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ヨリシロサマ

これは随分と昔の話。

私は一度、養子に出されそうになった事が有るの。

未だ昭和と呼ばれていた時代の事よ。


父方の実家は、とある小さな島に有る漁村で、幼い頃何度か帰省した事が有る。

ホントに小さな村で、当時既に過疎化は随分と進んでいたわね。

特に子供が少なくって、帰省している間、遊び相手が居なくて寂しかったのを覚えているわ。


十二歳の夏休みも、お盆をその島で過ごす事に成ったの。

今思えば、変な空気だったわ。

両親はいつも通りだったんだけど、いつもは帰省を喜んでくれる祖母は、暗く沈んだ表情で出迎えてくれ、ぼそっと父に「今年は帰っ来んでエエ言うたのに……」と呟いていた。

父は、何か有ったのか祖母に問い返したけれど、祖母は何も答えなかったわ。


祖父の方は、いつも通り出迎えてくれたけれど、時折怖い顔で私を見ていた記憶がある。


そんな祖父母の異変の原因が分かったのは、島に着いて二日目の夜の事よ。

丁度、夕食が終わった時だったわ。

突然、祖父母の家に大勢の男の人達が上がり込んで来たの。

こんな小さな島だもの、玄関に鍵なんて掛けて無かったわ。


そして、その男の人達は私を取り囲む様に(ひざまず)くと、こう言うの。

「お迎えに上がりました、ヨリシロ様」

その後、腕を引っ張られて連れて行かれそうに。


当然、父はその手を振り払って、私を庇う様に立って母に駐在所に電話する様に言うと、男達を止めに入らずに、一点を見据えて座ったままの祖父に、どういう事だと怒鳴ったわ。


「すまん……。その子は網元の家にシマガミ様のヨリシロとして、養子に出す事に決まったんじゃ。島の者は皆知っとる事や。駐在に電話しても……無駄や、駐在に手出しは出来ん……スマン……スマン……」


祖父の言った言葉の意味は半分も判らなかったけれど、ただ良く無い事だと言う事だけは分かったわ。

「助けて! 助けて、パパ、ママ!」

必死でそう叫んだけれど、父も母も大勢の男達に抑え込まれて、私の名前を叫ぶのが精一杯だった。


居間から連れ出されようとしたその時、祖母が男達の手を(かい)いくぐって私に抱き着いて「ゴメンね」と一言謝ったあと、耳元で男達に聞こえない様に小さく囁いたの。

「絶対に返事したらアカンよ」

何の事か判らず、「えっ?」と聞き返したけれど、直ぐに祖母は男達に引き離されて居間に戻された。



結局意味も解らず、私は外に連れ出されて、そのまま男達に囲まれる様に軽トラの荷台に乗せられ連れていかれたわ。

軽トラは集落を離れ、舗装もされていない細い道を進んで行くと、目の前に大きな屋敷が見えて来た。

木造の如何にも時代劇に出てきそうな感じの、和風の屋敷。

確かここは、祖母からは絶対に近付かない様に言われていた所よ。

ここに住む人達は怖い人達だって。


軽トラはその屋敷の門の前で止まって、荷台から降ろされると、その門の前には既に何人もの人が待っていた。

その中で、恰幅の良い強面の男の人が私の前に歩み出て来て、さっきの男の人達みたいに(ひざまず)くの。

「ようこそ参られたヨリシロ様」


凄く怖かった。

もう近くに両親も祖父母も居ないし、目の前で跪く男の人は、態度こそ恭しいけれど威圧する様な目で私を見ていた。

「あ、あの……ヨリシロ様って……?」

そう聞くのが精一杯だったわ。


「御気に障りましたかな。ですが、ヨリシロ様とお呼びするのは、今宵(こよい)限り。明日からはシマガミ様とお呼びする事に成ります。ともかく、どうぞこちらへ」

と、尋ねた質問の答えにも成って無い意味不明な説明をされて、手を引かれ屋敷の中に通された。


そして、無言のまま、在る部屋の前まで案内される。

その部屋のふすまが、異様なまでに鮮やかな金色だったのが、目に焼き付いているわ。

部屋には私一人だけが通され、広い畳みの部屋にポツンと敷かれた座布団の上に正座して待ってると、腰の曲がったお婆さんが部屋に入って来た。


「よう来たね、お嬢ちゃん。ちょっと怖い思いさせて、すまんかったね」

お婆さんは、そう気さくに笑いながら声を掛けて来たけれど……嫌な笑顔だったわ。

人を値踏みする様な、見下す様な、そんなイヤらしい笑顔……。


「お嬢ちゃんには、これからちょっとした儀式みたいなモンをして貰う事に成るけど、怖がらんでエエからね。儀式言うても、我が家のしきたり見たいなモンや。お嬢ちゃんはお布団で、ただ寝てるだけでエエ。ただ、夜中にお嬢ちゃんを呼ぶ声がして起こされるから、その時にただハイと返事をしたらエエだけやから。それで、明日からはお嬢ちゃんは、正式にうちの子や。明日からは、皆からシマガミ様言われて、大事にされるさかい。この家で一番エライんは、シマガミ様やから、皆なんでも言う事聞いてくれるんや。オモチャでもお菓子でも、何でも欲しいモン言うたらエエで」


「パパとママの所に帰れるの……?」

ダメと言われるのを覚悟で、そう聞いてみたわ。

そうしたら、意外にも「シマガミ様の好きにしたらエエよ」と。


本当に帰して貰えるのかどうか不安だったけど、今はこのお婆さんに従うしか無いと、この時そう覚悟を決めた。



それから、旅館の仲居さん見たいな恰好の女性に、白い着物を着せられ、お婆さんに別の部屋へと案内された。

「シマガミ様、ヨリシロ様を連れて参りました」

お婆さんはそう言うと、ふすまを開けて中に。

そして、私を招き入れる。


その部屋は、さっきの部屋とは違って、普通の和室という感じだった。

広さは、十畳ほどだったかしら。


でも、その部屋には布団が敷かれ、白髪のお婆さんが横たわっていた。

その白髪のお婆さんは、子供の私から見ても、随分と衰弱(すいじゃく)しているのが判ったわ。

骸骨(がいこつ)の様にやせ細っていて、頬もコケて、髪の毛も薄くて地肌が見えてた。

それと、白く濁った目は左右別々の方向を向いて、部屋に入って来た私達に気付いて居ないかのように、一瞥も向けなかった。

ただ、私を連れて来たお婆さんが私を紹介する言葉には、「あー、あー」と返事とも(うめ)き声とも付かない声を上げていたわ。


その声が、不気味だった……。


そして、気付いたわ。

この部屋にもう一つ布団が敷かれている事に。

不安になって、私を連れて来たお婆さんに、視線を向けると。

「心配あらへん。あそこで寝てはるのが、今のシマガミ様や。お嬢ちゃんの先代に成る御方や。今夜はここで、一緒に寝るだけや。さっき言った通り、夜中に名前を呼ばれたら返事するだけでエエから。それだけやから」

そう言うと、お婆さんは私を残して、部屋から出て行った。


お布団の上で、ただ天井を見上げるだけのシマガミ様と呼ばれる老婆とただ二人。

凄く怖かった……単に、不気味だからって分けじゃ無い。

私も、そのシマガミ様って呼ばれる様に成るって言ってたわ。

もしかすると、目の前のシマガミ様みたいに成ってしまうのかと怖かった。


とにかく寝てしまえば、明日に成ればパパとママのところに帰れるかも知れない……。

「灯りを消しますね」

そう、シマガミ様の方を見ずに一言断って、灯りを消した。

真っ暗にするのは怖かったから、オレンジ色の豆電球だけは点けておいたわ。


そのあと直ぐに、布団を頭から被る様にもぐり込んで、目を瞑った。

当然、眠る事なんて出来なかったわ。

そのまま、何時間も起きてたと思う……。


でも、何も起こらないまま目を瞑っていれば、だんだんと眠く成って…………。


「返事はするまいぞ」

突然そう耳元で囁く声に起こされて、目が覚めた。

「えっ?」と声が漏れそうに成ったんだけど、今度は「声は出すまいぞ」そう囁く声が聞こえた。


ここの屋敷に連れ去られる前に、祖母から「絶対に返事したらアカンよ」って言われたのを思い出して、一瞬今の囁き声が祖母のものかとも思ったんだけど、凄く幼い子供の様な声だったわ。

この時は、不思議と怖いとは思わなかった。


その時、ズルッ、ズルッ、と何かが這い寄る様な音。

それも、シマガミ様が寝ていた方向からこっちに。

あの白髪の老婆が布団から這い出してきて、何かされるのかと身構えたわ。


でも、何かされるでも無く、ただズルズルと私の寝ているお布団の周りを這っているだけ。

ふと、微かに私を呼ぶ声が聞こえて来た。

別段、おどろおどろしい感じでも無く、ただ無機質な機械がしゃべっている様なそんな声。


怖くて声も出せずにいると、その声が大きく成って、何度も私の名前を繰り返し呼んで怒鳴り出した。

「返事をせぬか。返事をせぬか。悪い子じゃ、悪い子じゃ」


そして、その気配が私に覆い被さって来た。

さすがに、我慢できなく成って、返事をしようとした時、また耳元で囁く声がしたの。

「返事するまいぞ」

また子供の声。


どうしたら良いのかは、迷うまでも無かった。

祖母が返事をしちゃダメだって言ってたのは、きっとこの事なのよ。


そしたら、突然被っていた布団を(めく)られたの。

怖くて、目を(つむ)って、必死でその布団に顔を埋める様にしがみ付いたわ。


次に、布団から剥き出しに成った私の頭を撫で回し始めた……いいえ、その感触は手じゃ無かった……。

ピチャピチャと音がしてたし、頭に生暖かい滑っとした感触、生臭い匂い。

何か、大きな舌で、頭を舐め回されてる、そんな感触だった。


そして、私の名前を呼んで「返事をせぬか。悪い子じゃ」と、何度も何度も……。

最後の方は、絶叫の様に聞こえたわ。


明け方……だったと思う。

小鳥のさえずり声が、聞こえていたもの。

「返事をせぬか……悪い子じゃ……悪い子じゃ……無念じゃ……無念じゃ…………」

そう言い残して、私の頭を舐め回す様な感触は消え、生臭い匂いもしなくなった。


それで、目を開けようか悩んでたその時、ふと、また耳元で子供の声。

「よう辛抱した……良い子じゃ……良い子じゃ…………」


咄嗟(とっさ)に目を開け、その声の主を探そうとして「キャッ!」と小さく悲鳴を上げた。

私の寝ていた布団の上で……私の真横で、シマガミ様が白目を剥いて、泡を吹いて倒れていたんだもの……。

見るからに、事切れているのが判ったわ。


私が呆然と、(おび)えて立ち尽くしていると。

私の肩を強く揺さぶる手。

「おい! どうした! 何でお前は(おび)えておる! 返事はしたのか、返事は!!」

昨日、私を屋敷に招き入れた男の人が、血相を変えて私の肩を揺さぶってる。

多分私の悲鳴で、部屋に入って来たのね。


「痛いっ!」

あまりの事に、泣きそうに成っていると、昨日のお婆さんがその後ろから近付いて来た。

「心配せんでエエ。見てみい、その子の髪、ちゃんと縞々(しましま)に成っとる。(おび)えとるんは今だけの事じゃ。ささ、シマガミ様、皆が広間で待ってますよって」

そう腕を掴まれ、部屋から連れ出された。

私が寝ていた布団の上で亡くなってるシマガミ様には、目もくれずに……。


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