前世は大魔法使い、いまは『鑑定眼・神』のスキル持ち令嬢です。魔法学園にて「才能がない」と追放された生徒を最強にまで育て上げ、見る目がない方々に「戻ってこい」と言わせてみせます!
私、メリル・アンダートンは前世の記憶がある。
「メリル! お前との婚約を破棄させてもらう! お前のような平凡女はこの俺にはふさわしくない」
「あーはいはい了解です。あとはお父様とお話しくださいね、ザガート様」
すべての授業が終わった放課後。
部活動へ行く生徒たちが行き交う魔法学園の廊下を占拠していた侯爵令息の横を通り過ぎ、道を急ぐ。
いまは些事に関わる時間はない。
話を続ける。
前世の私は類まれなる魔法の才能に恵まれた大魔法使いで、魔王討伐の勇者パーティに参加したほどの実力者だった。(もちろん魔王にも勝った)
勇者様を巡って聖女やお姫様と女の戦いを繰り広げたこともあった。(もちろん負けた。無理)
恋と冒険は前世で堪能したので、今回は魔法の研究に没頭しようと思ったのだが、残念ながら今世はあの元婚約者が言った通り、魔法の才能は平々凡々。
能力値オールCの可もなく不可もない一般人。これでは前世知識チートも宝の持ち腐れである。
生まれだけは前世のご褒美か、運よく子爵家の令嬢として生まれ、それなりに贅沢な人生を謳歌しているが。
才能というものは残酷だ。
能力値には限界が決められていて、どれだけ努力しても限界を破ることはできない。
私がこれから先どれだけ努力しようとも、前世の能力値には遠く及ばない。
必死に努力して、努力して、努力して、出した結論がこれだ。この世界のシステムは青少年の健全な育成に悪影響だと思う。
だから私は人生の目標を変えた。
――魔力がなければ他人で実験すればいいじゃない!
(さて、栄えあるメンバー第一号は)
既に目星は付けてある。そのために急いでいるのだ。学園の裏の森に向かって。魔法学園の白の制服と黒いローブを翻して。誰かに先を越される前に。
この学園はクラブ活動が盛んで、伝統的なクラブがいくつもある。
既存のクラブに所属する以外にも、メンバーと顧問を確保し申請さえすれば誰でもクラブをつくることができる。
メンバーが足りないと同好会扱いで予算が出ないが。
クラブで何をしているのかと言えば冒険やダンジョン攻略や魔法研究や修行。いわば冒険者パーティの学生版のようなものだ。
今日の昼休みに最上位Sランクのクラブから追放された男子生徒がいるという情報は、あっという間に学園を駆け巡った。
高貴な血筋を見込まれ、入学後すぐにSランクから勧誘されるも、才能がないと見限られて、追放された可哀想な人だ。
(世間ってシビアよね)
見込みがあるから青田買いをして、芽が出ないからとポイっと捨てる。
それもまた仕方のないことではあるが。実力差があまりにあれば、それはお互いに不幸な結果になる。実力の平均化は大事。
(でも、私は違うけれどね。首を洗って待ってなさい! 王子様!)
◇◆
学園の裏には薄暗い森がある。
才能の無さを嘆いて首を吊った男子生徒の幽霊が出ると評判の場所である。
ある女子生徒が身を投げた伝説のある泉もある。
切り開いてしまえこんなところ。
そんな場所であるからか、追放された生徒はその日の放課後ここにくるパターンが多い。引きつけられるのだろうか。
晴れた日の放課後だというのに、その場所は陰っていて鬱蒼としている。いるだけで気分が滅入りそうな場所である。不気味すぎて、通りかかる人間も、逢引する恋人たちもいない。
立ち並ぶ木々の中の、ある用途にちょうどよさそうな立派な枝の下には、いままさに首を吊ろうとしている黒いローブと白の制服姿の男子生徒がいた。
「ちょっと待ったぁ!」
風魔法のウインドカッターを発動し、縄と枝を切る。
男子生徒の身体は吊られることなく、そのまま地面に崩れ落ちる。
「あ、あ、危なかった……すっごく危なかった……!」
心臓がバクバクいっている。
間に合って良かった! 本当に良かった!
「な、な、な、何やってるのよバカ!」
草むらの上に倒れていた男子生徒が、よろよろと、立ち上がる。どうやら大したことはないらしい。
柔らかそうな金の髪。宝石のような青い瞳。整った優しげな顔。程よく筋肉のついた、背の高いすらりとした身体。外見は完璧な王子様だ。
そして本当に王子様。この王国の第三王子。アルベルト。それがこの男子生徒の名前だ。
「……どうして、邪魔をするんだ……」
いい声なのに、暗い。表情が死んでいる。
うう、暗い。暗すぎる。完全に闇落ち中である。明るく首吊りしようとしていてもホラーだけれども。
陰気に引きずられないように、私は堂々と胸を張る。
「アルベルト君、お話しするのは初めてね。私はメリル・アンダートン」
私は子爵令嬢。相手は第三王子だが、学園内では平等である。なのでこんな話し方でも許される。
「ああ、筆記試験主席の……」
認識されていたことに少しびっくりする。
筆記テストなんて前世の知識チートで楽勝なので誇れることではないが、名を売るには効果的だったようだ。
「……僕なんかに何か用かい」
うん、卑屈。
きらきらした容姿にそぐわない濃厚な陰気。
「もちろんあるわよ。ちょっと失礼」
自分の紅茶色の髪をすっと掻き上げ、アルベルトにずいっと迫る。
突然の接近に警戒して身を引こうとするアルベルトの顔をぐっとつかみ、逃げられないようにして、瞳の奥を覗き込む。
青い瞳の奥の、魂を。
魔法の才能は平凡だが、そんな私にも前世知識チート以外に誇れるものがひとつある。
それは『鑑定眼』スキル。神様からのギフト。
スキル持ちというだけでも希少だが、私のそれはかなり特殊。『鑑定眼』にもいくつか種類があって、人の能力値がわかったり、アイテムの使い方がわかるものなどがある。
そして私のスキルはその名も『能力鑑定眼・神』――人の能力の限界値までがわかる、まさに神のような力。
私はこのスキルで必ず成り上がる。
(いまの能力値は、火E、水F、地D、風B……うん、平均的)
才能がないとSランククラブを追放されたこの王国の第三王子、アルベルトの能力値を読み取っていく。
平均的とは言ったが、学生時代にBまで行けば優秀な方なのだ。しかし優秀程度ではSランクの活動にはついていけないだろう。彼らは学園からの討伐依頼やダンジョン攻略まで行う、強く優秀な集団なのだ。学園の星であり、王国の希望の芽である。
当然、その活動には危険も伴う。いつまでたっても成長しない育成枠――足手まとい枠をずっと抱えておく余裕はない。だから戦力外通告も仕方ないのだが、ここまで追い詰めるのは流石にひどい。
切り捨てるにしても捨て方というものがある。機会があったら文句を言おう。
(さて、能力限界値は――)
魂のさらに奥を覗き込む。秘められし能力が、私の頭の中に流れ込んでくる。
SS、というとんでもない限界値が。
「やった! やっぱり大器晩成型!」
「うわっ?」
「素晴らしい! 素晴らしいわ! アルベルト君! あなたは才能の塊よ!」
大器晩成――このタイプは成長段階では非常に伸び率が悪く、努力しても努力してもとにかく成長しない。
しかしこのタイプの素晴らしいところは、その限界値が他のタイプ――早熟や平凡タイプよりもずっとずっと高いところ。
諦めない強い心さえ持っていなければ、誰よりも強力な魔法を使えるようになるところ。
まあだいたいの者は途中で諦めてしまうのだが。このメリル・アンダートンに見い出されたからには諦めることは許さない。
「才能の塊……? そんなことがあるもんか」
興奮する私とは真逆に、アルベルトの顔は暗く曇ってしまっていた。
才能がないと追放されたばかりだものね。しまった。興奮しすぎて順番を間違えた。
「嘘じゃないわ。私を信じて、私の言うことを聞けば、あなたは世界最強のひとりになれる」
「悪いけど信じられない……僕はクズなんだ。王家の面汚しなんだ。生きている価値なんてないんだ……」
どれだけひどいことを言われてるのよ。
「ねえ、アルベルト君、見たくない? 君を馬鹿にしたやつらが吠え面をかくところ」
「な……そんなことあるはずが……」
「見返したくない? 君を落ちこぼれだと思っている人たちを。戻ってきてくれとか言わせたくない?」
「そんなことができるわけ……」
揺らいできている? チャンス。
「手に入れたくない? 名声、喝采、嫉妬羨望の目!」
「君は邪悪だなっ?」
「負け犬に言われたところでね」
痛くも痒くもない。少しへこむだけだ。
「でも、あなたは本当に可能性の塊よ」
「下手な慰めはやめてくれ。僕には本当に才能がないんだ……王家の血を継いでいても、凡才どころか無能なんだ!」
「ないのは皆の見る目の方。私の眼は言ってるわ」
すっ、と自分の赤い瞳を指さす。
「あなたなら、魔王だって倒せるって」
大きく出過ぎたかも。アルベルトは明らかに引いてる。不審者を見る顔でこちらを見ている。
「あなたならできるわ。努力さえすれば」
「努力ならしてきたよ……」
「結果が出なかったのは、努力の方向性が間違っていたからよ。無駄ではないけれど、効率の悪い努力ね」
不敵に笑う。自信たっぷりに。
「私が、あなたの才能を開花させてあげる。私を信じなさい!」
「……メリル嬢」
「メリルでいいわ。もしくはリーダー」
「リーダー?」
「あなたは私がリーダーを務める魔法総合研究同好会の、栄えあるメンバー第一号なの!」
そう、同好会。
この学園、誰でもクラブは作れるが、五人以下は同好会扱いで予算は降りない。学園からの依頼もFランク依頼しか受けられない。
メンバーが確保できていないのにクラブをつくるなんて変わり者のすることである。
「……まだ入るとは言っていない。けど」
青い瞳に、わずかに光が宿っていた。
「君がそこまで言うのなら、一度だけ信じてみるよ」
「ありがとう、副リーダー!」
「それは遠慮しておく。アルベルトと呼んでくれ」
権力欲がない。王族なのに。
「それじゃあ仮入部ということで。よろしくね、アルベルト」
◇◆
「あなたの適正は、ずばり火属性にある!」
「いや、それはありえないと思う」
同好会の部室――旧校舎の空き教室に移動しての初ミーティングでいきなりの否定である。信じるとはどの口が言ったのかな。
(鑑定結果は私しか知らないのだから、仕方ないけど)
アルベルトの火属性の限界値は、なんとSS。人類最強。勇者級の数値である。ただし現在はE。
限界値は、火SS、水F、地C、風B。
いまの数値は火E、水F、地D、風B。
火属性以外はほぼ頭打ちである。たぶん適正は風に有りと診断され、風を伸ばす訓練をしてきたのだろう。
「ぐだぐだ言わずに私の言うことを聞きなさい。はいこれ」
アルベルトの手に濁った白い石を渡す。
「火の魔力を通して」
「うわ、暖かくなった」
「それは魔喰石。魔力を吸収する石よ。放出できないから魔法道具としてはまったく使えないんだけど、魔力を注ぎ続ければ、透明度が上がっていって、輝きを増していくわ」
私からの課題は、持続的に魔力消費する訓練だ。鍛えることで魔力量も徐々に上がっていく。
「これがずっと熱を持つように火の魔力を注ぎ続けてね。寝る前には全部の魔力使い切ること。魔力切れで気絶できて即寝できるからお得よ」
「魔力切れまで? 大丈夫なのか?」
授業では魔力切れにならないように注意されているが、戦闘中ならともかく、この平和な空間で魔力切れで倒れようが、たいした問題ではない。この学園はいささか過保護すぎる。
いまは魔王のいない平和な時代だからだろうか。甘い。
「一晩寝れば魔力全快なんだから使い切らなきゃ損じゃない。若いんだから頑張れ頑張れ」
「同い年じゃないか……」
「あと、今日はそれをしながらここの魔方陣を消しておいて」
床にチョークで書かれている魔法陣を指す。
もちろん私が描いたものだ。
「それは何の修行なんだ」
「ただの雑用。モップとバケツはそこのロッカー」
「…………」
部室の端に寄せられた机、その上に高く積まれた本たちを指す。
「あと机の上の本。図書館に返してきて。全部」
◇◆
三日後。
アルベルトが入部してくれてから、部室は随分ときれいになった。彼は掃除の才能もあったのかもしれない。
渡した魔喰石の状態も毎日確認しているが、少しずつ濁りが消えてきている。私の言うことを真面目に実行している証拠だ。
「今日は魔力ぐるぐるレッスンを行います」
部室の真ん中に椅子を向かい合わせに置いて、向かい合って座る。
「手のひらを上にして、両手を出して」
アルベルトは素直に両手を出す。
右手の方を、自分の左手で握る。緊張が伝わってくる。
「右手の方に魔力を送り込むから、反対側の手から私に魔力を送り返して」
魔力の教導というものだ。
ふたりで円環をつくり魔力を循環させることで、操作性を高めるとともに、より大きな力に慣れていけるようになる。
「最初はなんとなくのイメージでいいから」
「あの……」
「はい。目を閉じて集中」
そわそわしているアルベルトに喝を入れる。
最初は魔力は入れず、意識だけアルベルトに流し込む。やがて呼吸のタイミングが合ってくると、少しずつ魔力を流す。
流すとすぐに帰ってきた。筋がいい。
「うん、いい感じ」
魔力を流し、受け取る。ぐるぐる、ぐるぐると。
血と共に、魔力が巡る。身体がだんだん暖かくなってきた。
アルベルトの耳も赤い。
「はい、終わり。じゃあ次はお勉強の時間ね」
手を離すと、アルベルトはほっとしたように大きく息を吐いた。
まだ緊張してたのか。
椅子を片付け、黒板の前に立つ。
まずは炎魔法の基本中の基本、ファイアボールの術式を叩きこむ。
基本中の基本なのでもちろんアルベルトには知識はあったが、術式の意味を丁寧に教えていく。
模様のようなものは古代文字で、そのひとつひとつに意味があること。
発音もちゃんとあり、続けて発すると火の神への賛歌となること。
意味なんて知らなくても、丸暗記で発動できるんだけど、深く理解した方が愛着も沸くというものよ。
さらに三日後の放課後。
(さて、そろそろこの辺りで練習の成果を見せてあげないとね)
炎魔法を使うことは禁止しているので、自分がどれだけ伸びているかアルベルトは知る由がないだろう。
私は鑑定眼でこっそり見ているから、どれだけ伸びているかわかるけど。
本人に見せるのは、ほんの少しの成果でいい。
これまでのことが無駄な努力ではないことを教え、自信をつけさせるための、ほんの少しの成果で。
(何かいいイベントはないかしら)
私と勝負して勝たせる?
うーん、微妙。オールCランクに勝ってもきっと嬉しくない。アルベルトはもともと風属性はBランクだし。
――よし。
「アルベルト、外に出ましょう」
部室に入ってきたばっかりのアルベルトにそう言って、部室を出て旧校舎の裏に向かう。
旧校舎の裏には、ほとんど使われていない演習場がある。
設備は古いが、建物の陰になっていて人目に付かないので穴場なのだ。
校舎裏の怪談の森より明るく、いいことづくめである。
「はい、ぐるぐるするわよ」
「こ、ここで?」
「誰も見てないから大丈夫。ほら、手を出して」
いまさら渋っているアルベルトの手を無理やり握る。
「私が合図したら手を離して、あそこの魔法岩にファイアボールをぶつけて」
魔法岩にはアンチマジック機能がついていて、魔法をぶつけられるとそれを打ち消す魔法が自動で発動する。そしてどれくらいレベルの魔法を打ち消したかが表示される、とてもわかりやすい訓練道具だ。
しかしここの魔法岩は表示機能が壊れているので、だからこそほとんど使われていないのだが。
いつものように円環をつくり、魔力をぐるぐると回して。
ぐるぐる回してぐるぐる回して。
いい感じに魔力が高まってきたら。
「ゴー!」
合図とともに手を離し、魔法岩に向かって手を伸ばし。
火球が生まれ、飛んでいく。
お手本のようなファイアボール。
魔法岩のアンチマジック機能が発動し、シールドが火球を包み込む。
爆発音と共に火球が激しく弾け、閃光が一瞬煌めき、魔法の余波が地面を揺らした。
「すごい! すっごくいい感じ! もうCランクにはなってるわよ!」
予想以上の威力に興奮する。
「そんな……いくら努力しても上がらなかったのに」
アルベルトも呆然としている。
ちょっと前まで火属性はEランクだったもんね。驚くのも当然。
きっとこれからはもっとやる気になってくれるはず。
「目指せSSランク!」
「いやそれは流石に無理だろう?」
「あなたならできるわ。私、信じてる!」
炎魔法は怒りを制御することが威力アップにつながるから、もっと怒る訓練をさせてもいいかも。
アルベルトの穏やかな人柄だと難しいかもしれないけど。
火属性の才能が有るんだから、性格的にもそういう部分も持っているはずだけど。
「どうしたの? そわそわして」
「い、いや、こんなところで二人きりなことを婚約者に知られたら、誤解されるんじゃないか」
「婚約者がいるの?」
「僕はまだいないけど、君が」
「私も婚約者はいないけど。フラれたから。才能のない平凡魔法士はいらないって」
貴族は血を尊ぶ。
魔法の才能は血で決まり、才能のない人間を一族に迎えると血が弱くなると言われている。
そのため貴族はより魔力の高い血を求め、魔法の才能がないとわかれば離縁や婚約解消することもめずらしくはない。
「そんなことで――」
「いいのよ。侯爵夫人なんてガラじゃないし。それに私、夢があるし」
「どんな夢なんだ」
「誰にも秘密よ。私は、人の本当の才能がわかるの」
「ああ……それは、本当みたいだ」
「私の夢は、才能があるのにそれを開花できていない生徒たちを導いて、最強のクラブをつくること……そしてその実績を引っ提げて将来王宮に就職すること! これが私の夢!」
王宮の魔法師団の事務方とか補佐役のあたりがいいわね。前線に出ない暇なところに行けたら最高。
鑑定眼スキルを使って個別育成方針とか組んでもいいし。
魔法学園で教師になるという道もあるにはあるけど、才能ないと厳しいからね、これは。
「王宮勤めか……合ってるような、似合ってないような」
「似合ってなくてもいいの! 安定した堅実でお給料のいい生活が送れれば!」
「実績づくりのために僕を誘ったわけか」
「それもあるけど、あなたが追放された話を聞いたとき、ムカついたのよ」
「なんで関係のない君が?」
「なんとなく!」
アルベルトが笑った。爽やかで、優雅な、王子様のような笑みだった。
「メリルは優しい人なんだな」
◇◆
そしてついにその日はやってきた。
定期試験である。
魔法学園では知識を問う筆記試験と、実力を問う実技試験が定期的に行われる。
実技試験は魔法岩に好きな魔法をぶつけて実力を測定するだけ。とてもシンプル。
演習場で私はいつも通り全身全霊で風魔法を魔法岩にぶつける。C評価。
「やっぱりお前はこんなものだったな」
「はい、こんなものです」
既に試験が終わっている元婚約者のザガートが一番に駆けつけてきてねぎらってくれる。
「俺はもちろんA評価だ」
「さすがね」
ザガートの風魔法はいずれSまで伸びる。そろそろ特級クラスに行って白ローブを賜り、将来はSランク魔法士として活躍するだろう。
私は永遠のC。どれだけ努力してもこんなもの。
やっぱりこの世界のシステム、青少年の健全な成長に悪影響じゃない? 拗ねるよ。
「父上は何故か渋っていたが、婚約破棄して正解だったな」
「ええ、お互いに」
元婚約者の父は私の前世の弟子のひとりである。
どうやら私が生まれたときに、私の正体に気づいたようで、うちの両親に頼み込んで生まれたばかりの私と自分の息子と婚約させたらしい。
「……お前は本当に可愛げがない」
「私は嫌いじゃなかったわよ。あなたのこと」
単純でわかりやすいし。
できたらこれからも幼なじみとしてのコネだけは残してほしい。
「それはどういう――」
「あ、アルベルトの番だ」
前に出て、一番よく見えるところに移動する。
あれからはいままでよりも熱心に修行をこなしていって、魔喰石も赤い宝石のようになっている。
アルベルトのいまの実力を見たらみんな驚くだろう。とても楽しみ。
アルベルトがこちらを見る。真剣な表情で。
一瞬、目が合った。
それは普通のファイアボール。
基本に忠実で、とてもきれいな魔法だった。火の神の祝福を得たかのように、安定していて、激しくて。
とてもアルベルトらしいと思った。
流星のような激しい炎は、尾をなびかせながら魔法岩にぶつかり、弾けた。
轟音が演習場の空に響き渡り、余波の風が強く吹き抜ける。
そして私たちは信じられないものを見た。
魔法岩が粉々に破壊されていたのだ。
こんなことは前代未聞。もちろん測定不能のため評価は保留だが、SだとかSSだとかの噂が広がってしまって。
アルベルトは一瞬で伝説になってしまったのだ。
◇◆
それからはもう大騒ぎだった。
才能なしと言われたアルベルトの魔法の威力に、生徒も教師も大わらわ。
さすが王家の血を引いていると、みんなが手のひらを返したように称賛してて、私も鼻が高かった。
でも血のおかげだけじゃなく、たゆまぬ努力があってこそだと知っているのは、きっと私と本人くらい。
それにしても、能力値的にはまだBくらいなのに、あの時の魔法はSランク以上の威力が出てたのはどうしてだろう。
よっぽど調子が良かったのか、もしかしたら怒りの感情が動いたのかも。
見返したい、という強い気持ちが働いたのかも。
とても良い傾向だ。
昼休み。
「今日はお祝い、私のおごりよ。どんどん食べて」
仲間にいい事があったらたくさん食べてたくさん飲む。これも前世からの習慣だ。
学生食堂での、学生だからエールもないささやかな宴会だけど。
ああ、他の生徒たちの視線を感じる。噂されているのを感じる。とても気持ちいい。アルベルトが認められたってことだもの。
「アルベルトさん」
学生の群れが自然と割れる。特級クラスにしか許されない白のローブを着た女生徒が、こちらにやってくる。
学園の有名人。Sランククラブ『星辰の杖』の部長、イライザだ。
才能も実力も白ローブにふさわしいと学園全員が認める才女で超美人。
儚げだが芯が強そうな雰囲気が、前世の仲間だった聖女そっくりだ。
それもそのはず。この銀髪紫眼の美人、スキル『聖女』持ちである。いまはまだ発現していない潜在スキルだが。
近い将来、聖女として活躍することは間違いない。
「イライザ先輩、僕になにか?」
アルベルトは立ってイライザと向き合う。
かつて追放した側とされた側が。
それはもう注目の的である。ものすごい視線の数が私達に集中している。
ねえちょっと場所変えない?
「試験の結果を耳にしました。わたくしは己の見る目のなさを痛感しています……あなたの才能を信じられず、ひどいことをしてしまって、本当にごめんなさい」
「いえ、そのことはもう――」
「いまさら、勝手なことを言うと思うだろうけれど、もう一度戻ってきてはもらえないかしら」
「何を勝手なことを!」
あ、私が言っちゃった。
思わず立ち上がって言っちゃった。
まあいい。言うべきことは言う。一度言いたかったし。
「アルベルトはうちのメンバーよ。一度は見捨てたくせに随分調子がいいんじゃないかしら」
「そちらは同好会でしょう?」
よくご存じで!
「同好会のままでは、学園から受けられる依頼も薬草の収集ぐらい。それではアルベルトさんの才能を腐らせてしまうだけ。アルベルトさんの才能を生かせるのは、わたくしたち『星辰の杖』だけだわ」
「ぐぬぬ……」
正論で滅多切りにされて唸る。が、まだ引けない。
「ランクは関係ない。あなたたちのやり方が気に入らないの。人を傷つけ追い詰めたことを、もっと反省するべきじゃないの」
「はい、もちろん深く反省しています。アルベルトさん、本当にごめんなさい」
「……ふんっ、まあいいわ」
いまいち気に食わないが反省はしているようだし、イライザの言うことはもっともだ。
どれだけ才能があっても、経験を積まなければ実戦で役には立たない。レベルが足りない、という状態である。
これからメンバーを集めて、正式なクラブに昇格して、大きな依頼を受けられるようになったとしても。
リーダーの私は永遠のCランク。いつかSSランクになるアルベルトの足を引っ張るのは間違いない。
だから、仕方ない。
「――イライザ先輩、メリルは僕を変えてくれたんです」
あ、バカ。
アルベルトの後ろに回り込み、どんっと背中を押して聖女イライザに突き出す。
「実験は終了よ」
「実験……だって?」
「そうよ。私、あなたで実験をしてたの。実験は成功。私の可能性を実証できたから、あなたはもう用済みよ。どこへなりとも行きなさい。星辰の杖でも他のSランククラブでも、どこでも」
そして私は二人に背を向け、颯爽と食堂から去る。周りの生徒たちの義憤や哀れみの視線が染みる。
あーあー、とっても格好悪い。これこそ負け犬の遠吠えね。あーあー。
でもこれでいい。
アルベルトはいつか魔王が復活したとき、主力討伐メンバーとして活躍するくらいの才能を持っている。
私の元ではせっかくの能力が生かせないし、経験も溜まらない。アルベルトのことを考えればこれが一番いい選択。
王子様にこんな態度取って将来大丈夫なのか、それだけが少し心配になるけど、まあきっと何とかなる。アルベルトは優しいし。
「なんて人なのかしら。アルベルトさん、あんな薄情な人のことは忘れた方がいいわ」
聞こえていますよ聖女様。
あなたが言うのか聖女様。
まあ私も同じことしちゃってるわけだけど。
「さあ、行きましょう。わたくし達のいるべき場所へ」
うん、さようなら。
結構楽しかったよ。ありがとう。
言葉には出さずに、振り返らずに、歩いて去る。いい女は振り返らないものだ。
「さて、新しいメンバーを探さないとね」
人の気配がなくなってから、己を奮起させるため呟く。
それにしても正式クラブ昇格には遠いなぁ。あと三人があと四人に逆戻り。
「ん? ちょっと待って」
気づいてしまった。
いま、気づいてしまった。
追放された落ちこぼれを育成したら、自分に相応しいランクにまた移動するのが普通だから、いつまでも当同好会のメンバーは増えないのでは?
「構造的欠陥……!」
◇◆
放課後、いつものように部室に向かう。構造的欠陥に悩んでも仕方ない。とりあえずいまはメンバーを増やしていかないと。
部屋に入ろうとすると、アルベルトがいた。いつもと同じように、モップで魔法陣だらけの床を拭いていた。
首をひねる。私、昨日に戻ってるのかしら。いやまさか。
「どうしたのアルベルト。律儀に最後の掃除?」
平静を装い、中に入る。
「僕はここのメンバーなんだから、ここにいるのは当然だろ」
予想外の言葉に面食らう。
「君だけだと掃除しないから床が落書きだらけだし、貸出期限が切れた本もそのままだし、提出の必要のある書類もほったらかしだし、下手したらここで寝てるし」
床をモップで磨きながら、ふう、とため息をつく。
「副リーダーとしては見過ごせないな」
「それって……」
聞きかけて、言えなくなる。
込み上げてくるもので胸が詰まる。
「……私、ひどい人間よ」
実験は本当だし。才能なしと言われた人の才能をどれだけ伸ばせるかって。
「知ってる。君は邪悪で優しくて嘘つきで。そんな君を、僕は信じてる」
「…………」
どうしよう。
何も言えない。目元が熱い。なんだかわかんないけど、涙が出そう。
泣いてしまいそうなところを、ぐっと堪える。
アルベルトがこちらを見て、嬉しそうに笑っていた。
「なによ」
「案外可愛いところがあるなって」
「い、い、いい性格してるじゃない。そんなに鍛えてほしいのなら最強にまで鍛えてあげるし、死ぬかもって経験もたくさんさせてあげる!」
「はは、お手柔らかに頼むよ……」
アルベルトは少し困ったように苦笑する。
私の言うことを疑っていない。信じてくれている。
(あーあ……私としたことが)
人の未来も才能も、数値通りには行かないって、自分が言っていたのに。一番縛られていたのは私だったということか。
――また、努力してみようかしら。
才能はCランクでも、ただのCではなくて全属性Cだもの。組み合わせや工夫次第で、私ももっと強くなれるかもしれない。
そうよ。可能性は無限大。リーダーの私が可能性を信じなくてどうする!
「アルベルト、私、夢を少し変えるわ。私が、私こそが世界最強のパーティをつくってみせるって」
「ああ、それはとても君らしいな」
「それじゃあ、次のメンバーを勧誘しに行くからついてきなさい!」
晴れ晴れとした気持ちでアルベルトに手を差し出す。
メリル・アンダートンはもう止まらないんだから。
読了ありがとうございました!
もしよろしければ評価を入れていただけますとこれからの励みになります。
よろしくお願いいたします!