16.魔人であっても変わらない
思わぬ再会に、話したい事が山のようにあるが……ひとまずはこの一言だけで十分だろう。
「……おかえり、唯葉」
「た……ただいま、お兄ちゃん……っ!」
元々、前の世界でも仲の良かった二人の兄妹は、二ヶ月ぶりの再会に――抱き合い、涙を溢す。
再会を果たした二人だったが……積もる話は村へ戻ってからたくさんする事にして、まずは村へと帰ることにした。帰るまでが遠足とも言うし。
***
……そして、一時間ほどの道のりを経てついに、キリハ村へと戻ってきた。
朝早くから出発したのに、気づけばもう夕方だ。昨日まで泊まっていた村唯一の宿で、今度は二人部屋を借りると、俺と唯葉は、――バタンッ!
極度の疲れから、部屋に入ったその瞬間に、ベッドで倒れ込んでしまう。
俺もあんな戦いの後だったし、唯葉もあの魔人に操られ続けて……俺とは比べ物にならない程に疲れているはずだ。
村のみんなもきっと同じように倒れ込んでいるのかもしれない。それも、勝利の余韻に浸りつつ。
「……唯葉も気がついたらこの世界に?」
「うん。いつの間にか学校の教室じゃなくて、あの王国の城の中にいたの」
唯葉も俺と同じで、ドルニア王国の奴らに召喚されたのだろう。……だが、気になる点がある。
「でも、何で唯葉だけこの村にいたんだ?」
「……それは、ね。私、スキルも弱くて、ドン臭くて。それで戦力にならないからって――」
「――まさか、捨てられたのか」まさか
あの時の俺と同じように。邪魔だから捨てる。あの王国のやり方だ。
「……うん。それで、身元のはっきりしてない私じゃ仕事にも就けないし、生きていくには冒険者になって依頼をこなすしかなかったから、冒険者ギルドがあるクリディアを目指していたの」
「クリディア?」
俺は一度起き上がると、バッグから大陸の地図を取り出す。……あった。この大陸のど真ん中にある、そこそこの大きさの街だ。
「この大陸には二つの国があるよね。そのどっちにも属さない中立の都市があるの。それが中立都市・クリディア。私が目指してた街だよ。その途中、この村に寄ったんだけど……」
どうやらそのクリディアという街を目指す途中、このタイミングで運悪くあの襲撃に巻き込まれてしまったらしい。
「俺も同じ。つい五日前にこの世界に来て、その日に捨てられた。で、俺はずっと先の『リディエ共和国』ってとこを目指してた」
「……そうだったんだ。でも、お兄ちゃんはあの魔人を倒せるくらい強いのに、どうして捨てられたの?」
……俺は『味方弱化』のスキルの事を唯葉へ話す。
他の人の足を引っ張ってしまうこと。だから、俺と一緒に行動していては、唯葉自身に危険が伴ってしまうということを。
「そんな事くらい、へっちゃらだよ。お兄ちゃんがそばにいてくれるだけで私は安心できるから」
「……そうか。俺もこのスキルのせいで一人だったから、唯葉がいてくれたら心強いよ。でも」
あの時、村人たちと一緒に戦えたのは……たまたまだ。
これ以上俺が誰かと一緒に戦って、このスキルが災いして味方に迷惑をかけてはいけない。だから、本当は唯葉にも一緒に戦ってほしくはないのだが。
……妹に対して。俺が前の世界でも、この世界でも、唯一心を許せる相手に、依存してしまう自分がいた。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
そんな俺に向かって、ベッドで倒れながら唯葉は優しく言う。
「そのスキルがどれくらい弱くなっちゃうのかは分からないけど、私は魔人に改造されちゃったから、ステータスは人一倍あるはずだし。元に戻っちゃうようなものじゃないかな」
……ちょっと待て。その紅い目は後遺症なんかじゃないのか?
……あの魔人を倒して正気を取り戻し――みんな、元の人間に戻った訳じゃないのか!?
「だから、村に帰ってくる途中、まるで私の体じゃないみたいに体が軽かったの」
いやいや、嘘だろ? 唯葉は――これからもずっと、人間ではなく『魔人』として生きていかなければならないのか?
いや、まだそうと決まった訳じゃない。俺は急いでバッグから石版を取り出すと、
「唯葉。この石版に触ってみてくれ」
「お兄ちゃん。私が人間でも魔人でも、私は私。梅屋唯葉。それだけは変わらないんだよ」
そう言いながら唯葉は石版に触れると――
【梅屋 唯葉】
《レベル》12
《スキル》状態付与
《力》84
《守》64
《器用》113
《敏捷》79
――何だこれは!? まだレベル12にも関わらず、もう三桁のステータスが存在している。
俺がレベル40くらいの時に村長に見せたあのステータスですら、あんなに驚かれたのに。こんなのを見せたら、一体どうなってしまうのか?
……魔人に改造されたのが原因だとしたら、まさかこの村の女性全員がこんなステータスなのか!?
「……でも、そうだよな」
俺は、あの時アニロアにこう言った。『まだ人間とか魔人とかにこだわっていたのか』――と。
例え魔人であっても唯葉は唯葉だ。……この世界でたった一人の、俺の妹なんだ。その事実は変わらない。
「むしろ、ドンくさい私がこうしてお兄ちゃんの役に立てるかもしれない……って考えたら、魔人になったのもラッキー、だったのかもしれないね」
純粋な笑顔を向けてくる唯葉を見て、俺は。――やっぱり、涙を溢さずにはいられなかった。
唯葉は何もしていないのに捨てられて、挙句に魔人なんかにされて。――一体、唯葉が何をしたって言うんだ。
「くっ、クソッ……、やっぱり、俺は……耐えられないよ」
「……お兄ちゃん……」
唯葉は立ち上がると、情けなく泣きじゃくる俺を抱きしめた。
「私はここにいるよ。だから、泣かないで」
触れたその体の温かみは……魔人であったとしても、確かに俺の大好きな妹……唯葉の物だった。




