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妖奇譚

ドッペルゲンガー

作者: 羅志

ドッペルゲンガーらしいドッペルゲンガーではないです。

 ある時、一人の子供がぽっくりと事切れていた。

 少し前に母親を病で亡くしたばかりの、まだ幼い子供だった。

 獣に襲われた様子もなければ、子供の母親のように病に苦しんだ様子もない。

 ただ眠っているような様で、子供は死んでいた。


 子供の死を嘆く中、誰かが言った。

「そういえばあの子供と遊んでいたのは誰だったか」

 その言葉に、子供たちは答えた。

「ぼくじゃないよ」

「あたしじゃないよ」

 ふるり、ふるりと子供たちは首を横に振っていく。

「わたしじゃないわ」

「おれじゃない」

 村中の子供に尋ねるも、子供たちは皆、同じことを答えた。

「あの子供と遊んだことはないよ」


 大人たちは確かに、あの子供が誰かと遊んでいる様を見たことがある。

 けれど子供たちは、あの子供と遊んだことはないと言う。遊びに誘う前に、既に誰かと遊んでいた、と。

 そういえば、と誰かが言った。


「あの子供と、遊んでいた子供。まったく同じ顔をしていなかったか?」











 その村には、双子や三つ子といった多胎児を厭う風習があった。

 理由という理由はない。強いていえば、村が貧しかったからだろう。多くの子供を養っていけるだけの恵みは村にはなく、時には労力にならない老人や幼子を捨てなければならない時もあったほどだ。

 子供を一人養うことさえ難しい時もあるほどに貧しい村の中、多胎児など養っていけるはずもない。

 多胎児は全員、もしくは一人を残して、殺す。

 それが村の掟だった。


 ある時、村の女が子供を身籠った。膨れた腹は人のそれより大きく、産む前から、女の胎にいるのは一人だけではないだろう、と言われていた。

 けれど、おぎゃぁとないたのは一人だけ。確かに胎にはもう一人いたが、胎の中で事切れていた。

 村人は赤子を殺す必要がなかったと安堵した。

 女は生きた我が子の無事に喜び、もう一人の我が子の死を嘆き、泣いた。



「お前にはおとうとがいたのよ」

 女がそれを子供に伝えようと決めたのは、子供から「ともだちができた」と聞いた時だった。

 その時女は流行り病に罹り、床に臥していた。長くはないだろう身で、我が子にともだちが出来たという嬉しい報せを聞けて、女は幸せだった。

 けれど、子供から聞くともだちの様相に、女は酷く驚いた。何せ、子供とまったく同じ顔だというのだ。

 直接会ってみたくはあったが、女に会うのは恥ずかしいだとか、病を悪化させると悪いだとか。そう言って、我が子のともだちは、女と会う気はないらしかった。

 同じ顔をしたともだち。女の頭に浮かんだのは、あの日事切れていた、もう一人の我が子の存在。

 関係はないのかもしれないが、女は子供におとうとのことを話そうと決めた。

「おとうと」

「そう、おとうと。母の胎に、お前とおとうとは二人、一緒にいたのよ」

 細くなった手で平たい胎を撫でる。子供は驚いたようで、目を丸くしていた。

「そのともだちは、きっと産まれてくるはずだったおとうとのように、お前にそっくりなのでしょうね」


「母も、お前のともだちに会ってみたかったわ」


 母はそう言って、二度と目を覚まさなかった。

「お前は、おれのおとうとなのか」

 子供の言葉に、ともだちはただ微笑んだ。母によく似た笑顔だと、子供は思った。

「ともだち。……いや、おとうと」

 ともだちは答えてはくれなかった。だが、よくよく考えれば子供は、このともだちの声を聞いたことがない。

 母に会わない理由を尋ねた時も、ともだちはその理由を喋ることはなかった。子供の言葉にうなづいたり、首を振ったりするだけだった。

 自分と同じ顔をした、母によく似た笑顔のともだちは、きっと、三途の向こう岸から自分と母を迎えに来たおとうとなのだ。

 ひとりで向こう岸にいるのは、さみしいから。だから、迎えに来たのだろう。


「おれも、お前や母といっしょにいるよ」


 そして、子供はぽっくりと事切れた。

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