132.物語が始まりし場所
『聞こえているか、梅屋正紀。我だ。プレシャ・マーデンクロイツだ』
(プレシャ? ……ああ、久々にみた気がする。あの異世界の夢を。日本に帰ってきたばかりの頃は毎日のようにみてたっけ)
『我は今、夢を通じて、お前に話しかけている。といっても、こちらからの一方通行だがな』
しかし、何だろう。夢にしては本当にプレシャが喋りかけているような……そんな妙な気さえする。こんなにもリアルで、現実味のある夢を見たのは初めてだ。
『あまり世界を超えて話せる時間も少ないので簡潔に伝えるとしよう。……今、我々の世界は滅びようとしている。どうか、助けてほしい。次に日付が変わる時、この物語が始まりし場所で――』
――ッ!!
「プレシャ……ッ!?」
気が付くと夜は明け、朝を迎えていた。俺は、目が覚めると同時にベッドから飛び起きて、自室を出て、リビングへと走る。
「唯葉!」
「お兄ちゃん!」
二人の声が同時、交差する。
「もしかして唯葉もみたのか。あの夢を」
「……お兄ちゃんも?」
あれは夢……なんかじゃないと思う。プレシャが世界の壁を越えて、俺たちに。本当に助けを求めているのだとすれば。いかないなんて選択肢、あるはずがない。
「世界が滅びそうだから助けてって、プレシャさんが……」
「やっぱり。あれは俺の夢、じゃなかったみたいだな」
だとすれば、俺たちがお世話になったあの異世界は今、本当に滅びようとしている。冗談半分でプレシャがこんなことを言う訳がない。
「どうする、唯葉」
「どうするって……もちろん」
行くしかない。もう一度あの異世界に。
プレシャが言っていた『物語が始まりし場所』か。次に日付が変わる夜の零時にそこに行けば、滅びゆく異世界へ、助けに行ける手がかりがあるのかもしれない。
三年に渡る異世界での物語。それが始まった『場所』といえば――
***
薄暗く、気味の悪い、元々俺が通っていたあの高校へと二人の兄妹は入る。何故かまだ解体されずに残っているその高校は、一斉に一クラス全員が失踪した謎の事件によって、さまざまな噂や憶測が飛び交った挙句にすっかり廃校となってしまったらしい。唯葉の通っていた中学も同様だ。あちらはもう取り壊されてしまったらしいが……
誰も立ち入らなくなって、もう五年以上と経っている。ボロボロに荒れ果てたその廊下を土足で歩いていき――二年四組。そう書かれた教室のドアを開けると、そこには。
「久しぶり、だな」
「久しぶり、ね」
誰もいないはずの教室には、同じく元二年四組の、工藤茂春と水橋明日香の姿があった。それも、あの異世界で使っていた装備を身に着けて。
「もしかして、二人も同じ夢を見たのか?」
「ああ。夢、だとは思うんだけどよ。どうにも気になっちまってな」
「私も。やっぱりただの夢じゃなかったみたいで安心した」
ここに集まったのは四人だけ。あとのみんなは夢を見ていないのか、ここまでやってくるに至らなかったのか。なんにせよ、ここに四人も集まったのは事実。
「お前たちは着替えないのか? あの世界の服装に」
「ああ、そうだな。俺たちも着替えてくることにするよ」
実は俺たちも……あの異世界で使っていた服装と武器を持ってきていた。剣なんかは、この日本じゃ銃刀法なんかに引っかかってしまいそうではあるが……捨てようにも捨てられずに、隠し持っていたのだった。
唯葉も、魔法で戦うとはいえ防具は必要だ。といっても、動きやすさを犠牲にしない、魔力の込められた特殊な布製で……魔力という概念が存在しないこの日本では、ただの布となってしまった訳だが……
***
「あと三十秒、って所ね」
水橋明日香が、左手の腕時計を見てつぶやく。
日付が変わる瞬間に、この場所で何が起こるのか。全く分からないが……
「あと二十秒、だな」
工藤茂春が、ポケットから取り出したスマホを見ながらつぶやく。
四人がここに集まったのだから、何も起こらないということはないだろう。
「あと、十秒だね」
体内時計だろうか。何も見ていない唯葉が、そっとつぶやく。
異世界とこの世界をつなぐ魔法を進化させる、そうプレシャは言っていた。だとしたら、もしかすると……
三。
二。
一。
――零。
その瞬間。眩く、白い光に包まれていき――




