません?」


「より多くの豊穣をグレーディア神に捧げられるのであれば全く問題はない。(とが)める(やから)は全て消えたしな」


†††



2022/1/15 初稿

2022/5/5 改稿(レイアウト変更)

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