85.Sランク『加速装置』
――パンッ、パンッ!!
乾いた銃声と共に、二発の銃弾が駆け抜ける。その先には、一人の人間が立っていた。
金髪で、スラっとした体格の男で、このリディエに攻撃を仕掛けてきた集団をまとめる、リーダー的存在の男だ。
二発の銃弾は確かに彼の体に命中した。しかし、そこから血が噴き出るようなことも、倒れることもない。銃弾は、彼の体に触れた途端勢いを失い、地面へと落ちていく。
「『加速装置』。触れた物の『速度』を自在に変えられるスキルらしいな。手でも足でも背中でも、例外はない。つまり、いくら撃ち込んでも無意味という訳だ」
「く……『第三次召喚勇者』を束ねるだけの力はあるかもしれない。でも、この世界では私たちが先輩という事を教えてあげないといけないわ」
銃弾が効かない相手。とんでもない怪物を前にして、それでも冷静さを欠かないのは彼女の強みだろう。Sランクスキル『物質錬成』を操る黒髪の女性、水橋明日香は考える。
(速度を自在に操れる……なら、速度の無い攻撃が出来れば良いのだけど、速度が無い攻撃って? 物理的な攻撃では、必ず速度が伴ってしまう。一体どうすれば……?)
考えれば考えるほど、目の前の敵がどんどん大きく感じてしまう。
「水橋さん。ここは私がいくよ。このスキル、今までは役立たなかったけど……今が使いどきじゃないかな」
「駄目よ! 自分が何を言っているのか、分かっているの!?」
そう言う赤髪の少女、神崎あかねのスキルは『痛覚共有』。いるだけで迷惑になる、という事は無かったので追い出されるまでは行かなかったが、周りと比べれば充分なハズレスキルだろう。
そのスキルの効果は、受けた痛みを相手にも同じだけ与えるというもの。攻撃を受けるか、自傷しなくてはならないため、今までにそのスキルが活躍した試しは少ない。
つまり、彼女が何をしようとしているか。――相討ちだ。
「もう、この方法しかない。どんな攻撃も無効化しちゃうアイツに対抗できるなら、私のスキルしかないから……」
「絶対に駄目。まだ突破口は……あるはずだから。自分が犠牲になればみんなを助けられるなんて考えは絶対にやめてちょうだい。もう、これ以上仲間を失いたくないの」
相手の元へ向かおうとした神崎あかねは、足を止めると……。
「……ごめん。でも、どうしろって言うの? だって、あんなのとマトモに戦って、勝機なんて全く見えないよ」
それを言われては、水橋明日香はこれ以上なにも言えなくなってしまう。それは、彼女も同じことなのだから。誰の犠牲もない勝ち筋なんて、最初から存在しないのかもしれない。
……それでも。神崎あかねを犠牲にしてまで、勝利を得たいとは思えない。思えるはずがない。だって、前のクリディアでの戦いの時で、何度もこの目に焼き付けてきたのだから。……仲間が殺されていく瞬間を。
これ以上、そんな瞬間を目の当たりにするくらいなら今ここで死んだ方がマシだと、本気で思う。
――その直後。ビュウウウウゥゥゥゥゥッ!!
激しい風を切る音と共に、一本の細枝が飛ばされ――グサリッ!
「――があああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
水橋明日香の右肩に突き刺さった。彼は、落ちていた枝を持っただけで。任意の方向へと、超速で正確に飛ばすことが出来る。
数多くいる『第三次召喚勇者』のSランクの一人。それは同じSランクであるはずの水橋明日香でさえ、手も足も出ない。本当に同じランクなのかと疑ってしまうほどの異次元の強さ。
――勝てない。
そう思った瞬間。
――ギイイイイイィィィンッ!!
どこからともなく、突然起こった紫色の爆発に気をとられ、互いに身を引いた。
そして、甲高い音と爆発の発信源には――
「……何だあれは」
「あれって……あの時の!?」
「魔王……だったかしら」




