62.無力な魔王
「我が本調子でない時に、魔物に出くわすとはな……それも、よりにもよってクラーケン……」
魔人を率いる長である魔王、プレシャ・マーデンクロイツは、目の前の大きな敵に、息を呑む。
……いや、本来ならこの程度の魔物、魔族の王である彼女には余裕なのだが。
先の戦いで力を使い果たしてしまい、彼女の強さを百パーセント発揮できるあの竜の姿には変われない。
……しかし、この姿であっても。根本的に彼女は魔王である。あの竜の姿を使わずとも。そこらの魔人よりも、頭一つ飛び抜けた強さを持っている。
「確かに我は力を失っているが……それでも魔王である我に喧嘩を売るとは、いい度胸だなッ」
彼女は言うと、イカのような魔物――クラーケンを囲むように全方位に、紫色の魔法陣が数十と現れる。
そして一つだけ、彼女の目の前にあった魔法陣に向けて――ギュイイイイィィィンッ!! 耳を刺すような激しい音と共に、全てを焼き尽くすレーザーを放つ。
レーザーは魔法陣を経由して数十に分かれて、全方位からクラーケンに穴を開ける。……はずだったのだが、
「グギイイイイィィィィィッ!!」
クラーケンは、魔王である彼女のレーザーを全て直に食らい怯みはするが、それでも明確なダメージは入っていない様子だった。攻撃を受け切ったクラーケンは、痛くも痒くもないとアピールするかのように、咆哮を放つ。
他の魔人たちも、それぞれ思い思いの魔法を撃ち込むが、数多くの魔法と武器が束になっても、クラーケンはびくともしない。
「流石は『海の支配者』と言った所だな。この程度の攻撃、モノともしないか」
クラーケンは、海に棲む魔物の中では、別格の強さだ。それで付いた呼び名が『海の支配者』。
……そもそも、魔人を統べるプレシャには、海ごときを支配しているクラーケン如き、敵ではないはずなのに。そんな、力不足である悔しい気持ちをぶつけるように、クラーケンの元へと飛び込んで、魔法陣越しではない、本当の右拳を振るう。
そんなプレシャを、クラーケンはたった一本の足で受け止める。彼女の勢いは止まり――バシィッ!! はね返し、船上へと叩きつける。
「クソッ、この我が、こんな所で……ッ! はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
再び立ち上がったプレシャだったが、そこにクラーケンの足が一本、勢いよく振り下ろされる。
それを何とか受け止め抑え込んだが――相手の足は、一本ではないのだ。残り九本の足が彼女を狙い続ける。
「クソッ、ここまでなのかッ! 我は、こんな所で……ッ!!」
「……プレシャ様を助けろーッ!」
「「おおおおおぉぉぉーッ!!」」
周りの魔人たちも、プレシャが何とか抑え続けている太い足に総攻撃を仕掛ける。
しかし、足の勢いが止まらない。総員で一本を何とか相手にできるというのに、それが合計十本も。……どちらが優勢なのか、言うまでもないだろう。
――もし、その場にいるのが、魔族だけならば。
九本の足がプレシャと魔人たちに襲い掛かろうとした瞬間、九本の足は文字通り爆発した。
その爆発が放たれたのは――プレシャと魔人たちからではない。それよりも後ろからだった。
そこには。――二人の人間が立っていた。ヒューディアルで、戦火を交えた人間で、プレシャをここまで追い詰めた存在。
つまり……梅屋正紀に、梅屋唯葉の姿だった。




