96.人間へ戻っても
「『節約』さえ出来れば、以前のようにとは言わないが飛躍的に効果は上がる。今言った通り、脳内で構築する魔法式をこの法則で簡略化すれば使用する魔力は微力ながら抑えられる訳で――」
「なるほど……でも、これを一気に適用するのは……」
「慣れとしか言いようが無いな……一見別物に見える簡略後の式も、こうして見れば――」
「……そっか! 少しだけど分かってきたかも!」
……前線基地の一室で、高位の魔導書を理解し、高度な魔法を使える者にしか分からないような、異次元の会話を繰り広げる二人。
魔王であり、当然魔法のスペシャリストであるプレシャと、趣味として魔導書を漁りまくっていたらいつの間にか上級魔法まで覚えてしまっていた唯葉。
彼女は、時間がある時によくプレシャに魔法について教えてもらっていたりする。そして今も、プレシャによる『魔力の節約術』について教わっていたところだ。
そもそも、魔法というのは魔法式を組み上げ、脳内で魔法を形成。そして詠唱を行い、魔力を用いて現実世界へと実体化させる。これがこの世界でいう『魔法』で、魔導書はその式を組み上げるためのレシピといった所。
プレシャが言っているのは、そのレシピの冗長な部分を省いて簡略化すれば、魔法式の複雑さに比例して増えていく魔力を抑えられる訳で、ただ節約するだけではなく、節約した分の魔力を火力へと回す事だってできる。
それさえマスターできれば、失った火力を少しでも取り戻せるのだが……それがなかなか難しい。
「まあ、一日二日で習得できるような技術ではないからな……気長に練習を重ねると良い――」
「――『サンダー・シュート』ッ!」
そんなプレシャの真横を、一本の雷撃が通っていった。その雷撃は、さっき見たよりも力強く、高速で通り過ぎる。
「――危なッ!? 完全に油断していたぞ……」
「ごめんなさいっ、まさかいきなり出るとは思わなくて……」
プレシャは、突然の雷撃に驚きつつも、その雷撃をしっかりと観察していた。……確かに、さっきよりも威力が上がっている。まだ改善の余地はあるが、さっき教えたとは思えない出来栄え。
「しかし、我のアドバイスだけでこんなにも早く習得してしまうとはな……飲み込みが早すぎる」
「感覚で試してみただけで。でもプレシャさんのアドバイスがイメージしやすかったからすぐに実践できました」
特別、教えるのが上手い訳ではない。部下の魔人たちに教えても、習得できない事だって珍しくないし、こんなにも早く実戦レベルまで使いこなせるようになったのは初めてだ。彼女には、魔王であるプレシャですら計り知れない魔法の才能が眠っているのだろう。
さらに、唯葉は努力家だ。プレシャのような長命であれば、魔王である彼女ですらも抜かれてしまうのではないかと、不安に思う。
「節約した魔力をさらに火力に変換した、その部分の魔法式がまだ不安定なのだろうな。我が教えた部分だけでも、もう少し火力増加が見込めるはずではあるのだが……。まあ、ほんの一時間でそこまで覚えられれば、上出来って域を超えている。使っているうちに体で覚えてくるだろうから、今日はこの辺で終わりにしよう」
「そうですね。もう良い時間ですし……。プレシャさん、付き合ってくれてありがとうございました!」
グランスレイフでも、寝たきりの彼女でも魔法を教えるくらいは出来たので、こうして何度も唯葉の魔法の特訓に付き合っているのだが……不思議と悪い気はしない。むしろ、どんどん成長していく彼女を見て、プレシャは微笑ましく思う。だから、やるべき事が残っているのを覚えていたとしても、特訓には付き合っていただろう。
「……我も、その成長振りに興味深い物があるからな。それに、お前を見てると不思議と応援したくなるのだ。だから気にするな。いつでも呼んでくれ」




