19.ある仕事
ガタゴトと揺れる馬車の中で、俺たちはウィッツの言う『ある仕事』について、やっと聞かされる。
「強大な力を持つ魔人を倒した、梅屋正紀。そして魔人の力を手に入れた、梅屋唯葉。……二人に頼みたい仕事って言うのはね、『会議』に出て欲しいんだよ」
「会議……ですか」
てっきり、何かの魔物を倒してこいみたいなことを言われると思っていたので、思わぬ内容に少し拍子抜けだ。
これ以上死にかけるのは……正直ゴメンだ。この異世界に来てから、俺は一歩間違えれば死ぬような状況ばかりな気がするのは気のせいだろうか?
「近々、中立都市クリディアにて、人類の命運をかけた重要な会議が控えてるんだ。……魔族の総攻撃に対する、防衛策についての話し合いさ」
会議……というから、てっきり会社でする小さな物を想像していたのに、その遥か上のさらに上を行ってしまった。
そんな大層なものに出て、一体俺たちは何を話せばいいのだろうか。……軽々しく受けた事を今さらになって後悔してしまう。
「ドルニア王国、リディエ共和国、そして中立都市クリディアのどこが防衛の舵取りをするかを決めるんだけどね。……こういう事こそ、どの国にも属さない中立の立場のクリディアが引き受けるべき。そう思うんだよ」
はあ……、とため息を吐くと、ウィッツは面倒そうに。
「ドルニア王国が名乗りを挙げたんだ。自国の利益の為なら何でもするようなあの国がね。……こんなことにわざわざ立候補するなんて、何か裏があるに違いないからね。そんな集団に、このヒューディアルに住む人類の命を託すなんて出来るわけがない」
真剣な眼差しでそう言うウィッツは、手綱を握る手がぎゅっと強くなっていく。
「でも、そんな国にリディエ共和国だって防衛の舵取りを任せようとはしないんじゃないですか?」
「そうだね。……でも、ドルニア王国には、他の国にはない、魔族へと対抗できる手段を持っている」
はっ、と何かが繋がったような顔をして、唯葉は一言。
「……召喚者?」
「そう。異世界から召喚された人間は、決まってスキルを持っている。普通じゃ珍しい、スキル持ちの人間を量産できるって訳さ。純粋なステータスでは魔族には到底及ばないからね」
ウィッツは、続けて言う。
「俺は、人類全体の命運を、国の利益だけで考えるような国にはこの防衛戦は任せたくない。……そのために、次の会議でドルニア王国に勝って、防衛戦の実権をクリディアの物にしたいんだ。協力してくれるかい?」
……まあもう乗ってしまったし。それに報酬もしっかりと出してくれるらしいので、もうここまで来てしまえば後戻りはできない。ドルニア王国といえば、俺たちが召喚された、いわば故郷みたいなものではあるのだが、良い思い出なんてないしな。
こんな、元々ただの学生だった俺たちに何ができるのかはわからないが、
「分かりました。その仕事、受けます」
「……お兄ちゃんが受けるなら、私も」
結局、俺たちは言われるがままに……規模の大きすぎる、重大な会議へと参加する事になってしまった。
「……でも、俺たちはそんな大きな会議で、一体何をすれば?」
もし俺がドルニア王国に言うことを聞かせられるなら、今すぐにあの城に戻って元の世界へ帰る方法を聞き出しているに決まっている。
「なあに、難しいことは何もないよ。要は、君たち二人の存在が重要なんだよ」
「俺たちの存在……?」
「うん。梅屋正紀は魔人を倒した実績のある唯一の人間だし、梅屋唯葉は魔族に対抗出来るかもしれない、魔人の力を持っているでしょ? 召喚者だと聞いたから、スキルだって持っているはず。ドルニア王国の切り札、『召喚者』を潰すための重要なカギになり得るんだ」
……確かに、あんなクラスの奴らなんか正直頼りないと思う。Sランクとやらで喜んで調子に乗るような奴もいる事だし。
ただ、そのSランクを量産できる、という時点でドルニア王国側も負けていないような気もする。あの時のように、いらない人間は捨てて、また召喚すればいいだけだし。
「じゃあ、私たちは……」
「会議で防衛戦の実権を手に入れること。それが二人に任せたいミッションさ」
ウィッツは簡単そうに言ってくれるが、正直できる気がしないぞ……。元々話すのは得意じゃないのに。
それも相手は国だ。スケールが大きすぎる。こんなただの一般人には荷が重すぎる仕事だ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫さ、会議には一応クリディアのトップである俺だって出るし、他にもたくさんの味方が出てくれるから、基本はその人たちに任せてくれればいいからね」
……ちょっと待て、トップ? この調子の良いおじさんが?
「……トップって、まさかウィッツさん、王様か何かですか?」
「いいや、クリディアは国じゃないからね。クリディアの統治を行っているのは冒険者ギルドだよ。だから――」
――ギルドマスターって所か!? 今、俺と唯葉は、クリディアのトップの人と馬車に乗っているのか……。
「唯葉。俺、何か失礼な事口走ってなかったか?」
「気にしなくていいよ。ギルドマスターって言ったって、結局はただの冒険者の一人だからね」
ウィッツは笑いながらそう言うと、さらに馬を走らせていく。




