57.真の姿
まるで高層ビルのように高く、そして山のように大きな紫色のドラゴンに変化したプレシャ。それを前にしても俺は諦めず、ドラゴンの足元へと走る。
そして、力強いその足に右手の剣を突き刺すが……効いている様子はない。痛がるどころか、微動だにしないし声すらも上げない。
それは当然の事で、人間サイズなら致命傷の剣も、ここまで大きい相手には通用するはずもないのだ。
突き刺した剣を一度抜き、後ろへと下がろうとするが――ゴオオオオォォォォォォッ!! という風を切るような音と共に、巨大な左前足がこちらに向かってくる。
遠くから見れば動きはゆっくりに見えるかもしれない。でもそれは大きさゆえ、相対的にそう見えるだけであって、実際に間近で見ればそのスピードは圧倒的。
しかしこちらもスピードなら負けていない。向かってくる足をギリギリで避けると、体勢を立て直し、叫ぶ。
「――『マジック・コンバータ』……《力》ッ!!」
生半可な攻撃では意味がない。魔力を力に極振りした俺は――剣を両手で握りしめて、プレシャの足に渾身の一撃を叩き込むッ!!
――グシャアッ!!
肉の削れる音と共に、切り傷から鮮血が溢れ出そうとするが……それが溢れ出すことはなかった。理由は単純、
「傷口が塞がっていく……」
せっかく開いた傷口が、一瞬にして再生し、塞がれてしまう。これでは持久戦すらも通用しない。
一度引いて、再び目の前の巨大な敵を見据えた俺はつぶやく。
「一体、どうすればこんなのに勝てるんだ……?」
剣が、それも俺の持てる全ての力を込めた最大級の攻撃が効かないとなると、出来ることはもう残されていない。
俺はこのステータスと剣だけで戦ってきた。他のみんなは、スキルとか魔法とかを使って、いろいろな戦い方ができるのかもしれないが……スキルも魔法もダメだった俺にはただ一つ、この剣しか残っていない。
『まさか、我をここまで追い込んだ相手がこの程度とはな。興醒めだ』
そんな俺に向けて、プレシャは失望したような声で言う。
「それでも、諦める事なんて――」
剣の攻撃では通らない。そうと分かっていても、諦めることなんてできない。できる訳がない。他のみんなだって戦っているのに、俺だけ諦める訳にはいかない。
俺は剣を再び握り、もう無駄だと分かっていても――プレシャの元へと走り、剣を振るう。……結果なんて、言うまでもない。ただ闇雲に、剣を振り続ける。
『何かと思えばヤケクソか。貴様は「500年前の勇者」とは大違いだ。失望したぞ。……もういい、さっさと終わらせてやる』
ヤケクソに、効きもしない攻撃を続ける俺に向けてプレシャは一度飛び上がり、両前足の爪を向けてトドメの一撃を繰り出そうとする。……圧倒的で馬鹿らしい、この戦いを終わらせる為に。
しかし。
「――その攻撃を待っていたッ!」
向かってくるプレシャに対抗するように、俺はステータスを力に極振りした、全身全霊の力で大地を蹴り上げて高く飛び上がる。
そして、俺は空中にて初めて、ドラゴンの姿になったプレシャと顔を合わせる。
『なッ――!』
高層ビルのように高いドラゴン姿の、プレシャの顔は当然、俺の力だけでは届くはずもない。
しかし、俺に向けてトドメを刺そうと、低空飛行をしている状態なら――俺でもなんとか届く。
プレシャの巨体は、急に方向転換する事は難しい。俺は向かってくるプレシャの眼球に――グサリッ!! 右手の剣を突き刺した。
「――グオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!?」
魔王・プレシャの、痛々しい咆哮が響き渡る。
初めて、プレシャに明確なダメージを与えられた。……弱点のない生物なんて、いるはずがないのだ。皮膚に守られていない眼球を刺され、痛くないはずがない。
俺はスタン、と着地すると、痛みに悶えるプレシャを見据える。
「――油断したな、魔王。少し戦って攻撃が通らなかったくらいで、諦めたとでも思ったか?」
『――ふふっ、実に面白い、面白いぞ人間はッ! 歴然の戦力差を、その「知恵」で覆す。我ら魔族が求めている物、その物だからなッ!』
……求めている物? この戦争で、手に入れようとしている物の事なのだろうか?
いや、動機なんて今はどうでも良い。まずは目の前の魔王、プレシャを倒す。それだけだ。
『貴様はやはり我の敵に相応しいッ! こちらももう一度、本気で行かせてもらおうかッ!』
プレシャは、天を見上げると、甲高い咆哮を上げる。そして、その口元が邪悪な紫色に光り出す。
「……マズい」
とてつもない攻撃の予兆。それは分かっていても、あんな高さでは俺の攻撃は届かない。ただ、その様子を黙って見ていることしかできない。
次の瞬間、ギュイイイイイィィィン!! という音と共に、激しい一本の攻撃が放たれる。
しかし、それはプレシャの物ではなかった。
放たれたのは雷撃。そして、それは俺の後ろから飛んできた。
「――お兄ちゃん、大丈夫!? あれって……」
「……唯葉!」
後ろにいたのは……妹、唯葉の姿だった。




