56.結界を超えた先
目の前に立つ彼女が詠唱を止めたせいなのか、上空の魔法陣は次々と消えていく。……ひとまず、唯葉の向かったウィッツたちの部隊は大丈夫だと信じて、今は自分自身、こちらの戦いに集中しよう。
魔王、プレシャ・マーデンクロイツ。そんな強大な敵を前にしても、俺のやるべき事は変わらない。
「……ここまで、この世界で積み上げてきた力を使って、速攻でケリを着けるだけ」
俺は、右手の剣を強く握り――ダッダッダッ!! と、強く地面を蹴り、プレシャに向かって走る。
そして、紫色の結界に向けて剣を激しくぶつけるが――ガチィッ! やはり攻撃は届かない。いくら力を込めても、結界が破れることはなかった。
そんな俺の目の前に、突如紫色の魔法陣が現れると――グシャリッ!!
魔法陣から、突然彼女の拳が飛び出し、俺の腹を思いっきり殴り飛ばした。
「――ぐはああああぁぁぁッ!?」
彼女は、結界を超えてその拳を届かせる為に、魔法陣越しに拳を振るったのだ。
飛ばされる俺へと向けて、さらにもう一発、魔法陣越しの拳が放たれる。当然避けられず、頭上からの一撃に、地面へと思いっきり叩きつけられてしまう。
痛みに耐えながらも再び立ち上がろうとして――グシャリッ! 背後から彼女の拳が。
プレシャには、距離なんて関係ない。魔法陣さえ出せば、どんなに離れていても拳を当てられるのだから。
その点、俺はどんなに近づいた所で、無敵の結界によって守られた彼女に攻撃を当てる事はできない。
……一方的。あまりにも一方的なその戦い。
そんな事を考えている間にも、一発、二発、三発と拳があらゆる方向から飛んでくる。
しかし、俺はそんな攻撃に、蓄積する痛みに、耐え続けた。――何故なら、そこに『突破口』があったからだ。
次の瞬間、俺の目の前に紫色の魔法陣が現れる。俺は――飛ばされても尚、握り続けた剣を、その魔法陣へと向ける。
「――ぎゃああぁぁぁぁッ!?」
魔法陣越しに、彼女の痛々しい悲声が聴こえてくるが―動じてはいけない。構わず、俺はそのまま魔法陣に剣を突き刺し、俺自身も魔法陣へと飛び込むように、身を投げ出した。
俺は魔法陣の中を通る。紫色の気味の悪い空間を飛び続け、やがて視界が晴れたその先は――今まで結界に阻まれて行くことの出来なかった、魔王プレシャの懐だった。
「終わりだ、魔王プレシャッ!」
俺はそのまま勢いに任せて、右手の剣を大きく、彼女の体を真っ二つにする勢いで、横方向に振り切る!
……その手には、確かに肉体を切る感触があった。ただし、途中まで。
「……通、らないッ!?」
彼女の『骨』まで断ち切ることは出来なかったのだ。理由は単純。
「我の骨格に魔力を集中させて、何とか踏ん張ったか……。ふふっ、まるで500年前のようで血が躍る。まさか二度も、人間にここまで追い詰められるとはな……ッ!」
まるで、俺が敏捷に魔力を極振りするように。彼女も、同じように守備に魔力を割り振ったのだろう。……ただ、俺と同じようなことが出来た。それだけだ。
「ならば我も、500年前と同じく見せてやろうッ! 魔王、プレシャ・マーデンクロイツの、本来の姿をなッ!!」
プレシャはそう言い放つと――彼女を中心として、紫色の爆発が巻き起こる。俺は耐えられず、そのまま後方へと吹き飛ばされてしまう。
地面を転がって、倒れた先で見たものは――紫色の、この近くからでは全貌が捉えられないほどの巨体だった。
首を大きく動かして、よーく観察して、やっと。それが四足歩行の『巨大なドラゴン』であると分かった。それほどの圧倒的な大きさ。それが魔王、プレシャ・マーデンクロイツの『真の姿』だったのだ。
『まるで500年前に戻ったみたいだ。……我は全力で貴様を潰す。貴様も、本気で我に挑むと良い』
周囲一帯に響き渡るような、力強いものへと変わった彼女の声と共に、真の姿を表した魔王との戦いが今、始まる。




