61.とある船の一室で
「……暑い……、水ぅ……」
「これが最後の一本だ。……かなり時間も経ったし、そろそろ着いてもおかしくない気はするんだけどな」
ひそひそと、小さな声で二人の兄妹が話す。それは、とある船の積み荷の、大きめの木箱の中からだった。
薄暗い木箱の中、二人の兄妹は息を潜めながら、その船が着くのをひたすらに待っていた。
大きめの木箱……と言っても、二人入れば十分に狭い。その中に二人の男女がいるとなれば、過ちが起きてしまってもおかしくない状況ではあるが、それはまずないだろう。何故なら、彼らは兄妹であるからだ。
外の様子が見えないので、どれほどの時間が経ったのかは分からない。もう一週間経ったのかもしれないし、まだ三日も経っていないのかもしれない。
何故こんな事をしているのかと聞かれれば、答えは一つ。魔族の住む大陸、グランスレイフへと行くためだ。
そして、グランスレイフでの目的は一つ。魔人となった唯葉を元に戻す事。唯葉を魔人にしたのが魔人であるならば、直接聞きに行けばいい。それだけだ。
あの戦争が起こる前から、もしチャンスがあれば今のように、グランスレイフへと向かおうと思っていた。……流石に、ここまで上手く事が運ぶとは思わなかったけれど。
魔王との戦いで、紫色の巨大な爆発に巻き込まれる寸前だった俺は、間一髪のところで避け、唯葉を連れて今に至る。
船を手に入れて、直接向かえば良いとも思ったが、それは不可能に近かった。
そもそもこの世界では、人間の住む大陸があのヒューディアルだけなので船の必要性が無く、よって造船技術も皆無に等しかった。飛行技術なんて、言うまでもない。
そして、仮に移動手段が手に入ったとしても、グランスレイフがどこにあるかなんて分からない。……なので。向かうとすればこの方法しかなかったのだ。
水筒に入った水を、ゴクゴクと飲む唯葉。いくら高いステータスがあっても、水と食料が無ければ生きていけないのだ。……もう水のストックは無いので、そろそろ到着してほしいのだが……。
この船に忍び込む際にチラッと見かけたのだが、どうやらあの魔王、プレシャ・マーデンクロイツは完全に倒せていなかったらしい。
撤退したという事は、ある程度のダメージは与えているのかもしれないが、それでもあの存在は十分に脅威だ。それも、敵地のど真ん中で戦うなんて、想像もしたくないのだ。
なので、到着までは絶対にこの木箱からは出ない。……そう思っていた矢先に。
――ガタガタガタガタガタァァンッ!
突如、船が大きく揺れて積み荷が投げ出される。そして、それは俺たちが入っていた木箱も例外ではなかった。
木箱は開き、開いた場所から俺と唯葉は投げ出される。積み荷は、船の一室にまとめてあって、そこは薄暗い部屋だったはずなのだが……何故か明るかった。記憶違いか? とも思ったが、そうではない。
投げ出された体勢で、上を見ると……部屋の壁と天井に、大きな穴があいていた。そして、その穴から見えたのは――
「あれって魔物……!?」
青黒い体の、船を簡単に粉砕してしまえるような巨大な触手を十本も持った……イカのような魔物の姿があった。
そして、それに応戦するのは、同じく魔族であるはずの、魔人たち。そして、よりにもよって同じ船に乗り合わせてしまった魔王、プレシャ・マーデンクロイツの姿だった。
「魔族同士で……戦ってるのか!?」
魔人と魔物は仲間ではないのか? それとも、あのイカは魔物以外の何かなのだろうか? ……確かにあのイカの魔物も手強そうではあるが、魔族を統べる王が負けるとは思えない。二人は影から見守ることにした。




