66.人間と魔族
魔王城という名のビルの最上階。霞んで下が見えないような高さの部屋で、魔王城の主プレシャと俺たちは話をしていた。
「人間に戻す術を持つラヴビーとの話は、我が進めておこう。それまではこの魔王城に泊まれば良い。我らの危機を救って貰った恩人だ。……粗末な扱いなど、できる訳がなかろう」
本来なら、あのままこっそりとグランスレイフに潜入をして、それからどうするか……手詰まり状態ではあったのだが、何故かトントン拍子で物事が進んでいる。
そもそも、魔族と話が出来ているのが奇跡に近い状況なのに、さらに唯葉を人間に戻す手がかりから、その仲介までしてもらっている。
良かったと思う反面、何か裏があるのではないかと少し怖くなってくる気もする。
ともあれ、物事が円滑に進んでくれるのはありがたい。ここまで色々と苦労してきた積み重ねが、やっと報われたような気分だ。
「そういえば」
俺はふと、気になった事を思い出したので聞いてみる。
「どうして魔王であるお前が、あのクラーケンに襲われてたんだ。同じ魔族で、仲間じゃないのか?」
「あのクラーケンも魔物だ。我や魔人とは違い、知性を持っていない。我も魔物を操る術を持たない訳ではないが、それは我が産み出した魔物に限る。知性がなく言葉もなにもかもが通じない魔物は、同族である我らも脅威なのだ。……そもそも、人間に戦争を仕掛けた原因がこれなのだがな」
プレシャの付け足したようなその言葉に、俺は続けて、
「これって……あの戦争と魔物の脅威に、何の関係があるんだ?」
プレシャは一つ、ある石の名前だけを言い放つ。
「……『知性の原石』」
聞き覚えのない単語に俺は首を傾げていると、プレシャは続けて話す。
「人間に知性を与えたと言われている石だ。今もヒューディアルのどこかに眠っているだろう。……それがあれば、魔物にも知性を与え、我らのように文明的な生活を送ることも可能となり、さらなる魔族の発展に繋がると考えたのだ。……貴様ら人間が、我らのような高度な文明を手にする為に、魔石を求めたのと同じような理由だ」
「そうだったのか。……戦争ではああして戦ってはいたけど、何故攻めてくるのかも知らなかった。五百年前の戦争……というのも、少し聞いたことがあっただけで詳しくは知らなかったからな」
五百年前に、人間側から仕掛けた『魔石』を巡る戦争。
そして今、魔族側が仕掛ける『知恵の原石』を巡る戦争。
どちらも、さらなる発展を目指したもの。……俺は思う。
「それって、互いに分け合う事は出来なかったのか。魔石に、知恵の原石。互いに足りないものを分け合う事ができていたら、戦争なんて起こらなくても済んだんじゃないのか?」
「我も、戦争なんて強引な方法を取らなくても良いならそうするだろう。しかし、魔族と人間の壁は厚い。言葉や感情は通じても、種族が違うだけで互いにいがみ合う。……とても穏便な解決など、出来るはずがないのだ。それが二つの種族に分かれた瞬間から決められた、運命なのだからな」
本当にそうなのだろうか、と思う。だって、成り行きだとしても、今こうして人間である俺たちと、魔族であるプレシャが話せているのだ。だから、ちゃんと話せば、互いに分かり合えるはずなのに。
種族の違いという高い壁がそれを阻んで、争い殺し合ってしまう。……そんな事から、戦争が始まってしまうのか。
「我らは人間よりも遥かに強い。……故に、恐れられた。化け物だと石を投げられて、武器を向けられた。……無理なのだ、魔族と人間が仲良くするなんて事はな」
「……ひどい。あの船じゃ、さっきまで戦っていた私たちを受け入れてくれるほど、みんなは心が広いのに……」
「まあ仕方がないのだ。確かに、人間からすれば我らは『怪物』だという事は分かっている。……我だって、人間から見た魔族のように、遥かに強い相手を前にしたら同じ事をする」
「……何とか、戦争を起こさずに穏便に終わらせる方法は無いのだろうか」
これ以上、誰も死ぬ事なく戦争を終わらせる。……それが、魔族を大量に殺してきた俺たちが出来る、唯一の贖罪かもしれない。
人間と魔族が、仮に仲良くできれば……二つの種族を、繋げることさえできれば、もうこれ以上戦争は続けなくても済むのだろう。
……しかし、そんな事が簡単にできれば、こうして戦争にはならなかっただろうしと、俺は頭を悩ませた。




