58.兄妹対魔王
放たれた雷撃は、プレシャの頭部へと命中し、紫色の光は止まる。
「助かった……。ありがとう、唯葉。他のみんなは?」
「みんなは周りの魔人と戦ってる。ここまで来られたら厄介だし、魔王とみんなを戦わせる訳にはいかないしね……」
俺はあの魔人たちの壁による守りを全て倒した訳ではなく、多くの魔人を残したままここに来た。残りの魔人がここまで来なかったのは、ウィッツたちの部隊が戦ってくれているお陰だったのかもしれない。
「ウィッツさんが『魔王』だとか言ってたけど……」
「みたいだ。プレシャ・マーデンクロイツ、魔王だって。……俺じゃ、手も足も出なかった」
ここまで持ちこたえるのがやっとで、唯葉がいなければ今頃、プレシャの攻撃で木っ端微塵にされていただろう。
しかし、様々な戦い方ができる唯葉となら……。魔王・プレシャを倒すことだってできるかもしれない。
「――『サンダー・ブラスト』ッ!」
唯葉は迷わず、彼女が持っている中で間違いなく最高火力の魔法を放つ。
ゴオオオオオオオオォォォォォォッ!! 爆発音と共に、プレシャの体に命中するが……倒れる気配も、ダメージを与えられている気さえもしない。
「効かない……っ。さすが魔王だね」
一度に数百もの魔物を吹き飛ばせる文字通り必殺の魔法でさえ、魔王プレシャには効かない。
……しかし、唯葉の戦い方は魔法だけではない。
「――『マジック・ハンド』ッ!」
唯葉の伸ばした手の先から、白い手が現れ――プレシャに触れる。そして、
「――『状態付与』……毒ッ!」
魔法で放たれた手を介して、プレシャへと唯葉のスキル、状態付与で毒を与える。
……が、それもイマイチ、効いている気がしない。この巨体には、些細な状態異常なんて効かないのだろうか。
「――『サンダー・シュート』ッ!」
唯葉は続けて、プレシャの頭部に向けて一本の雷撃を放つ。……さっき、あの攻撃を止めることができた魔法だ。
しかし、それが有効だったのは、完全な不意打ちだったから。雷撃が来ると分かっていれば、あの巨体を持つプレシャには、受け止めることなど容易い。
軽く雷撃を弾き飛ばすと、プレシャは再び響く声で言葉を紡ぐ。
『一人増えた所で変わらぬ。我、魔王の力で、纏めて吹き飛ばすだけだッ』
重く響く、プレシャの声が通ると……再び口元から、紫色の光が放たれる。
「……まずいっ! ――『サンダー・ブラスト』ッ!」
唯葉は、口元へ向かって雷撃を放つが……二度も同じ攻撃は通らない。簡単に弾き飛ばされてしまう。
そうこうしている間にも、紫色の光はどんどん強まっていく。
……そんな八方塞がりの状況の中、俺は一つ、思いついた事がある。それは、
「唯葉。その『状態付与』って、『悪い状態』しか付与できないのか?」
「……どういう事?」
「例えば『力』が一時的に上がるバフだって、捉え方次第じゃ『状態異常』じゃないか、と思って。俺にもう少しだけ力があれば、俺はあの顔まで届くんだ」
今の俺じゃ、普通に立つプレシャの口元には届かない。……が、あと少しだけ力があれば。飛び上がり、あの攻撃を止めることだって出来るかもしれない。
「……わかった、やってみる」
唯葉は、俺の背中に手を触れると、
「――『状態付与』……『力強化』ッ!」
唯葉のスキル、状態付与は一見、発動しているのかは判別できない。それこそ例の石板で確認してみない限りは。……試してみるまで、成功するかは分からない。
「ありがとう、唯葉。……それじゃ、行ってくる」
「頑張って、お兄ちゃん。……絶対帰って来てね」
「もちろん」
俺はそう一言、言い捨てると――その体に宿る全ての力を地面に叩きつけるように、蹴り上げる。
そして俺は――時間と共に強まっていく、口元の光へと向けて飛び込んでいく。
その瞬間。――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオォォォォォォォッ!! 大地をも振るわせる轟音と共に、上空で紫色の大爆発が巻き起こる。
……あの攻撃を止める為に飛び上がり、向かっていった兄、梅屋正紀を巻き込む形で。
「――お兄ちゃんッ!!」
唯葉の必死な叫びも、爆発音によって掻き消されてしまう。
それから間もなく。目の前に立っていた巨体が、こちらに向かって倒れてくる。しかし、爆発に巻き込まれた兄を見てショックを受けた唯葉は……そこから一歩たりとも動くことが出来なかった。




