99.転送のデメリット
一方の『物体転送』というSランクスキル、強大な力を持つ彼――生駒聖斗は、戦禍の草原の茂み、その影で吐いていた。
「うえ、おええええぇぇぇぇッ!! ……はあ、はあ……」
あまりの気持ち悪さに、気が狂ってしまいそうになる。そもそも、何故このような事態に陥ったのか。それは、自分自身を『転送』したからだった。
物体転送は、落ちている瓦礫やナイフなんかに使っている分には何も感じない。しかし、生きている物に使えばどうなるだろうか。
確かに、移動は出来るかもしれない。ただし、一瞬で転送先へと移動する際に強烈な負荷が掛かる。よって、乗り物酔いを何十倍にもしたような気持ち悪さが襲いかかってくるのだ。
それは、距離に比例して気持ち悪さが増えていく。数センチ先へ移動するだけなら、まだ耐えられる気持ち悪さだが、今回のように十メートル以上も先の茂みへと飛ぶとなると話は別だ。
何度か試した結果、何とか立ち続けられる限界が50センチ。それでも気持ち悪さが襲ってくるし、後ろに飛んだ方が手っ取り早い気もするので、戦闘では実質使えない。今のような緊急時に使うくらいか。
「……はあ、はあ、はあ……やっと治ってきたか……しかし、しばらくはこの場所もバレる事は無いだろうしもう少し休ませてもらうか……」
何とか立ち上がれそうではあるが、余裕がない。ただ、同時に嫌な予感もする。
クリディアや前回リディエを攻めた時にも見ていたが、あの二人は特別なスキルなんかを持たないものの、それでも十分な脅威ではある。
Sランクや、リディエでの戦いの最中に突然現れた『魔王』と呼ばれていたドラゴン。そんな連中に匹敵するほどではなくても実力者だ。そんな二人が、こんな目と鼻の先にある茂みにいるのを見逃すのだろうか。
――その直後。隠れていた茂みの先から、高速で何かが向かってくるのを感じた。彼は後ろへと下がろうとするが、上手く体が動かない。向かってきたのは――靴。
彼を蹴り飛ばそうとする褐色肌の女戦士、レインの蹴りだった。
そのまま後方へと飛ばされた彼は浮かび上がり、地面へと叩きつけられる。ドスン、ドスンッ! と、二度転がり、その先で彼は転がる衝撃で、さらに気分が悪くなり――
「やはりニールの言った通りだったか。随分と具合が悪そうじゃないか? どうやらこれがデメリットらしい」
そう言い放つレインを、虚ろな目で見る彼は――もう反撃の余裕すらも残っていなかった。
「デメリットがあるとすれば隠れてやり過ごそうとする。近場の隠れられる場所を探すだけ」
ニールは冷静に分析し、その場所を言い当てた。分析力と戦闘力、どちらも併せ持つのが彼で、例え相手がSランクだとしても持ち前の力で超えられる、そんな男だ。
「アタシらを容赦なく刺し殺そうとしたんだ、分かっているな」
レインは冷酷に言い放つと、立ち上がる事もままならない彼の元へゆっくりと近づき、剣を向ける。
その剣から逃れるには、再び自分を転送するしか道はない。しかし、ここから見つからない場所へと飛ぶとなると、数百メートル、それ以上遠くへと飛ばなくてはならないだろう。
10メートルほど飛んだだけでこれなのに、今の何十、何百倍もの気持ち悪さが襲ってくる。そう思うと、自身をこれ以上飛ばすことなど……出来るはずもない。
それが分かっていて、レインはゆっくりと、歩いていく。
「街を壊し、民を殺したその罪。死で償えるだけ幸せだと思え」
レインは言い捨てると、心臓部に向けて両手で握る剣をグサリと突き刺した。
本当は、ここで簡単に殺して楽になるなど、許しがたい。殺した人数分だけ、苦痛を与えたい。……しかし、そんな余裕がないのも事実。Sランクという敵を生かしておいて、作戦に亀裂が生じればそれまでだ。
「さてニール。あとはこの死体を『死者蘇生』から守り抜くだけだ」
……焼き焦げて粉々になった死体でさえも、その人の一部であれば生き返らせる事が出来る、化け物じみたスキル。ただし、それ自体は戦闘力を持たない。死体にさえ近づかせなければ良いだけの話。
あとは別の場所で戦う仲間の勝利を信じて待つのみだ。




