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18.クリディアからの訪問者

 魔人・アニロアの元から奪還したあの日――夜の宴会から三日経ち、お祭りムードもすっかり過ぎ去って、キリハ村にはいつも通りの平穏な日常が戻ろうとしていた頃。


 色々とありすぎて疲れてしまい、唯葉の目指していた『クリディア』へと向かうのは後にして、しばらくはこの村のお世話になろうと考えていた俺と唯葉だったが……。


 そろそろ本格的にこの堕落しきったこの生活から抜け出して、これからどうするかを考えようとしたある日の昼下がり。


 村の宿でまだだらだらと惰眠をむさぼっていた二人を叩き起こすかのように、トントントンっ、とドアのノックの音が聞こえると――ドアが開かれる。


「正紀君と唯葉ちゃんにお客人が来ている。……それも、クリディアからだ」


 どうやら俺たちにお客さんが来ているらしく、村長が直々に呼びにきたのだった。しかも、なんの偶然か……俺たちが目指そうとしていた街からだった。


 俺と唯葉は急いで身支度を整えると……宿を出て、クリディアから来たという客人の元へと向かう。



 ***



 村の入り口に向かうと、大きな馬車が一台。その馬車の前には三十代くらいの、茶色の濃いヒゲが特徴的なおじさんが立っている。


 鉄製の装備を纏い、腰には金色の、俺が使っているこの剣がオモチャに見えてしまうほどには豪華な剣があった。


 明らかに手練れの騎士か冒険者であろうそのおじさんは、俺たちを見ると、こちらに手を振ってくる。


「おーい! こっちだ、梅屋兄妹!」


 呼ばれるがままに、俺と唯葉は、手を振り続けるおじさんの元へと走り向かう。


 するとおじさんは見た目に似合わない、気さくで陽気そうな声で、自己紹介を始める。


「俺はウィッツ・スカルド! クリディアの冒険者ギルドから君たちを迎えに来たんだ。……魔人関係の事件でね」


 魔人。その言葉が出た瞬間、俺たちはウィッツと名乗ったおじさんに対して警戒する。……が、ウィッツは変わらず陽気な高い声で、


「なあに、大陸に潜んでいた魔人を倒した『英雄』を、悪いようにする訳ないじゃないか。俺がここに来たのはね、魔人を討伐した君たちに報酬を渡そうって思った訳なんだよ」


「報酬……?」


 その言葉に、俺は引っかかりを覚える。


 別に仕事としてあの魔人を倒した訳じゃないのに、わざわざ報酬を渡しに遠路はるばる来ると思うか? ……そんな事、わざわざする訳がないだろう。


「……他に何か、別の目的がありますよね」


 その俺の言葉に、ウィッツは参ったといったような顔をして、笑いながら。


「はっはっは! 鋭いなぁ。報酬というのは半分は本当かもしれないけどね。……俺がこれから依頼する、()()()()の『前金』として考えてくれればいいよ」


 ……仕事の前金、か。報酬なんていう薄っぺらい言葉よりもよっぽど信用のできる言葉だった。


「それじゃあ、一時間後にまた出発するから、用意を済ませたらここに来てくれるかな?」


「……一時間後!?」



 ***



 いくら何でも無茶苦茶だ。来て早々、一時間後に出るからさっさと用意しろって。


「お兄ちゃん、私も行かなきゃダメかな? ……めんどくさいんだけど……」


 唯葉はすっかりこの村での堕落した生活に慣れてしまい、駄々をこねている。


「さすがにムチャクチャだけどな……。唯葉を一人で村に置いて行ける訳ないだろ。さっさと用意しなさい」


 ……はーい。とやる気のなさそうな返事を返すと、渋々この村を出る準備を始める唯葉。


 用意と言っても宿に置いていた持ち物をまとめただけなので、二十分もかからずに支度を終えると、再びあの馬車の元へと向かう。



「……待ってたよ、梅屋兄妹! それじゃあ行こうか。さ、馬車に乗って」


 そう言われ、流れのままに馬車に乗せられようとしたその瞬間。誰かがこちらに慌てて走ってくるのが見える。……それは、村長の姿だった。


「おい、待て! 展開が早すぎるだろう! 少しはゆっくりしてから行けば良いものを。そういう所は昔から変わらんなお前は……!」


「それはお互い様じゃないか、リーク。君も全然変わってないよ。みんなの為に身体を張って戦う所とかさ」


 村長がウィッツに話しかけると、お互い仲良さそうに二人が話し始める。ウィッツは村長の事を名前で呼んでいる所を見ると、相当仲が良いのだろうか?


「……二人は知り合いなんですか?」


「そうだよ。リークと俺は、元々同じパーティメンバーだったからさ。今じゃ解散して、離ればなれになっちゃったけどね」


 どおりで仲が良さそうな訳だ。威厳に満ちたあの村長が、なんだか心を許しているように見えるくらいだし。


「そんな事はどうでも良い。俺は正紀君と唯葉ちゃんを見送りに来たんだ」


 村長は少し間を置いてから、改めて。


「正紀君。この村を救ってくれてありがとう。この恩はいつか、絶対に返させてもらう。そして唯葉ちゃん。この村の事件に巻き込んでしまって申し訳ない。……謝ったところでその体が戻る訳でもないのだが」


「いえ、気にしてません! それに、この出来事があったからこそ、私はお兄ちゃんとまた会うことができましたから……!」

「こちらこそ、お世話になりました。また機会があればこの村に来ます。……ありがとうございました」



 短い時間ではあったのだが色々とありすぎて、まるでずっとこの村にいたかのような感覚を覚えてしまう。


 馬車から俺たちは顔を出し、その騒ぎで集まってきたほかの村人たちにも手を振って、挨拶を交わす。


 そして、馬を操るウィッツが鞭で合図を出すと……馬車がガタガタと動き出す。


「また村に来てくれよー!」

「まってるからねーっ!」


 そんな村人たちの見送りの声と共に、馬車は颯爽と駆けていき……。


 次第にキリハ村は遠く、小さくなっていき……やがて見えなくなってしまった。

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